氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

文字の大きさ
71 / 193
第五章 忍び寄る影

2-31 聖魔法が救うもの

しおりを挟む



「――オスカー殿。少しよろしいですか」

 ウィル様が、氷よりもずっと冷たい声色で、お兄様に問いかけた。

「何でしょう」

「まず前提として、あなたには、感情論で話しても理解していただけないと感じました。なので、俺がミアをどれほど大切に想っていて、どれほどあなたに対して怒っているかは、一度横に置いておきます」

「それを差し置いても、僕を納得させられるだけの理屈があると?」

「あります」

「へえ。ではお聞かせ願えますか? 王国民としての義務を怠り、ミアの存在を教会に報告しないことで、王国民にとってどういう利点があるのか」

 お兄様は、普段は優しい垂れ目がちのその瞳に、今日は一切感情の光を宿すことなく、ウィル様を見つめた。
 ウィル様は視線を真っ向から受け止め、冷たく鋭くお兄様を見据えている。

「――オスカー殿は、聖魔法のことをどれくらいご存じですか?」

「傷を治す。毒を治療する。呪いを解く。この三つが主ですが、それ以外にも聖女にしか起こせない数々の奇跡が存在します」

「ええ、そうです。ですが、聖女の力は教会によって秘匿されています。そのため、聖魔法についての研究は全く進んでいません。魔法師団が研究のために聖女を要請しても、教会は取り合ってくれないのです」

「当然です。聖女にしか使えない力なのですから、研究したところで意味などないでしょう。一般人が使えるようになるわけでもないし」

「……研究者ではない方にとっては、そうなのでしょうね。けれど、ミアのおかげで、最近新しいことが明らかになりました。魔石の活用法です」

「……魔石? 何ですか、それは」

「魔獣から得られる、強い力を持った石です。そのままでは使えませんが、聖魔法によって浄化を施すことで、魔力を長期間保持することが可能になります」

 私は、魔道具研究室での実験を思い出す。『浄化ピュリファイ』の魔法を魔石にかけたのだが、あの時、魔石の浄化に成功していたということだろうか。

 きっとあの後も、魔道具研究室は密かに実験を続けていたに違いない。おそらくその実験が上手くいって、魔石に魔力を込める方法が判明したのだろうと私は想像した。

「それで? 魔力を保持することが、一体何の意味を持つのですか?」

「魔石の活用が広まれば、魔力のない人たちも、魔法や魔道具の恩恵を受けることができます。特に平民には、魔力を持たない人が多い。そんな人々の生活を一変させることが可能になるかもしれないのです」

「はぁ……そこに何のメリットが? そんなことよりも、消えゆく命を救う方が重要ではありませんか?」

「……そんなこと・・・・・、ですか」

「ええ。ただでさえ教会は人手不足です。王都にはそれなりに聖女が揃っていますが、地方に行けば、聖女が常駐していない教会もたくさんある。そのせいで、救われるはずだった命を失った人も、たくさんいるでしょう。とにかく、教会には一人でも多くの聖女が必要なはずです」

 お兄様の言うことにも一理ある。
 だが、ウィル様は、怯むことなく――むしろ、さらに冷たさを増した固い声色で、お兄様に問いかける。

「……厳しい言い方をしますが、オスカー殿に見えている世界には、怪我や呪いで苦しんでいる人しかいないのですか?」

「……どういう意味でしょう」

「聖女が直接力を振るうことで、確かに怪我や呪いを消すことはできます。ですが、それでは聖女の手が届く範囲しか救えないのですよ」

「ええ。だからこそ、さっきも言ったように、教会で働く聖女の数は多くあるべきでは?」

「魔石の活用は、手の届かない範囲で苦しんでいる人たちをも、救えるかもしれないのです」

「救うとは大袈裟では? だって、いくらなんでも、命を救うほどの魔法が込められるわけではないのでしょう? 少し生活が便利になるかもしれない、というだけのことではないのですか?」

