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第四章 手紙の行方
1-20 抱き枕ではありません!
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その後、付き合いのある貴族に一通りの挨拶回りを済ませた私たちは、最後にオースティン伯爵家の元へと向かった。
相変わらず周り中を囲まれていたが、先ほどより少し落ち着いたように感じる。
私たちが近づいていくと、ウィリアム様はすぐに私に気付いてくれたようだった。
だが、周囲に対するのと同じ作り笑顔で堅苦しい応対である。
それでも私は、ウィリアム様の目の奥に感情が宿ったことに気がついた。
私も、表情は変えず、目だけで笑いかける。
ウィリアム様の目元がごく僅かに細まり、私はどきりとしたのだった。
「父上、もう抜けてもよろしいですか」
「ああ、充分だ。もう帰って良い」
「エヴァンズ子爵――」
「うむ。ウィリアム君、ミアをよろしく頼むよ」
挨拶が済むと、ウィリアム様はオースティン伯爵に許可を取り、そのままお父様に視線を向ける。
お父様は、みなまで言わずともその意図を理解したようだ。
「お父様、お母様、お兄様。失礼致しますわ」
私はウィリアム様の差し出してくれた腕を取って、会場から出て行った。
――令嬢たちの嫉妬する視線を、背中に浴びながら。
「お待ちになって」
会場を出たところで、一人の令嬢が私たちの行く手を塞いでいた。
オレンジ色のドレスを着た、紅髪の令嬢だ。先ほど、マーガレットと一緒にいた令嬢である。
彼女は笑顔を装っているが、橙色の目の奥は笑っていない。
私は、先ほどと同じ刺すような視線にたじろいで、ウィリアム様の腕をぎゅっと掴み、半歩ほど足を引く。
ウィリアム様は私を庇うように、斜め前に歩み出た。
冷たい空気を纏ったウィリアム様は、それでも失礼にならないように、丁寧な口調で応対する。
「……何かご用でしょうか」
「ウィリアム様、単刀直入にお伺いしますわ。どうしてミア嬢とご婚約されたのです? もっとあなたに相応しいご令嬢もいたでしょう?」
「……どこのどなたとも知らぬご令嬢にお答えする義理はありません。道を空けていただけますか」
ウィリアム様の纏う空気が、さらに冷たくなった。
硬く低い声は、以前の彼を思い出させる――いや、それよりも更に冷たいかもしれない。
令嬢はしかし、もはや不機嫌を隠そうともしないウィリアム様に物怖じすることなく、理解できないとばかりに眉を吊り上げた。
「まあ、わたくしを知らぬとおっしゃるのですか? デイジーですわ、もう何度もお話ししておりますし、婚約のお申し入れも致しましたわよ。ご存じないだなんて、ご冗談でしょう?」
「申し訳ありませんが、私は興味のないことに関しては、少しばかり記憶力が悪いのです。失礼、急ぎますので」
もはや空気が凍りつきそうだ。本当に寒くなってきて、私は身震いした。
魔力が漏れているのではないだろうか。
ウィリアム様は、突如ぐいっと私の腰に手を回し、私をぴったりと抱き寄せた。
ふわりと、彼の香水だろうか……シトラスのように爽やかで、けれどどこか甘い香りが私を包み込んだ。
ウィリアム様は、そのまま私を守るようにしながら、足早にデイジーの横を通り過ぎる。
「……ああ、それから、見も知らぬご令嬢に、ファーストネームで呼ぶことを許した覚えはありません。不快ですので、次からはやめて頂きたい」
ウィリアム様は、通り過ぎる際に冷たい声で言い放って、そのまま廊下の角を曲がる。
少しして、デイジーの悔しそうな声が聞こえてきた。
「くっ……! 手紙もよこさない婚約者の、どこがいいっていうのよ……! 覚えてらっしゃいまし、必ず振り向かせてみせますから!」
私たちは廊下の角、向こうからは見えない位置で一旦立ち止まった。
そのまま足音は遠ざかり、会場の大扉が開いてまた閉じる音が聞こえてきたのだった。
「――手紙、だと?」
ウィリアム様は、デイジーの不可解な言動に眉を寄せた。
