氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第二章 郵便と懺悔

2-8 苺 ★マーガレット視点

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 マーガレット視点です。

――*――

 お姉様と話をした翌朝。
 顔を合わせづらくても、わたくしたち家族の朝食はダイニングに用意される。

 お父様とお兄様は、付き合いのある貴族と狩りに出かけるとかで、朝早く屋敷を出発した。
 だから、今日はわたくしとお母様と――お姉様、三人の食卓のはずだ。

 いつもの時間に少し遅れてしまったけれど、従僕フットマンのヒースが開いてくれた扉をそーっとくぐる。
 お母様とお姉様の二人は、もうテーブルについていて、話に花を咲かせていた。

 お姉様は、極上の笑顔で、美しい姿勢を保ちつつも、楽しそうにお母様に話しかけている。

「――ああ、本当に見せて差し上げたかったわ。どれも艶々として、宝石のように綺麗なタルトでしたのよ! けれど、持ち帰り用に包むことは難しかったようで」

「まあ、そうなの。なかなか予約の取れないお店と聞いたわ」

「そうなのです。ウィル様は、何ヶ月も前から予約を取っていたとか」

「素敵ね。本当に楽しかったのね、ミア」

「ええ!」

 お姉様とお母様は楽しそうに話していて、そーっと入り口に立ち尽くしている私に、気付く素振りもない。
 挨拶をするべきかどうか、少し迷ってしまう。
 お姉様がこんなに饒舌に話をするのは、本当に珍しいのだ。

「それで、ミアは何をいただいたの? やっぱり大好きな苺のタルトかしら?」

 ――いいえお母様。お姉様は、苺は好きじゃないはずだわ。お姉様が選ぶとしたら、きっとマスカットよ。

 わたくしは口に出さずに、心の中で断言した。
 しかし、お姉様の答えは違っていた。

「――ええ、お母様のおっしゃる通りです! 苺は大粒でとても瑞々しく、カスタードクリームは甘さ控えめで、そのバランスが絶妙でした。本当に美味しかったですわ」

「――え? 苺?」

 わたくしは、予想外の回答に驚いて、思わず声を出してしまった。
 お母様とお姉様、二人分の視線がこちらへ向く。

「あら、マーガレット。来ていたなら声をかけてくれれば良かったのに。おはよう」

「おはよう、マーガレット」

「……おはようございます、お母様、お姉様」

 お姉様は、いつも通りだった。
 手紙の件にわたくしが関わっていることに、お姉様は気がついているのだろうか。
 昨日と同じく、にこっと優しく笑って、挨拶をしてくれた。

 わたくしは自分の席に歩いていき、ヒースの引いてくれた椅子に腰を下ろした。
 すぐさま、給仕係がわたくしたちに朝食を運んでくる。
 バターの良い香りが部屋に満ちても、オムレツが皿の上でふるりと揺れても、私の頭は苺でいっぱいだ。

「あの……、お姉様は、苺がお好きだったのですか? 以前から?」

「ええ。果物の中で、苺が一番好きよ」

「だから、お祝いごとのある時はいつも苺のケーキだったでしょう? ミアもマーガレットも、苺が好きだものね。あ、もちろんお母様もよ、うふふ」

 お姉様は迷いなく頷き、お母様も、頬を緩ませて補足する。

 わたくしは、何年も前の誕生日――お祝いの席でのやりとりを、思い返していた。


◇◆◇


 その日は、わたくしの誕生日。
 家族全員が集まって、お祝いをしてくれた。
 誕生日のプレゼントをもらって、ご馳走をお腹いっぱい食べて。

 それでも別腹なのが、苺のケーキだ。
 主役であるわたくしの分は、とりわけ大きく切ってもらっている。

「ケーキだ、ケーキ! うれしいなあ」

「そうだね、うれしいね!」

「うん! 苺のケーキ、だーいすき!」

 隣に座っているお姉様は、ケーキの端っこ、三角の部分からフォークを立てて、食べ始めた。
 わたくしはもちろん、大好きな苺からだ。
 あーん、と大きな口で苺を頬張ると、甘くて酸っぱい果汁が溢れてくる。

「あー、もう終わっちゃったぁ。もっとたくさん、苺がのってればいいのにねえ」

 わたくしは、真ん中が窪んで一面まっ白になってしまったケーキの上面を見て、眉を下げる。
 最初に好きなものを食べてしまうと、その後はちょっとだけ寂しい。
 わたくしが寂しそうにしているのに気づいたのか、お姉様は、自分のケーキとわたくしの顔を見比べ、言った。

