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第二章 郵便と懺悔
2-12 魔道具研究室 ★ビスケ視点
しおりを挟むビスケ視点です(時系列的には、現在進行中の本編の数日前です)
――*――
取引先との会議が終わり、私は魔道具研究室の扉を開く。
ガラス扉で仕切られた部屋の奥側は、実験室になっていて、測定用の機材がたくさん並んでいる。
入り口付近、右側には大きな棚があり、資材や納品予定の魔道具が置かれていた。
左側には所狭しとデスクが並び、どの机にも資料や書類が雑然と積まれている。
私は、その中でも書類の山が特に高くなっているデスクに近づいていく。
そこから覗くクリーム色の髪は、整える暇もないらしく、ものすごくボサボサだ。
「どう? 呪いの分析は済んだ?」
「ああ、母さん。波形記録から魔力成分を分解して算出するところまでは、一応うまくいったんだけどさ……見てよ、この数値」
カスターは、目の下にクマを作りながらも、しっかり分析を済ませてくれたようだ。
机の上からファイルをガサゴソと探し当て、その中から一枚、数値の羅列された表を抜き出して、渡してくれた。
「ふんふん……闇魔法とはいえ、やっぱり通常の魔法と共通する部分も多いのね。でも、この辺りは異常値だわ。普通の人間が出せる数値ではないわね」
「うん、僕もそう思う。けどさ、闇魔法を使う魔族がもう存在せず、この呪物が人の手によって生み出されたと仮定したら……自然界に存在するあるもので、この数値は補えるよね?」
「――『魔石』ね」
カスターは、頷いた。
確かに、この数値は、魔獣の体内に存在する『魔石』から抽出できる数値と酷似している。
実際、呪いのストールにも縫い付けられていたし、関係がないわけがない。
「でも、魔石そのものが『呪い』の正体というわけではなさそうね。魔石自体は、こんなに高い生体親和性を持たないもの」
「うーん……魔石をベースに、何らかの魔法を組み合わせたらどうかな?」
「……過去に魔石に魔法を吸わせてみる実験はしているけれど、全部弾かれてしまって、うまくいかなかったのよね。でも、検討してみる余地はあると思うわ。……カスター、お願いしてもいい?」
「わかってるよ。ここから魔石の魔力成分を取り除いて、残った数値からどの魔法が使用されているのか割り出せばいいんだろ? ただ、僕は実験や試作には協力できないよ」
カスターはクリーム色の髪色からわかるように、魔力量が少ない。
だから、いつも魔法を流し込む実験には参加しないのだ。
「どっちみち呪いの試作なんて危険すぎて、私たちの一存では無理よ。私たちが今できるのは、机上での分析と理論構築まで」
「そりゃそうか。さーて、こっちの仕事が終わったら一眠りして、それから資料室に缶詰めだな」
「ごめんね、忙しくさせちゃって」
「いいんだよ。乳兄弟の頼みだ、僕がやるしかないだろ」
「ありがとう。どうしても手が回らなくなったら、お父さんとお母さんも手伝うからね」
今回の魔道具製作は、魔法騎士団からの極秘任務。通常業務を滞らせるわけにもいかないから、みんなかなり頑張ってくれている。
私の夫であるアラザン室長も、日常業務の合間に聖魔法の魔力分析も行っていて、いつ寝ているのかわからないほどだ。私もアラザンもカスターも、しばらく家に帰れていない。
「ビスケ殿、今日納品分の魔道具、作り終わったでござる。ギリギリになってしまって、誠に申し訳ない」
「ホイップ、ありがとう。お疲れ様」
ホイップも、普段の倍以上の仕事を捌いていた。
製造員である彼は、魔力回路の設計が終わるまで、新しい仕事がない。その分、私たちの通常業務を、一部肩代わりしてこなしてくれている。
「では、拙者はこのまま明日の納品分に取り掛かるでござる」
「ありがとね。この忙しさが落ち着いたら、どーんとボーナス出るからね」
「それは助かるでござる。実家の刀工房への仕送りが増やせるでござるな」
「じゃあ私は納品して、そのまま外回りに行くわね。室長、出かけてきまーす」
遠くからアラザンに声をかけ、荷物を持つと、魔法通信室へと向かう。
魔法通信機で納品先と、魔法騎士のシナモン嬢に連絡を取って、そのまま外出したのだった。
*