いまだ、私の腰を抱いたままだ。近すぎる距離に、私の心臓はバクバクしている。
「ウィリアム様……あの……」
私は、手を離してもらおうと声をかけるが、彼は考えに耽っているようで、一切気付いていない。
「なぜあの令嬢が、手紙のことを知っているんだ? うちと関係がある令嬢だったか? ううむ、思い出せない……」
私は彼から身を離そうと、そっと彼の胸を押すが、むしろ抱き込む力をギュッと強くされてしまった。
爽やかで甘い香りが、強くなる。
……うう、さっきまで寒かったのに、今は暑くて仕方ない。
「名前……デイジーとか言ったな。デイジー……デイジー……どこかで聞いたような……」
「え、ええと、何度かお話ししたと。婚約のお申し入れもしたとおっしゃってましたわね」
「いや、それは全く覚えてないんだが。何か他の……何だったかな……どこで聞いたんだったかな。うーん」
「ひゃっ!?」
ウィリアム様は首を傾げて、そのまま私の頭の上にその額をのせた。
無意識にやっているのだろうが、これ以上は私の心臓がもたない。
私はパシパシとウィリアム様の胸元を叩いた。
「ん? ミア? どうし――」
「もうっ! 私は抱き枕じゃないんですよっ! もう少し離れてくださいまし!」
「うわっ!? ご、ご、ごめん」
ウィリアム様はようやく気付いてくれて、私からパッと手を離した。
真っ赤な顔をして、頬をぽりぽりと掻いている。
「す、すまない、ミア。嫌な思いをさせてしまって……」
「……い、嫌では……ありませんでしたわ」
私はぷいと顔を背ける。
なんだか、目を合わせたら、変な気持ちになりそうだったから。
「……ミア……!」
「……さあ、参りましょう。子爵家まで、送ってくださるのでしょう?」
「……! ああ、もちろん、そのつもりだよ。じゃあ、行こうか」
私は、目を合わせないまま頷いて、再びウィリアム様の腕をとった。
ウィリアム様は、先ほど凍りつくような威圧感を放っていた人とは別人のように、今はぽわぽわと花が舞っているみたいな空気を背負っている。
私はくすりと小さく笑みをこぼして、隣を歩くウィリアム様の顔を見上げた。
ウィリアム様はすぐに気付いて、私と目を合わせると、無邪気に嬉しそうに、笑ったのだった。
相変わらず周り中を囲まれていたが、先ほどより少し落ち着いたように感じる。
私たちが近づいていくと、ウィリアム様はすぐに私に気付いてくれたようだった。
だが、周囲に対するのと同じ作り笑顔で堅苦しい応対である。
それでも私は、ウィリアム様の目の奥に感情が宿ったことに気がついた。
私も、表情は変えず、目だけで笑いかける。
ウィリアム様の目元がごく僅かに細まり、私はどきりとしたのだった。
「父上、もう抜けてもよろしいですか」
「ああ、充分だ。もう帰って良い」
「エヴァンズ子爵――」
「うむ。ウィリアム君、ミアをよろしく頼むよ」
挨拶が済むと、ウィリアム様はオースティン伯爵に許可を取り、そのままお父様に視線を向ける。
お父様は、みなまで言わずともその意図を理解したようだ。
「お父様、お母様、お兄様。失礼致しますわ」
私はウィリアム様の差し出してくれた腕を取って、会場から出て行った。
――令嬢たちの嫉妬する視線を、背中に浴びながら。
「お待ちになって」
会場を出たところで、一人の令嬢が私たちの行く手を塞いでいた。
オレンジ色のドレスを着た、紅髪の令嬢だ。先ほど、マーガレットと一緒にいた令嬢である。
彼女は笑顔を装っているが、橙色の目の奥は笑っていない。
私は、先ほどと同じ刺すような視線にたじろいで、ウィリアム様の腕をぎゅっと掴み、半歩ほど足を引く。
ウィリアム様は私を庇うように、斜め前に歩み出た。
冷たい空気を纏ったウィリアム様は、それでも失礼にならないように、丁寧な口調で応対する。
「……何かご用でしょうか」
「ウィリアム様、単刀直入にお伺いしますわ。どうしてミア嬢とご婚約されたのです? もっとあなたに相応しいご令嬢もいたでしょう?」
「……どこのどなたとも知らぬご令嬢にお答えする義理はありません。道を空けていただけますか」
ウィリアム様の纏う空気が、さらに冷たくなった。
