氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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1-37 今ここにいる俺と、今ここにいる君と ★ウィリアム視点

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 ウィリアム視点です。

――*――

 魔法師団の三人が帰路についた後。
 俺は、『ルゥ』の正体が自分だということを、ミアに打ち明けた。

 死んだと思っていた『ルゥ』が生きていたことが、よほど衝撃だったのだろう。ミアは、泣き出してしまった。

 ――やはり、ミアの心にも、あの事件は大きな傷を残していたようだ。
 泣きじゃくるミアの背をさすりながら、俺は、『魔女の秘薬』で時間を巻き戻る前のことを、思い返していた。

 それは、逆行前の俺が、ミアに、『ルゥ』の正体を明かそうとした時のこと――。


◇◆◇


「――ミア。私が、幼い頃に君と会ったことがあると言ったら、どう思う?」

「……あり得ませんわ。私には、あなた様のような知人はおりません」

 ミアは、人形のように無感情に、返答をした。
 光も差さぬ海色の瞳は伏せられ、もはや俺の方を見ることもない。
 俺はそっとため息をついて、心を落ち着けてから告げる。

「……君は、『ルゥ』という少年を覚えていないか?」

「冗談はおやめ下さいまし!」

 ミアは、大きな声で遮った。
 先程までの人形のような表情から一変し、眉をギュッと寄せ、怒りに顔を赤くしている。
 ミアは、憎しみすらこもったような強い視線で、俺をキッと見据えた。

「どうやってお調べになったのか存じませんが、それは死者への冒涜ですわ。彼はもう、この世にいないのです」

「いや、そうではない。何故なら、『ルゥ』は――」

「いいえ、ルゥ君は、亡くなったのです! 私の思い出を穢すようなことは、もう、おやめ下さいませ。もし仮に生きていたとしても・・・・・・・・・・・・・、ルゥ君は、もう……、いないのです」

 俺はそれ以上何も言うことができず、黙り込んだのだった。



 逆行前の俺は、ミアに三度、命を救われていた。

 一度目は、『ルゥ』の魔獣事件の時。
 もっとも、この時はミアに傷を治してもらったことには気付いていなかったのだが。

 三度目は、逆行のきっかけとなった、式典での事件。
 ミアは、身を呈して、俺を呪いの矢から庇ってくれた。そして、醒めない眠りに落ちてしまったのだった。


 そして、失われた時間の中で起きた、二度目の事件。
 あの時だった。彼女を愛おしいと思う気持ちが、俺の中に芽生えたのは。

 けれど。
 もう、遅すぎた。
 その時には既に、俺とミアの関係は、修復不可能なほど冷たくなっていたのだから――。

 事実、その事件の後に、ミアに『ルゥ』のことを告げようとしたのだが、結果はあの通り。
 ミアの心は、もうとっくに、最後まで『ルゥ』を守り通すことを決めていたのだ。


◇◆◇


 俺が『過去の未来』に思いを馳せているうちに、ミアの涙も落ち着いたようだった。

 今回は、逆行前とは違って、ミアとの仲を引き裂こうとする存在も見えてきた。
 『ルゥ』の正体を明かし、ミアは受け入れてくれた。
 ミアとの信頼関係も出来上がりつつある。

 俺が問題への対応を間違えなければ、逆行前のように、冷たい関係にはならないはずだ。

 引き出しから清潔な布を取り出すと、氷の魔法を使ってそれを冷やす。
 こうして上手く魔力が制御できるようになったのも、全て幼き日のミアのおかげだ。
 必ず、今度こそ――ミアとの未来を掴み取ってみせる。


 俺が大きな『代償』を払ってまでも『魔女の秘薬』で時間遡行をした目的は、二年と少し後に開かれる式典で、呪いの矢をミアが受けないようにすること、または解呪を成功させること。