「少しどころではありません!」

 そこで初めて、今まで冷静に会話を続けていたウィル様が、ほんの少し声を荒らげた。

「オスカー殿は、魔道具のない生活を考えたことはありますか?」

「いいえ。実質、魔道具のない生活なんて、今の時代にはあり得ないでしょう。魔力のない人でも、魔道具は必ず使ったことがあるでしょうし、持っているはずです。使う時には、ミアのように、周りに補助してもらえばいいのですから」

「貴族なら、確かにそうです。ですが、平民なら?」

「平民にも魔力持ちは大勢いますよ。家族や近所の人に頼めば済む話では?」

「それができるのは、平民の中でも、心も物資も豊かな人たちだけです。オスカー殿は、その目でスラムや寒村の状況を見たことはありますか?」

「……いいえ。スラムには近寄るなと言われていますし、子爵領の領都と王都以外は、ほぼ行きませんので」

「私は、魔法騎士として色々な場所へ行きました。地方には、魔力持ちが数人しかいない、もしくは村長だけという所も多い。中には、魔力持ちが一人もいない村もありました」

 ……魔法騎士としての勤務はまだ短いはずだが、ウィル様はそんなに働き詰めだったのか。
 だが、そんな苦労、私にはまったく見せなかった。ウィル様の体が、少し心配になる。

「夜は暗く、蝋燭と松明の明かりしかない。洗濯だって、いくら水が冷たくても、あかぎれになっても、一枚一枚手洗いする。料理をするにも、かまどで火を起こす必要があるし、火を起こすために、薪を用意しなくてはならない」

 ウィル様は淡々と話を続ける。

「暑くても冷気を放つ魔道具はなく、冬に切り出してきた氷を使って食材を保管する。温かい風呂など知らず、川で水浴びをして、感染症や寄生虫による病に罹る。野良仕事だって全て手作業。……貴族として何の不自由もない生活をしている者には、想像もつかないでしょう」

 お兄様は、ウィル様の話に少なからず衝撃を受けている様子である。
 いまだにそのような不便な生活を送る人たちが存在するなんて、知らなかったのだろう。きっと、ウィル様の言うように、想像したこともなかったのだろう。

「――貴族は人を雇えば済む話ですから、魔力の有無で生活が変わることはありません。ですが、平民にとって魔力の有無は死活問題です。貧富の差や、生死にまで直結する、極めて大きな問題だ」

 お父様は、苦虫を噛み潰したような顔をして、ウィル様の話に重々しく頷いている。子爵領の領主として、思うところがあるのだろう。

「……オスカー殿は、魔力持ちの子供が生まれると、その子供が高値で売買されたり、誘拐される場合もあることを知っていますか? 村唯一の魔力持ちが、村の大部分の財産や食料を占有し、村人が飢えている中で贅沢な暮らしをしていることを知っていますか?」

「……っ、いいえ」

「魔力の有無は、飢餓や貧困による死者、人さらい、奴隷売買などの犯罪をも引き起こしかねない。法の整備も追いついていないのが現状です。聖魔法と魔石の活用は、それを根底からひっくり返すインフラとなる可能性がある」

 幸い、魔石は冒険者ギルドの倉庫に大量に余っている。研究が進み、王家の承認を貰うことができたら、正式に聖女を要請することができるようになるかもしれない。
 そうしたら、ウィル様の言うように、たくさんの人の助けとなるに違いないのだ。

 それに――そうなれば、私やウィル様、魔道具研究室の功績が認められる。
 今のままでは、お父様は聖女を隠蔽していた罪に問われるだろう。だが、その罪が私たちの功績によって相殺される可能性も出てくる。

「――それでもオスカー殿は、聖魔法の研究に意味がないと言いますか?」

 ウィル様は、最後にびしりと言い放って、お兄様をじっと見据え、沈黙したのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...