硬く低い声は、以前の彼を思い出させる――いや、それよりも更に冷たいかもしれない。
令嬢はしかし、もはや不機嫌を隠そうともしないウィリアム様に物怖じすることなく、理解できないとばかりに眉を吊り上げた。
「まあ、わたくしを知らぬとおっしゃるのですか? デイジーですわ、もう何度もお話ししておりますし、婚約のお申し入れも致しましたわよ。ご存じないだなんて、ご冗談でしょう?」
「申し訳ありませんが、私は興味のないことに関しては、少しばかり記憶力が悪いのです。失礼、急ぎますので」
もはや空気が凍りつきそうだ。本当に寒くなってきて、私は身震いした。
魔力が漏れているのではないだろうか。
ウィリアム様は、突如ぐいっと私の腰に手を回し、私をぴったりと抱き寄せた。
ふわりと、彼の香水だろうか……シトラスのように爽やかで、けれどどこか甘い香りが私を包み込んだ。
ウィリアム様は、そのまま私を守るようにしながら、足早にデイジーの横を通り過ぎる。
「……ああ、それから、見も知らぬご令嬢に、ファーストネームで呼ぶことを許した覚えはありません。不快ですので、次からはやめて頂きたい」
ウィリアム様は、通り過ぎる際に冷たい声で言い放って、そのまま廊下の角を曲がる。
少しして、デイジーの悔しそうな声が聞こえてきた。
「くっ……! 手紙もよこさない婚約者の、どこがいいっていうのよ……! 覚えてらっしゃいまし、必ず振り向かせてみせますから!」
私たちは廊下の角、向こうからは見えない位置で一旦立ち止まった。
そのまま足音は遠ざかり、会場の大扉が開いてまた閉じる音が聞こえてきたのだった。
「――手紙、だと?」
ウィリアム様は、デイジーの不可解な言動に眉を寄せた。
いまだ、私の腰を抱いたままだ。近すぎる距離に、私の心臓はバクバクしている。
「ウィリアム様……あの……」
私は、手を離してもらおうと声をかけるが、彼は考えに耽っているようで、一切気付いていない。
「なぜあの令嬢が、手紙のことを知っているんだ? うちと関係がある令嬢だったか? ううむ、思い出せない……」
私は彼から身を離そうと、そっと彼の胸を押すが、むしろ抱き込む力をギュッと強くされてしまった。
爽やかで甘い香りが、強くなる。
……うう、さっきまで寒かったのに、今は暑くて仕方ない。
「名前……デイジーとか言ったな。デイジー……デイジー……どこかで聞いたような……」
「え、ええと、何度かお話ししたと。婚約のお申し入れもしたとおっしゃってましたわね」
「いや、それは全く覚えてないんだが。何か他の……何だったかな……どこで聞いたんだったかな。うーん」
「ひゃっ!?」
ウィリアム様は首を傾げて、そのまま私の頭の上にその額をのせた。
無意識にやっているのだろうが、これ以上は私の心臓がもたない。
私はパシパシとウィリアム様の胸元を叩いた。
「ん? ミア? どうし――」
「もうっ! 私は抱き枕じゃないんですよっ! もう少し離れてくださいまし!」
「うわっ!? ご、ご、ごめん」
ウィリアム様はようやく気付いてくれて、私からパッと手を離した。
真っ赤な顔をして、頬をぽりぽりと掻いている。
「す、すまない、ミア。嫌な思いをさせてしまって……」
「……い、嫌では……ありませんでしたわ」
私はぷいと顔を背ける。
なんだか、目を合わせたら、変な気持ちになりそうだったから。
「……ミア……!」
「……さあ、参りましょう。子爵家まで、送ってくださるのでしょう?」
「……! ああ、もちろん、そのつもりだよ。じゃあ、行こうか」
私は、目を合わせないまま頷いて、再びウィリアム様の腕をとった。
ウィリアム様は、先ほど凍りつくような威圧感を放っていた人とは別人のように、今はぽわぽわと花が舞っているみたいな空気を背負っている。
私はくすりと小さく笑みをこぼして、隣を歩くウィリアム様の顔を見上げた。
ウィリアム様はすぐに気付いて、私と目を合わせると、無邪気に嬉しそうに、笑ったのだった。
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