 そのために俺が調べることは三つだ。

 ひとつ。
 あの時の標的は、明らかに魔法騎士団だった。
 魔法騎士団は、誰になぜ狙われたのか。

 ふたつ。
 あの時、怪我人多数にも関わらず、教会はすぐに聖女たちを派遣してくれなかった。
 その裏には一体、どんな理由があったのか。

 みっつ。
 『魔女』が言っていた――聖女たちの力が、以前に比べてかなり弱まっていると。
 聖女の派遣が遅れたことと重なって、解呪や治癒が間に合わなかった被害者がたくさん出てしまった。
 なぜ聖女の力が弱まってしまったのか、そして解決策はあるのか。


 ――俺が時間を遡ったことは、今はまだ、誰にも言えない。
 だからこそ、一人で全てを背負い、解決しなくてはならないと抱え込んでいた。
 そんな思いが、焦りに繋がってしまったのだろう。
 俺は、本当の意味で、『今ここにいるミア』を見ていなかったのだ。


 ミアは、目元に当てていた布をテーブルに置く。
 冷やしてもまだ赤い目元。きっと、帰路につく頃になっても腫れは引かないだろう。
 子爵にどう説明したらいいだろうか、などと余計なことを考えてしまう。

「ウィリアム様……どうして今まで、こんな大事なことを話して下さらなかったのですか?」

「……君が……今の私を充分信用してくれたら、『ルゥ』ではなく『ウィリアム』を見てくれたら……、その時に言おうと思っていたんだ」

 ウィリアムとしての自分が、ずっと『ルゥ』を超えられずにいたことには、気付いていた。
 婚約の席で、俺と顔を合わせた瞬間に『ルゥ』と呟いたその時から、ミアは俺の目を見るたび、一瞬切なそうな表情をしていたのだ。
 その表情を見るたび、俺は、どうしていいかわからなくなって――。


 ミアの『ルゥ』に対する気持ちは、俺がミアに対して抱いていた気持ちとよく似ているのだろう。
 後悔。自責の念。助けられなかったという思い。

 最近は、ミアが遠くを懐古することも減った。
 俺にはこんなことを言う資格など本当はないのかもしれないが、今は、俺を――『ウィリアム』を見てくれていると、そう、思ってもいいだろうか。

「ふふっ。ウィリアム様、ご無理なさらなくて良いのですよ。私、ウィリアム様の飾らないお姿が好きですわ」

 俺がみっともなく言い訳をしていると、ミアがおかしそうに笑った。
 ……俺が貴族らしくあろうと背伸びしていることも、どうやらミアはお見通しのようだ。

「ウィル様」

 ミアが、恥ずかしそうに、上目遣いで俺の愛称を呼ぶ。
 今まで見たことのなかった、親しみのこもったミアの笑顔を見ていると、これ以上ないあたたかな気持ちが溢れてくる。
 逆行前の俺が得られなかった幸せを噛み締めながら、彼女をこの腕の中に閉じ込めた。

 キスをねだったら拒まれてしまったけれど、『今日は』駄目、ということは、いつかは受け入れてくれるのだろうか。

 大丈夫。もう焦らないと、決めた。
 今回は、ゆっくり丁寧に、ミアとの仲を深めていけばいい。

 愛おしい。
 ふつふつと湧き上がってくる、この焦燥にも似た、熱く優しく心地良い多幸感を、それ以外のどんな言葉で言い表せばいいというのだろう。


 ――ねえ、ミア。
 今、俺、幸せだよ。
 絶対に、君を守ってみせる。

 君は、確かに俺の弱みかもしれない。
 けれど、俺を強くしてくれるのは、他でもない君だ。
 今、ここにいる君なんだ――。


 こうして、俺は、決意を新たにした。
 絶対にミアを守ると。

 こんな幸せな時間を過ごせるのなら、払うと約束した『代償』など、取るに足らないことだ。
 それに、支払うものは、彼女を守り切ることさえできたら――もう、不要なもの。

 『魔女』の言う、代償にかわる『土産』を運良く手に入れられたら、それも良し。
 見つけられずに約束の時を迎えたとしても、ミアが幸せに生きていてくれるのなら、それで良い。


 普段は飲まないミルクティーは、冷め切っていたけれど、ほんのり甘くて――とびきり優しい味がした。



 【第一部 完】
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