「マーガレット、お姉ちゃんの苺もあげようか」

「えっ、いいの?」

「うん、いいよ。スポンジの間にも苺がはさまってるし、お姉ちゃんはそれでじゅうぶんだよ」

「お姉様、苺、きらいなの?」

「ん~~~、そう、そうだよ! だから、気にしないでどうぞ」

「わーい、じゃあ、もらうねっ。ありがとう!」

「どういたしまして」

 ミアお姉様は、そう言って苺をわたくしの皿に移すと、とっても嬉しそうな顔で笑ったのだ。


◇◆◇


「それにしても、ミアがこんなに楽しそうにしているのは、珍しいわね。ね、そう思わない? マーガレット」

「えっ、あっ、はい……そうですね」

 お母様に話しかけられて、わたくしは我に返る。

 朝食はもうすっかり並べ終わっていて、まだ食事に手を付けていないのはわたくしだけだった。
 わたくしは、スプーンを手に取り、澄んだ黄金色のスープにそれを沈める。
 野菜の甘みが溶け出した優しく温かい風味は、しかし、心をほぐしてはくれなかった。

「ミア、ウィリアム君とは順調みたいね。なんだか安心したわ」

「お母様……今までご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

「本当ねえ。お父様もお母様も、心配していたのよ」

 お母様は慈愛に満ちた笑顔をお姉様に向け、お姉様は困ったように微笑む。

「ミアは、今、幸せ?」

「はい」

「うふふ、良かったわ。ほら、あんな噂があったでしょう? 最近のミアを見ていたら、そんなの嘘だとわかっていたけれど、やはり気分の良いものではなかったからね」

「噂……ああ、そうだわ! 噂といえば、私、うっかりしていました。お母様にも、マーガレットにも、お父様たちにも伝えていなかったわ。お母様たちは覚えておいでですか? 幼い時に、私を魔獣から守ってくれた少年のお話を」

「もちろん、覚えているわ。ミアは、その子が亡くなったことをずっと悔やんでいたものね」

「ええ。でも実は、その少年は亡くなっていなかったのです。それどころか、彼も私のことを覚えていて、探して下さっていたのですわ。それで、偶然私を庭先で見かけて、婚約を申し入れたのですって」

「え? 婚約……それって、もしかして」

「はい。ウィル様ですわ。ウィル様が、あの時、私の命を守ってくれた少年だったのです」

「え――?」「まあ……!」

 わたくしの口からは困惑の声が、お母様の口からは感極まった声が漏れる。

「素敵ね、ミア! 運命みたいじゃない! まあ、まあ、本当にうっとりしてしまうわ……! ねえ、ミア、ウィリアム君はどうやって生き延びたのかしら? やっぱり水魔法? どうして今まで言わなかったのかしら? それから――」

 お母様がキラキラと目を輝かせ、矢継ぎ早に質問を繰り出していく。
 わたくしは、それを耳の端で聞きかじりながら、思考の淵へと引き込まれていった。

 ――これでは、お姉様もウィリアムも、互いに想いあっているみたいではないか。それも、ずっとずっと前から。

 わたくしが二人を引き離そうと頑張っていたのは、何だったのか。わたくしは、ただの邪魔者ではないか。
 間違っていたのはウィリアムではなくて……わたくしの方だったというのだろうか。

 もう一人の敬愛するお姉様、デイジーお姉様のためには良かったのかもしれないが、誰よりも大切なミアお姉様は……。

「わたくし、なんてことを」

「……マーガレット?」

 もう、どのみちデイジーお姉様の望みも叶わないだろう。
 わたくしの望みも、叶わない――いや、それは、ミアお姉様の笑顔を消してまで叶えることではない。
 昨日、お姉様の侍女にたしなめられて、ようやく頭が冷えた。

「お姉様、わたくし……」

 お姉様と、お母様の視線が、こちらへ向く。
 わたくしは、すべてを告白する覚悟を決めた。

「わたくし、お姉様に、謝らなくてはならないことがあります。お母様も、聞いてください。もう、わたくし一人では、どうにもならないの」

 視界の端で、ヒースが顔を歪めて、ダイニングからスッと出ていくのが見えた。
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