「シナモン嬢、来てくれてありがとね。いつもは他の人が手伝ってくれるんだけど、今、手が回らなくて」
「とんでもない。これも任務のうちだ。私で良ければ、いつでも使ってくれ」
「助かるわ。じゃあ、今日も納品先周辺で聞き込みをするから、何か気づいたことがあったらすぐに言ってね」
「承知した」
シナモン嬢は、紫色の髪をショートカットにした、背が高くすらっとした女性騎士だ。
背筋がシャキッと伸びていて、パンツスタイルの私服が良く似合う。一見して、中性的な顔立ちの男性にも見紛うほど凛々しい。
納品する魔道具がぎっしり詰まった木箱は重いはずなのに、ものともせず、軽々と運んでいる。
「今日の納品先は、王城のパントリーよ。今回の大量納品が終わったら、少し余裕が出ると思うわ。例の魔道具も試験運用まで持っていけると思う」
「その魔道具が完成したら、私たちの仕事も増えそうだな」
「ふふ、こき使っちゃうから覚悟してね。えっと、今は、シナモン嬢とウィル君はなにか調べ物してるんだっけ?」
「ああ。郵便物の集配所に探りを入れていたのだが、もう引き上げるところだ」
「ミア嬢に郵送で送られてきたブティック・ル・ブランの荷物……何かわかった?」
「それが、王都中の集配所を調べたのだが、ブティック・ル・ブランの名は全く記録に残っていなかったんだ。エヴァンズ子爵家のエリアに配達していた配達員も、そのような荷物を運んだ記憶はないと。配達員の素性を調べたり、集配所を精査したり……だが、結局、何も出てこなかったよ」
「大変だったわね。でも、そこまでして出てこないってことは……」
「ああ。やはり、エヴァンズ子爵家内で郵便物の管理を担当している使用人が怪しいな。ウィリアムは、近いうちにエヴァンズ子爵やミア嬢と連携して炙り出すと言っていた」
「その使用人が、ミア嬢とウィル君の手紙を止めて、ミア嬢に呪物の入った包みを渡したってわけね。捕まえる計画はもう立てているの?」
「ああ。エヴァンズ子爵家の男性陣が皆外出する予定を入れたそうだ。邸の内外で『鼠』が動きやすい状況を作り、巣ごと一網打尽にする……用意周到な男だよ、ウィリアムという奴は」
「人間関係のこと以外は頭が回る子だからね、ウィル君は」
「魔法騎士団の入団試験でも、戦闘力では私の方が優っていたものの、頭脳戦で完敗した。私が首席合格で間違いないと思っていたのだがな。……ふ、だが、歯応えのあるライバルがいると戦い甲斐がある」
シナモンは、目をギラリと輝かせ、獰猛に笑った。
――シナモン・キャンベル。
聞いていた以上に、好戦的な騎士のようだ。
「頼りになるわね、ウィル君も、シナモン嬢も。おばさんも頑張らないとな」
「おばさんという年齢でもないだろう、ビスケ副室長。私と並んでいたら、姉妹……いや、姉弟にでも見えているのではないかと思うが」
「まあ、お上手ね。こんな美男子な妹がいたら、きっと毎日眼福だったわね」
その後も他愛ない話をしながら、私たちは予定されていた納品を済ませた。
ブティック・ル・ブランについて、王城の使用人にさりげなく聞き込みをしたものの、大した成果は得られなかった。
「今日も、何の情報も得られなかったな」
「そうね……」
魔道具が完成したら、聞き込みも、探し物も、地道にこなしていくしかない現状を打破してくれるだろうか。
結局、研究員である私たちにできる一番の貢献は、人を補助する魔道具を開発することなのである。
「さ。めげてないで、帰って魔道具作りますか」
「ふふ、ビスケ副室長。あなたのその前向きなところ、尊敬するよ」
「そお?」
魔道具は、未来に残る。
作った人の手を離れても、開発者がこの世を去っても、元の形から大幅に変わっても。
今現在存在する魔道具は成功の基盤として、或いは失敗の記録として残り、未来永劫続いていくのだ。
だから、失敗したっていい。
私は、魔道具のそんなところも含めて、好きなのだ。
全てが前を向くための材料だから。
「悩んでる暇があったら、動かないともったいないもの。うちのメンバーは、みんなそうだと思うわよ? ――さ、帰りましょ」
今日も収穫ナシ。
けれど、今はそういう時だと思うしかない。
私たちは、迷うことなく、魔道具研究室への帰り道を歩き出したのだった。
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