68 / 193
第五章 忍び寄る影
2-28 ステラの影
しおりを挟む私が正門前に到着したのは、ちょうどオースティン伯爵家の馬車が門をくぐっている時だった。
普段は玄関ポーチで出迎えるのだが、テラスにいたから、ウィル様が馬車から降りてくる前に来ることができた。
馬車の窓越しに、ウィル様と目が合う。
私が微笑むと、ウィル様は驚いた顔でこちらを見たのち、ぱあっと嬉しそうに笑った。
――その時。
「あれっ、ステラさん!?」
「――え?」
まだ閉じていない正門の向こう側から、こちらを見ていた女性が、驚いたような声を発した。
女性はゆったりとした聖職者のローブを身に纏い、大きなピンク色の瞳をまんまるに見開いている。
ローブのフードに隠れた髪は、ごく僅かにピンク色が混じっているものの、ほとんど白っぽい色味に見えた。
女性から少し離れたところに立っているのは、騎士服を身に纏い帯剣した男性だ。聖職者らしき女性よりさらに遠い位置にいて、顔などはよく見えない。
ウィル様たち魔法騎士団員の着る黒い騎士服と異なり、男性が着ているのは白い騎士服だ。神殿騎士団の制服だろう。
子爵家の門番が、駆け寄ってきた女性を押し留めようと、慌てて腕を広げた。
女性は、それでも中を覗こうと、ぴょこぴょこと背伸びをしている。
「あなたは、先程の! まだいらしたのですか? 日を改めるようにとお伝えしましたよね?」
「あっ、ごめんなさい! 道を間違えて、引き返したら偶然……それより、ステラさんっ――に、見えたけど、やっぱり違う……?」
「……っ、な……?」
先程は聞き間違いかと思ったが、彼女の口から再びその名前が飛び出して、私はすうっと血の気が引くのを感じた。
「ごめんなさい、人違いでしたぁ! 急にいなくなっちゃった知人に、よく似ていたので……よく見たらお姉さん、私と年も同じくらいだし。間違えましたぁ」
そう言って彼女は、ぴょこぴょこをやめる。
ぽか、とフードに隠れた頭を軽く叩き、舌を出した。
「私、マリィって言います。南区の、丘の上にある教会で聖女やってます。こちらのおうちにご用があるので、また来ますぅ」
「…………!」
マリィと名乗った聖女は、ひらひらと手を振り、門番にもう一度謝罪をして、歩き去ってしまった。
――聖女マリィは、聖女ステラを知っている?
彼女は、子爵家に用があると言った。一体何の用事があって、ここへ来たのか?
それに、もし彼女が勘の良い人だったら……教会に、私がステラ様の娘だと気づかれてしまうかもしれない。
私は、色々と衝撃的すぎて、そのまま固まってしまった。
「……ミア、今のは……?」
広い場所に馬車を停め、降りるなり駆け寄ってきたウィル様が、警戒感をあらわにしながら、マリィの去って行った方向を見る。
「あ……ごめんなさい、笑顔でお迎えしようと思っておりましたのに」
「いや、それは良くて……あ、ミアが出迎えてくれたことはすごく嬉しいけれど、それより」
「……聖女、マリィ様だそうです。私の顔を見て、『ステラさん』と」
「……! それって」
「ええ。私の、産みの母と見間違えたようです」
私は、冷静を装って、ウィル様にだけ聞こえるような小声で説明をする。
不安そうな、心配そうな表情で、ウィル様が私の目を覗き込んだ。
産みの母が、聖女ステラ様が、生きているかもしれない。
――マリィと名乗る、私と同年代の聖女が、ステラ様の顔を覚えている。
それはつまり、最近……少なくとも数年前まで、彼女が教会で活動していたということに他ならない。
「ミア……。君の安全面も心配だけれど……今はそれより……、大丈夫?」
「……ええ。私にとっては、手記を通じてしか知らない方ですから」
私にとっての母は、物心ついた時からクララお母様だ。
今更生きているかもしれないと言われても、正直あまり実感もわかないし、どう反応していいのかわからない。
「……ご存命なら、なぜ、連絡のひとつも……いえ、それが難しかったのであろうことはわかっておりますわ。……何だかすごく複雑な気分です」
ステラ様が生きているのならば、私の実の父親も、もしかしたら――。
ひと目……、ひと目だけでも。
いや、けれど、顔を見てしまうのが怖いような気もする。
「……さ、ウィル様。中へ参りましょう」
「……ああ。お祝いの席の前に、子爵と話さないといけないな」
固い表情のまま邸に入ってきた私とウィル様を見て、使用人たちが訝しむ。
私たちはそのまま、ダイニングではなく、お父様の執務室へと向かったのだった。
*
執務室を訪ねると、お父様は、ちょうど執務の区切りがついてダイニングルームへ向かおうとしているところだった。
お父様は、揃って固い表情をしている私たちを見て、何かを察したようだ。人払いをした上で、執務室に招き入れてくれた。
私が正門前での聖女マリィとのやり取りを話すと、お父様もウィル様に負けず劣らず厳しい表情に変わっていく。
「ステラ様が、生きている……もしくは、時期は不明だが、最近まで生きていたものの行方不明になってしまったのだな。それも気になるが、それよりも、喫緊の課題は……」
「……ミアの安全確保ですね」
ウィル様がお父様の言葉を引き取ると、お父様は重々しく頷いた。
「……実はな、先程その来訪者に関して、シェリーから報告を受けたのだ。なぜ要請を出してもいないのに聖女がこの邸を訪れたのか、その理由を、その聖女が話していたらしい」
お父様はため息をひとつついた。
「どこかから、触れ込みがあったようだ。この邸に大怪我をした人間がいる。聖女を呼んだ履歴が残っていなければ、まだ怪我や後遺症で苦しんでいるはずだと。それから――呪いにかかっている可能性のある者がいると。それで、彼女は教会の記録を調べて、直近での派遣履歴がなかったためにこの邸を訪れたそうだ」
「……それって」
「うむ。オスカーの怪我と、ミアに贈られてきた呪いのストールのことを知っていた人物。私には、思い当たる人物が一人しかいない」
私は、緑色の髪の、元従僕の姿を思い浮かべた。ウィル様も、顎に手をやって、渋面を作っている。
「……奴の目的が何なのか、私には到底わからん。だが、もしかしたら、近いうちにまた聖女、もしくは奴自身から接触があるかもしれない」
「どちらにせよ……ミアの守りを強化した方が良さそうですね」
「うむ、私もそう思う。……そこで、提案したいことがあるのだが……済まないが、考えをまとめる時間がほしい。ウィリアム君がいる間に決めるから、少し一人にしてもらえないか。……ミア」
「はい」
「今日は、ウィリアム君が側にいてくれる。子爵家の使用人にも警戒を促しておくから、今はこのことは忘れて、特別な日を楽しみなさい」
「お父様……。はい、ありがとうございます」
「ウィリアム君」
「はい。お任せ下さい」
ウィル様が力強く頷いたのを見て、お父様は安心したように――少し寂しげに、微笑んだ。
10
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる