氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

文字の大きさ
24 / 193
第五章 癒しの白光

1-24 『ミーちゃん』と『ルゥ君』 前編 ★ウィリアム視点

しおりを挟む

 ウィリアム視点です。

――*――

 俺は、魔法騎士団の演習場からエヴァンズ子爵家へ向けて、急ぎ馬を駆っていた。

「ミア……! どうか無事でいてくれ……!」

 ――『ミアが例のもやに触れてしまったと、ご子息に伝えてほしい』。
 そんな内容の魔法通信が、エヴァンズ子爵から父上宛に入った。

 俺は心臓が握り潰されるような思いだったが、魔法騎士団の入団試験中。さすがに途中で退出するわけにはいかない。
 あとは最終試験の模擬試合が残っているのみ。
 俺は父上と試験官に頭を下げて最初の回にしてもらい、急いで試合を終わらせ、ミアの元へ向かった。

 普段なら試合で怪我をすることなどないのだが、気がせいていたのか、相手の魔法を防ぎきれず、数箇所に傷を負ってしまった。
 試合には勝ったものの、首席合格を目指す身としては大失態である。
 不測の事態に弱いと言うのは、常に命懸けの職務である魔法騎士として、致命的だ。


 魔法通信にあった『例の靄』とは、間違いなく呪いのことだろう。

 何故? どこで? 誰の仕業だ?
 疑問はたくさん浮かんでくるが、答えは出そうにない。
 
 それに――もしもそれが、逆行前の式典で受けた呪いぐらい、強力なものだったら?
 瞼を固く閉じて動かなくなったミアの姿を思い出し、俺は恐怖に支配された。

「もう二度と、失うわけにはいかない。絶対に。頼む、間に合ってくれ……!」

 俺はわき目も振らず、王都郊外の広い道を駆け抜けていった。





 エヴァンズ子爵家に到着し、俺はすぐにミアの元へ案内してもらう。早鐘を打つ心臓がうるさい。

 身だしなみを整える間も惜しんで駆けつけた俺を見て、ミアの妹、マーガレット嬢が心底意外そうな目で俺を見た。
 どうやら俺はマーガレット嬢に嫌われているようだ。俺が最初の頃、ミアに冷たい態度をとっていたせいだろう。
 マーガレット嬢もそうだが、顔には出さないもののミアのご両親や、兄のオスカー殿も、俺の変化に戸惑っているかもしれない。
 ――実際は、俺自身の内面は大して変わっていないと思うのだが。


 ミアの部屋に通されて、元気なミアの姿を確認した俺は、心の底から安堵した。
 父上や子爵家の使用人たちからは焦りも悲しみも感じられなかったから、大丈夫だろうとは思っていたが、実際にこの目で確かめるまではどうにも落ち着かなかったのだ。

 ミアの侍女に下がってもらい、『解呪アンチカース』を唱えると、呪いの靄は綺麗に消えたようだった。
 これで一安心だ。張り詰めていた気が一気に解け、俺はミアをギュッと抱きしめた。
 どうやら、俺は相当参っていたらしい。身体の震えが止まらないほどには。

「ミアがいなくなったら、俺……」

「……心配なさらなくても、いなくなったりしませんよ」

 俺がぽつりと呟くと、ミアは、慈愛に満ちた声で答える。細い腕をそっと手を回して、優しく俺の背を叩いてくれた。
 それが心地よくて、愛おしくて、俺はミアを苦しいほど強く抱きしめてしまっていたことに気が付いた。
 俺が少し力を弱めると、ミアは切なそうな声色で囁いた。

