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第五章 忍び寄る影
2-30 兄の疑問
しおりを挟むお父様は、オスカーお兄様とマーガレットに、十五年間隠し続けてきた私の出生の秘密を明かした。
「……ミアは聖女の血を引いていることになる。ステラ様の意向で、これまで教会とは関わらせないように注意し守ってきた」
「……お姉様が……そんな」
マーガレットは、私が実の姉ではなかったと知って、ショックを受けているようだ。
一方、お兄様は薄々感づいていたのか、比較的落ち着いて話を聞いていた。
「――なるほど。だからミアが怪我をしても、教会に連れて行かず、セバスチャンに任せていたのですね」
「そうだ。セバスチャンには、平民街の医師から、怪我の処置について学んでもらった。幸い、ミアは大きな怪我や病気をすることもなく、ここまで育ってくれた」
「……ミア。聞いてもいいかい?」
お兄様は、私の方を向いて質問をした。
「はい。何でしょう」
「ミアは、もう聖魔法を習得しているのかい?」
「ええ。聖魔法のうち、一部ですけれど」
「……もしかして、僕が『紅い目の男』に襲われて大怪我をした時、傷を癒してくれたのは……ミア?」
「……はい」
「やっぱり、そうだったのか。ミア、あの時は本当にありが――」
「ちょっと待って下さい! お兄様、大怪我をしていたのですか!? 狩りに行くと言っていたあの日ですか!?」
お兄様の言葉を遮って声を上げたのは、マーガレットだ。
そういえば彼女の中では、お兄様は狩りで返り血を浴びたショックで気絶したことになっているのだった。
「そうだ。その件で私が回した情報のせいで、混乱が起きてしまった」
マーガレットの質問に答えたのは、お兄様ではなくお父様だった。
「どういうことですの?」
「あの日、オスカーは大怪我を負い、ミアが聖魔法を使って治癒した。私はマーガレットにも、オスカーにも真実を告げなかった。それによって、使用人の中でも混乱が起きた」
使用人たちは、お兄様が大怪我をして運び込まれる所を確かに見たのだ。
なんなら、お父様に同行していた者たちは、怪我の経緯まで知っている。
邸に帰ってから魔法通信で聖女を要請するはずだったのに、聖女は邸を訪れなかった。
しかも、お兄様は貧血症状が残っただけで、傷は綺麗に消えていた。
さらに、マーガレットは「お兄様はそもそも怪我をしていない」と言い、お兄様は「瀕死の重傷だったが聖女に治療してもらった」と言っている。
使用人たちが違和感を持つのは、当然なのだ。
「セバスチャンやシェリーがうまく誤魔化してくれたが、次にまた同じことが起きれば、勘づくものもいるだろう。……すまなかった、お前たちにすぐ話さなかった私の落ち度だ」
「そんな……」
「……そうでしたか」
マーガレットも、お兄様も、目を伏せた。
お父様は、話を続ける。
「そして今日、少し困ったことが起きた。何者かの触れ込みがあったらしく、教会の聖女がこの邸を訪ねてきたのだ。聖女は、また来ると言っていた」
「触れ込み?」
「ああ。詳細は省くが、ミアの素性に気づかれてしまった可能性が高い。もしそうなれば、ミアは教会に連れて行かれてしまう」
――そして教会に閉じ込められて、自由に外へ出歩いたり、家族に会うのもままならなくなってしまう。
ウィル様との婚約も、どうなってしまうかわからない。
「そんなの、嫌ですわ! どうにかならないの?」
マーガレットが、悲痛な叫びを上げる。
お父様は沈痛な面持ちで答えた。
「だから、ミアを一時的に避難させようと思う。……ウィリアム君、オースティン伯爵家か魔法騎士団で、ミアを一時的に預かってはもらえないだろうか?」
「えっ」
「……っ、それは」
お父様の言葉に、私もウィル様も同時に驚く。
「……苦肉の策だ。このまま邸にいては、教会からミアを隠すことはできない。抑えてはいるが、使用人から噂が広がる危険もある。かといって、君が魔法騎士団の仕事で王都を離れられない以上、別荘に出すのも危険。なら、君の近くで預かってもらうのが一番安全だろう? ……もちろん婚前の娘に手を出したりしたら許さないがな」
「……確かに、そうかもしれませんが……」
「ちょっと待って下さい、お父様、ウィリアム様」
お父様とウィル様の会話を遮ったのは、意外にも、オスカーお兄様だった。
「何だ、オスカー」
「……僕は、家族としてミアを大切に思っています。皆がそうなのもわかっています。ですが……僕たちは、王国民として、ミアのことを教会に報告するべきではありませんか?」
「オスカー殿……?」
「……お前は、何を言っている?」
お父様は不信と怒気を込めて、お兄様を睨みつける。
ウィル様は冷たい魔力を放出しはじめ、鋭い視線をお兄様に向けた。
お兄様は、全員から向けられる非難の眼差しに気付いているのかいないのか。その青い瞳を覗いても、お兄様の心は全く見えない。
「だって、ミアが聖女としての力を持っているのなら、たくさんの人を救うことができますよね。それは、聖魔法の力を持つ者の義務だ」
「だが――」
「うちの子だから? 産みの親の意向だから? 課せられるべき義務に、そんなこと関係ありますか?」
お兄様は淡々と続ける。
「僕は貴族家の嫡男。家を継ぐ義務がある。マーガレットは貴族家の子女。良家と縁を結び、子爵家を盛り立てる義務がある」
「なら、ミアも子爵家の娘だ。エヴァンズ子爵家の長女として、オースティン伯爵家と縁を結ぶのだ」
「それ以前に、聖女です。誰もができることじゃない。他の貴族家と縁を結ぶなら、マーガレットでもできる。どうしてもオースティン伯爵家と縁を結びたいのなら、マーガレットとウィリアム様が婚約すれば良いではないですか」
「……っ、お兄、様……?」
私はお兄様が何を言っているのか、ひと言も理解できない。いや、理解したくもない。
マーガレットも、意味がわかっていないのか、眉に力を込め首を傾げている。
お母様の表情は、全くの無になっていた。静かに怒っているのか、傍観を決めて冷静になっているのか。
お父様は、顔を赤くしてプルプルと震え始める。激怒しているようだ。
そして、怖くて目を向けることができないのだが――隣から発せられる冷気が、ものすごく強くなってきている。
「オスカー、お前……!」
お兄様のあまりの言い分に、お父様が顔を真っ赤にしながら立ち上がった、その時。
「――オスカー殿。少しよろしいですか」
ウィル様が、お父様を手で制し、発言を求めた。
――氷よりもずっと冷たい声色で。
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