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第五章 癒しの白光
1-24 『ミーちゃん』と『ルゥ君』 前編 ★ウィリアム視点
しおりを挟むウィリアム視点です。
――*――
俺は、魔法騎士団の演習場からエヴァンズ子爵家へ向けて、急ぎ馬を駆っていた。
「ミア……! どうか無事でいてくれ……!」
――『ミアが例の靄に触れてしまったと、ご子息に伝えてほしい』。
そんな内容の魔法通信が、エヴァンズ子爵から父上宛に入った。
俺は心臓が握り潰されるような思いだったが、魔法騎士団の入団試験中。さすがに途中で退出するわけにはいかない。
あとは最終試験の模擬試合が残っているのみ。
俺は父上と試験官に頭を下げて最初の回にしてもらい、急いで試合を終わらせ、ミアの元へ向かった。
普段なら試合で怪我をすることなどないのだが、気がせいていたのか、相手の魔法を防ぎきれず、数箇所に傷を負ってしまった。
試合には勝ったものの、首席合格を目指す身としては大失態である。
不測の事態に弱いと言うのは、常に命懸けの職務である魔法騎士として、致命的だ。
魔法通信にあった『例の靄』とは、間違いなく呪いのことだろう。
何故? どこで? 誰の仕業だ?
疑問はたくさん浮かんでくるが、答えは出そうにない。
それに――もしもそれが、逆行前の式典で受けた呪いぐらい、強力なものだったら?
瞼を固く閉じて動かなくなったミアの姿を思い出し、俺は恐怖に支配された。
「もう二度と、失うわけにはいかない。絶対に。頼む、間に合ってくれ……!」
俺はわき目も振らず、王都郊外の広い道を駆け抜けていった。
*
エヴァンズ子爵家に到着し、俺はすぐにミアの元へ案内してもらう。早鐘を打つ心臓がうるさい。
身だしなみを整える間も惜しんで駆けつけた俺を見て、ミアの妹、マーガレット嬢が心底意外そうな目で俺を見た。
どうやら俺はマーガレット嬢に嫌われているようだ。俺が最初の頃、ミアに冷たい態度をとっていたせいだろう。
マーガレット嬢もそうだが、顔には出さないもののミアのご両親や、兄のオスカー殿も、俺の変化に戸惑っているかもしれない。
――実際は、俺自身の内面は大して変わっていないと思うのだが。
ミアの部屋に通されて、元気なミアの姿を確認した俺は、心の底から安堵した。
父上や子爵家の使用人たちからは焦りも悲しみも感じられなかったから、大丈夫だろうとは思っていたが、実際にこの目で確かめるまではどうにも落ち着かなかったのだ。
ミアの侍女に下がってもらい、『解呪』を唱えると、呪いの靄は綺麗に消えたようだった。
これで一安心だ。張り詰めていた気が一気に解け、俺はミアをギュッと抱きしめた。
どうやら、俺は相当参っていたらしい。身体の震えが止まらないほどには。
「ミアがいなくなったら、俺……」
「……心配なさらなくても、いなくなったりしませんよ」
俺がぽつりと呟くと、ミアは、慈愛に満ちた声で答える。細い腕をそっと手を回して、優しく俺の背を叩いてくれた。
それが心地よくて、愛おしくて、俺はミアを苦しいほど強く抱きしめてしまっていたことに気が付いた。
俺が少し力を弱めると、ミアは切なそうな声色で囁いた。
「……私も、ウィリアム様がいなくなってしまったら、嫌です」
「ミア……」
思わず顔を上げると、ミアと目が合う。
その海色の瞳には、確かな想いが宿っているようで、沈んでいた俺の心は、一気に浮上していく。
潤んだ瞳に、柔らかな笑顔に。
心にともった熱に浮かされて、俺は吸い込まれるように、ミアの唇に自らの想いを重ねようと、距離を縮めていく。
ミアはゆっくりと目を閉じ、そして――
唇が重なり合う直前、奇跡は起こった。
ミアの胸のあたりから、白い光が溢れ出すと、一瞬にしてあたりを光で満たした。
再び目を開くと、ミア自身も驚いたような顔をしている。
「――っ、今のは?」
俺は、今と同じ光を、子供の頃に見たことがあった。
信じられない思いで、俺は自身の身体を確かめる。
――やはり。
袖を捲って確かめると、試験中に怪我をした箇所が、痕も残さず綺麗に癒えていた。
肩口や腿など、他の箇所も癒えているようだ。
「ミア。今、『治癒』を唱えた?」
「いいえ、私は何も……」
「無詠唱で……? そんなことがあるのか?」
実際、ミアが『治癒』を唱えているような気配はなかった。
それに、『治癒』であれば、手をかざして聖力を当てた箇所しか治らないはずだ。
やはりミアは無詠唱で『治癒』……いや、もしかしたらそれより上位の、『範囲治癒』を発動したのではないだろうか。
となると。
もしかしたら、子供の時に見たあの光も。
あの奇跡も。
俺が持っていた癒しの護符の効果ではなくて――。
「あの時も、もしかして、ミアが……?」
俺は、過去へと思考を飛ばしていった。
◇◆◇
七年前の春。
別荘を抜け出した俺と『ミーちゃん』は、すぐに意気投合した。
綺麗な白銀の髪は陽に当たって煌めき、海色の瞳は、転んで泣いたために少し潤んでいる。
俺が魔法の話をすると、『ミーちゃん』は感心したように熱心に聞いてくれた。
目を輝かせて話を聞いてくれるのが嬉しくて、俺は覚えたての知識をいっぱい話して、たくさん笑って。
とにかく楽しくて、あっという間に時は過ぎていった。
夢中で話し込んでいた俺たちは、あたりの気配が変わったことにも気付かなかった。
そして――。
「ねえ、ルゥ君。あれ、なんだろ、あの真っ黒なもやもや……」
「ん? どうしたの、ミーちゃん」
彼女が指し示す方を向いて、俺は戦慄した。
そこにあったのは、一匹のはぐれ魔狼の姿。
「……魔獣だ……!」
「ま、魔獣……? あれ、魔獣なの……?」
「うん。間違いない。書物で読んだ通りだ……魔獣はみんな魔力を持ってて、目が赤く光ってて、爪や牙が鋭くて、普通の動物より二回りぐらい大きいんだ。目が赤いし、大きいから、きっと魔獣だよ」
『ミーちゃん』の言う黒いもやもやが何なのかはわからないが、あれが魔獣だとしたら、とにかく急いでこの場を離れる必要がある。
俺は魔獣から目を離さないようにしながら、小声で返答した。
「そ、そんな。どうしてこんな所に魔獣が……?」
「魔獣が出た原因はわからないけど……気付かれないように、静かにどこかの建物まで逃げるよ。ミーちゃん、できる?」
「う、うん」
いつの間にか、動物たちの声も消え去っている。聞こえてくるのは、ざわざわと草木が揺れる不気味な音だけ。
俺は震え始めた『ミーちゃん』の手を取り、静かに立ち上がった。幸い、草花の陰になっていて、魔獣にはまだ気付かれていないようだ。
「木の陰に隠れながら、あっちに向かって走ろう」
緊張で、指先が冷たくなっていく。
ぎゅっと俺の手を握り返す小さな手を引っ張るようにして、俺たちは草花をかき分け、一番近くの建物へ向かって走り出した。
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