「……私も、ウィリアム様がいなくなってしまったら、嫌です」

「ミア……」

 思わず顔を上げると、ミアと目が合う。
 その海色の瞳には、確かな想いが宿っているようで、沈んでいた俺の心は、一気に浮上していく。

 潤んだ瞳に、柔らかな笑顔に。
 心にともった熱に浮かされて、俺は吸い込まれるように、ミアの唇に自らの想いを重ねようと、距離を縮めていく。

 ミアはゆっくりと目を閉じ、そして――

 唇が重なり合う直前、奇跡は起こった。

 ミアの胸のあたりから、白い光が溢れ出すと、一瞬にしてあたりを光で満たした。
 再び目を開くと、ミア自身も驚いたような顔をしている。

「――っ、今のは?」

 俺は、今と同じ光を、子供の頃に見たことがあった。
 信じられない思いで、俺は自身の身体を確かめる。

 ――やはり。
 袖を捲って確かめると、試験中に怪我をした箇所が、痕も残さず綺麗に癒えていた。
 肩口や腿など、他の箇所も癒えているようだ。

「ミア。今、『治癒ヒール』を唱えた?」

「いいえ、私は何も……」

「無詠唱で……? そんなことがあるのか?」

 実際、ミアが『治癒ヒール』を唱えているような気配はなかった。
 それに、『治癒ヒール』であれば、手をかざして聖力を当てた箇所しか治らないはずだ。
 やはりミアは無詠唱で『治癒ヒール』……いや、もしかしたらそれより上位の、『範囲治癒ワイドヒール』を発動したのではないだろうか。

 となると。
 もしかしたら、子供の時に見たあの光も。
 あの奇跡も。
 俺が持っていた癒しの護符アミュレットの効果ではなくて――。

「あの時も、もしかして、ミアが……?」

 俺は、過去へと思考を飛ばしていった。


◇◆◇


 七年前の春。
 
 別荘を抜け出した俺と『ミーちゃん』は、すぐに意気投合した。
 綺麗な白銀の髪は陽に当たって煌めき、海色の瞳は、転んで泣いたために少し潤んでいる。

 俺が魔法の話をすると、『ミーちゃん』は感心したように熱心に聞いてくれた。
 目を輝かせて話を聞いてくれるのが嬉しくて、俺は覚えたての知識をいっぱい話して、たくさん笑って。
 とにかく楽しくて、あっという間に時は過ぎていった。

 夢中で話し込んでいた俺たちは、あたりの気配が変わったことにも気付かなかった。
 そして――。

「ねえ、ルゥ君。あれ、なんだろ、あの真っ黒なもやもや……」

「ん? どうしたの、ミーちゃん」

 彼女が指し示す方を向いて、俺は戦慄した。
 そこにあったのは、一匹のはぐれ魔狼ストレーウルフの姿。

「……魔獣だ……!」

「ま、魔獣……? あれ、魔獣なの……?」

「うん。間違いない。書物で読んだ通りだ……魔獣はみんな魔力を持ってて、目が赤く光ってて、爪や牙が鋭くて、普通の動物より二回りぐらい大きいんだ。目が赤いし、大きいから、きっと魔獣だよ」

 『ミーちゃん』の言う黒いもやもやが何なのかはわからないが、あれが魔獣だとしたら、とにかく急いでこの場を離れる必要がある。
 俺は魔獣から目を離さないようにしながら、小声で返答した。

「そ、そんな。どうしてこんな所に魔獣が……?」

「魔獣が出た原因はわからないけど……気付かれないように、静かにどこかの建物まで逃げるよ。ミーちゃん、できる?」

「う、うん」

 いつの間にか、動物たちの声も消え去っている。聞こえてくるのは、ざわざわと草木が揺れる不気味な音だけ。
 俺は震え始めた『ミーちゃん』の手を取り、静かに立ち上がった。幸い、草花の陰になっていて、魔獣にはまだ気付かれていないようだ。

「木の陰に隠れながら、あっちに向かって走ろう」

 緊張で、指先が冷たくなっていく。
 ぎゅっと俺の手を握り返す小さな手を引っ張るようにして、俺たちは草花をかき分け、一番近くの建物へ向かって走り出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...