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第二章 郵便と懺悔
2-9 勇気ある謝罪
しおりを挟む「わたくし、お姉様に、謝らなくてはならないことがあります。お母様も、聞いてください。もう、わたくし一人では、どうにもならないの」
悲痛な表情で言ったマーガレットを見て、私とお母様は顔を見合わせる。
お母様が素早く人払いを済ませると、マーガレットは、ぽつりぽつりと語り始めた。
「……お姉様は、ウィリアム……、様と、婚約を破棄するおつもりがないんですよね?」
「ええ、ないわ」
私は、断言した。
婚約を結んだ当初は、同意書にサインした自分を恨んだこともあったが。
「その……、好き、なのですよね」
「…………ええ」
まだウィル様本人にも伝えたことがないけれど。
私は、もうはっきりと自覚している。
――ウィル様が好き。
デイジー嬢が侯爵家の令嬢であることを聞いて、私たちの婚約を邪魔されるかもしれないと思った時、私は……絶対に嫌だ、と思った。
「……わたくし、ずっと、お姉様の婚約を破談にしたいと思っていました。あの男と会うたびに、お姉様は辛そうなお顔をしていたから」
「確かに、最初の頃はそうだったわねえ。お母様も少し心配していたのよ」
「……ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
私が視線を下げて謝ると、お母様は、優しく微笑んで、かぶりをふった。
マーガレットは、続ける。
「それで、どうしたら破談にできるか思い悩んでいた時に、わたくしの侍女が辞めてしまって、ヒースが専属従僕になったのです」
「ミアの婚約が決まってから、マーガレットは大荒れだったものね。誰もやりたがらなくて、しばらくの間、侍女がつかなかったのよね。それで困っていたら、雇い入れたばかりだったヒースが立候補してくれたんだったわ」
お母様が懐かしむように告げると、マーガレットはバツが悪そうに一言謝罪し、話を続けた。
「ヒースは、着替え以外の全てを文句も言わずに手伝ってくれましたし、話し相手にもなってくれましたわ。わたくしは、すぐにヒースを信頼して……それで、ある日、ヒースに相談したのです。そうしたら、彼は、『手紙を止めてしまえば、これ以上仲が深まることがないのではないか』って提案したのですわ」
「……やっぱり、ウィル様からの手紙が来なかったのは……」
「……ごめんなさい、お姉様。わたくしが、ヒースに頼んで、そうさせたのです」
マーガレットは、下を向いて涙ぐむ。
「……ヒースは、当時、雇われたばかりで一番の新人でした。手紙の仕分けや荷物の受け渡し、郵便屋さんへの応対は、新人であるヒースの仕事でした」
郵便屋から手紙や荷物を受け取り、書かれている宛名通りに各部屋へ持っていく。そして、子爵家から送る手紙をまとめて、郵便屋に渡す。簡単な仕事だし、邸内の部屋を把握するためにも新人にやってもらうのがちょうど良いのだ。
また、郵便事業の発展している他国や異文化の人からは、新人に情報を預けることに対して不安はないのか、と思われるかもしれない。
答えを先に言ってしまうと、『不安を感じる人は、この王国の貴族にはほぼ皆無』だ。
なぜなら、この国では、受話器を通して直接喋れる『魔法通信』と『遮音用の魔道具』が発展しているからである。
重要な手紙や急ぎの用件は郵便屋に託さず、魔法通信を使ったり、職場や社交の場、もしくは信頼できる使用人を通じて直接手渡しするのが一般的だ。さらに機密性の高い情報を扱う時に使われる、暗号化魔法もあるらしいが、詳しくは知らない。
とにかく、この国では手紙の重要性は低いのである。魔法通信機を持たない平民同士のやり取りや、時候の挨拶、恋人や友人との文通程度にしか利用されない。私のように、魔力を持たず魔法通信の使えない者もいるが、そういう貴族は大抵専門の通信係を雇用している。
郵便事業への需要の低さは、信用度の低さにも直結してしまっている。配送の遅延や誤配もよくあることだった。
だからこそ、最初のうちはウィル様から手紙の返事が来ないことに対して、特に何か思ったりもしなかった。
そして、そのまま、手紙が来ないことも当たり前になってしまったのである。
「魔法通信が使えない私は、マーガレットとヒースの思惑通り、ウィル様との仲を縮めることなく、逆に不信感を募らせることになったわ。私、元々あまりお喋りをしないウィル様は、お手紙も苦手なんだと思って……郵便屋さんやヒースを疑うこともしなかった」
「お姉様とウィリアム……様、のお手紙は、開封せずに、わたくしの部屋の引き出しにしまってあります。後で、全てお渡しします。本当にごめんなさい」
マーガレットは、目に涙をためて、深く深く謝罪する。心から反省しているようだ。
「――マーガレット、顔を上げて」
マーガレットは、恐る恐る私の方を向く。
オレンジイエローの瞳は、涙ですっかり濡れて、今にも溢れてしまいそうだ。
「今回は、不問にするわ」
「……え……?」
マーガレットは、掠れた声で、聞き返した。
驚いて瞬きをした拍子に、涙がひとすじ、こぼれる。
「不問よ」
「……っ、ほ、本当に……?」
私は、微笑んで頷いた。
本来なら、彼女のしたことは簡単に許されることではない。
実際、私はともかく、ウィル様の方は、許したくないと思っているだろう。
けれど、マーガレットは、私に嫌われないか不安だっただろうに、勇気を出して自分から謝ってくれたのだ。
「お姉様……っ、ありがとうございます」
私は首を横に振った。そして、優しく諭すように、語りかける。
「でもね、許すのは今回だけよ。それから、私はいいけれど、ウィル様には、改めてちゃんと謝らないといけないわね。それと、後でいいから……できたら、マーガレットのお話を色々聞かせてほしいな。知っていることを全部教えてくれる?」
「……っ、はい」
「マーガレット、自分からきちんと言えて、えらかったね。ちゃんと謝ってくれて、ありがとう。勇気がいることだったわよね」
「ぐすっ……ぁい」
マーガレットの涙腺が、決壊した。
お母様が静かに立ち上がって、マーガレットの頭を胸に抱き寄せる。
そのまま、マーガレットが落ち着くまで、彼女の背をトントンと叩いてあげていたのだった。
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