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第五章 癒しの白光
1-23 白光
しおりを挟む「ミアっ! 大丈夫か!?」
ノックと共に大慌てで部屋に転がり込んできたのは、顔を真っ青にしたウィリアム様だった。
相当急いでいたのだろう、珍しく髪が乱れている。
今日は魔法騎士の入団試験があるはずだが、もう終わったのだろうか。
「まあ、ウィリアム様……私はこの通り、元気ですわ。試験はもう終わったのですか?」
「あ、ああ。試験会場にいた私の父宛に、君のお父上から魔法通信をもらってね。急いで片をつけて、馬を飛ばしてきた」
普通に椅子に腰掛けて本を読んでいた私を見て、ウィリアム様は少し落ち着いたようだ。ベッドに寝たきりになっているとでも思ったのだろうか。
「それより、ミア……本当に大丈夫? 苦しくないか? ああ、どうしてこんなことに……!」
「そんなに心配なさらなくとも、大丈夫です。少し呪いに触れてしまったけれど、まだ広がっていませんわ。――黒い靄は、指先にとどまっています」
私は、警戒することなく、知らないブティックから送られてきた小包を開封した。
その中に入っていたストールに、真っ黒な呪いの靄がまとわりついていたのだ。
封を開ける時に少し触れてしまい、呪いの靄が自分の手に移ったのである。
私はすぐに小包に再び封をして、お父様に相談した。
お父様は、黒い靄の件も、私がウィリアム様に聖魔法を教わっている件も知っていた。そのためすぐに、そして密かに、オースティン伯爵に魔法通信で連絡を取ってくれたのである。
ウィリアム様は、今にも泣きそうな表情をしていた。
噂に振り回されて疑心暗鬼になっていたけれど、実際にウィリアム様に会って話せば、不安はすっと溶け消えていく。
私は、軽率な行動をした自分を恥じたのだった。
「ウィリアム様、ごめんなさい。私が警戒を怠ったばかりに、ご心配をおかけしてしまって……」
「……ああ。だが、事情を話してもらう前に、解呪の聖魔法を試してみようか」
ウィリアム様は私の耳元に口を近づけ、囁いた。
いつもの香水の奥に、少しだけ汗の匂いを感じるが、不快ではなかった。むしろ、こんな時なのに、不謹慎にもドキドキしてしまう。
私は頷くと、侍女のシェリーに退室を命じた。
「――我が声は天の声、応じよ聖なる光――」
ウィリアム様のノートと、ステラ様の手記を見ながら、慎重に解呪の魔法を紡いでいく。
基本的な形式は『治癒』と一緒だが、ところどころ異なる点があって、少し複雑だ。
「――集いて黒き呪を祓え。『解呪』」
『治癒』よりも密度の高い白光が、手の中に集う。
光はさわさわと肌を撫でてゆき、呪いの靄を吹き消したのだった。
「まあ……」
「ミア、どうなった……?」
「ウィリアム様、呪いの靄は消えましたわ。うまくいったみたいです」
「そうか……! 良かった……!」
ベイカー男爵の呪いが見えたことをきっかけに学び始めた聖魔法。
身近な人たちを守れるようにと願い、手にした力だった。
だが、それがまさか自分の身を助けることになるなんて。
「ミア……、本当に、もう、なんともない?」
「大丈夫ですわ。元々、そんなに強い呪いではなかったのです。痛みも不調も感じませんでした。風邪の引き始めみたいな、ぞわぞわとした悪寒を覚えた程度です」
「……良かった……本当に、良かった……」
ウィリアム様は、顔をくしゃりと歪ませたかと思うと、突然私をぎゅっと抱きしめた。
その体は、小刻みに震えている。
「ウィリアム様……?」
「子爵から呪いのことを聞いた時、俺……、心臓が止まるかと思った。また、ミアを守れなかったのかって……」
いつもは穏やかで凛としている美しい声も、今は小さく震えていた。
ウィリアム様は、甘えるように、私の頭に頬をすり寄せる。
「ミアがいなくなったら、俺……」
ほんの小さな呪いに対して、ウィリアム様の反応はあまりにも大袈裟だった。
何か、呪いで嫌な思いをしたことでもあるのだろうか。
「……心配なさらなくても、いなくなったりしませんよ」
私は、ウィリアム様の背中におずおずと手を回し、抱きしめ返す。
とん、とん、とあやすように背中を叩くと、ウィリアム様は私を抱く力を少しだけ弱めた。
これほど大切に想われているなんて、少し前までは想像もしていなかった。
大切な人がいなくなってしまうのは、苦しいことだ。辛いことだ。
私は、ルゥ君のことや、ステラ様と私の本当のお父様のことを思い浮かべた。
今、もしもウィリアム様がいなくなってしまったら……?
ルゥ君や両親のことも悲しく尾を引いていたが、きっと、それよりもっともっと大きな穴が開くだろう。
「……私も、ウィリアム様がいなくなってしまったら、嫌です」
「ミア……」
私がぽつりと呟くと、ウィリアム様はぴくりと顔を上げた。
ウィリアム様と、目が合う。
淡い緑色の瞳には、不安の色だけでなく、小さな喜びの火が灯った。
ウィリアム様は、こんなにも私に寄り添ってくれる。
なら、私も――もし、ウィリアム様に何かあったら、私も力になりたい。
ウィリアム様の秀麗な顔が、優しい熱を帯びたその瞳が、甘く柔らかく弧を描くその唇が、ゆっくりと近づいてくる。
胸にともる熱に従うように、私はそっと目を閉じた。
――これから、ずっと。
彼が心に抱えている傷も。
その身に降りかかった苦痛も。
私がそばで、癒してあげたい。
そう、強く思った瞬間。
唇と唇が触れ合う直前――私の胸から、清らかな光が、溢れ出した。
目を閉じていても眩しいほどの白光。
私は瞼にぎゅっと力を込める。
光は、ほんの数秒でおさまった。
「――っ、今のは?」
「わ、私にも何が起きたのか……」
ウィリアム様は私から腕を離すと、突如何かに気づいたように自分の肩口や腕を触り始める。
「ウィリアム様? どうされたのです?」
「試験中に怪我をした箇所が、治っている……?」
彼は信じられないといったような表情で、片方の袖を捲り上げた。
傷一つない、細いのにしっかりと筋肉のついた二の腕があらわになる。
私の貧相な腕とは全然違う。男の人の腕だ。
「ミア。今、『治癒』を唱えた?」
「いいえ、私は何も……」
「無詠唱で……? そんなことがあるのか?」
ウィリアム様は、深く考え込む。
自分の世界に入ってしまったようだ。
「あの、ウィリアム様……?」
「あの時も、もしかして、ミアが……?」
私は声をかけるも、ウィリアム様は思考の海に沈んだまま、帰ってこなかった。
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