氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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《第三部 いのち輝けるあいだに》

番外編 はなさないで

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 KAC(他サイトのイベント)のお題「はなさないで」をテーマに執筆しました。
 ある日のミアとウィル。本編とは関係のない読み切りですが、本編第二部終了時以降の関係性を想定しております。

 ウィル視点です。

 ――*――

 あたたかな春のひととき。
 俺は今、ミアと共にオースティン伯爵家の庭園を散歩している。

 薔薇やクレマチスが咲く庭園は甘い香りに満ち、蜜を求める蝶がひらひらと舞う。
 だが、色とりどりに咲きみだれる花々よりも、俺にとっては、隣で薔薇を愛でている婚約者ミアの方が、何百倍も美しい。

 花を見ているふりをして何度もミアに目を遣る。花と違って、いくら見ていても見飽きることはない。

「あの……ウィル様」

 庭園の花壇が途切れたところで、ミアは立ち止まって、俺の顔を覗き込んだ。
 その顔はほんのりと薔薇色に染まっていて、不意打ちの可愛らしい表情に、どきりとしてしまう。

「その……突然なのですが、ひとつ、伺ってもいいですか?」

「ん? 何だい?」

「そそそ、その……」

 ミアは、顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で尋ねた。

「……ウィル様は、私の……、どどど、どんなところを好きになって下さったのですか?」

「――っ」

 目を潤ませて、恥ずかしそうに聞くミアの表情を見て、俺の心臓は壊れてしまうのではないかと思うほど早鐘を打ち始めた。

「ミア……急にどうしたの?」

「いえ、その、ええと……ちょっと気になったというか、その。……私なんかで、良いのかと」

 ミアはそう言うと、今度は一転して、暗い表情になる。

「……ああ」

 俺は、どうしてミアがそんなことを質問したのか、ようやく思い当たった。
 原因は、先日招待された茶会だ。おそらく、令嬢たちがまた口さがないことでも言っていたのだろう。

 魔法騎士という花形の職についている俺は、正直かなり目立っている。
 俺があまりにも目立ちすぎるせいで、「どうしてミアが婚約者なのか」とか、「釣り合わない」とか、そんな言葉が令嬢たちの間で飛び交っているのだ。
 男どもは俺がひと睨みすれば黙るのだが、令嬢たちは下手に俺が目を向けると、逆に付け上がってしまう場合もあるから難しい。

「ミア。心配しなくても、俺は君を、君だけを愛している。ミアじゃなきゃ駄目なんだ……もう、いい加減分かっていると思っていたんだけれど?」

 俺はうつむくミアの顎をすくって、不安に揺れる瞳を正面から覗き込んだ。
 美しい海色に俺だけが映っているさまも、俺に見つめられてじわじわと赤くなっていくその頬も、つやつやと美味しそうな唇も――、ミアの全てがこんなにも俺を惹きつける。

「……そうだな。分かっていないのなら、全部言ってみせようか」

 俺は、ミアの顎から手を離すと、かわりに白銀色の髪をひと房、持ち上げて口付ける。
 ミアの頬は、ますます鮮やかに染まった。不安が、期待に塗り変わっていく。

「まず一番は、ミアの美しい心だ。優しく純粋で、どこまでも綺麗なその心が、何より俺を惹きつける。真面目なところや頑張り屋なところも素晴らしいけれど、時々心配になるな。ずっと側で守ってあげたい、と思うよ。それから優しいのに芯は強くて、時々強情な部分もあるが、それもまたミアの魅力だ。あとは容姿も仕草も勿論好きだ。内面の美しさが外にまで滲み出しているんだろうな。他の男から隠しておければいいのにと常々思っているよ。楽しそうに笑うところも、悲しみに涙する姿も、俺の前でだけ見せる熱っぽい表情も、君の香りも感触も熱も、それから歩く時に背筋がシャンと伸びるところもお茶を飲む優美な仕草も好物の苺を目にした時の笑顔もダンスの時に毎回同じところで躓くところもそれから――」

「も、もう結構です! それ以上話さないで下さいまし!」

 ミアの顔はこれ以上ないほど真っ赤になっていて、それもまた愛おしい。

「ふふ、可愛い。まだまだ、いくらでも言えるんだけどな。……ところで、ミアは? ミアは、俺のどこが好きなの?」

「そっ……それは」

「お願い、ミア。折角だし、俺も聞きたいな」

 潤んでいるまなじりを親指でなぞり、そのまま後れ毛を耳に優しく掛けると、ミアはくすぐったそうに身を縮こまらせ、小さな小さな声で答えてくれた。

「……そ、その……全部……って言ったら、駄目ですか」

「――具体的に聞きたいな」

「えっ、そ、その……」

「ね? ミア?」

「……はあ、分かりましたわ」

 俺がおねだりをすると、ミアは諦めたように、おずおずと話し出してくれた。

「……目が、好きです。それから、一生懸命なところも、好きです。少し不器用なところも、優しいところも、愛情深いところも、頼りになるところも、包み込むようなあたたかい笑顔も、凛としたお声も――」

「わ、悪かった。もういいよ、ミア」

 聞いていてだんだんむず痒くなってきた俺は、思わず途中で止めてしまった。
 愛しい人に褒められるのが、こんなに恥ずかしくてくすぐったいことだったなんて。
 自分から聞いたのに、ミアがもう「話さないで」と言ったのも理解できる。

 ミアは、くすりと笑った。
 春のようなあたたかな笑顔につられて、俺も、自然と頬が緩む。

「ミア、おいで」

 俺がそう言って腕を広げると、愛しい彼女は俺の胸元にそっと身を寄せた。
 そのままぎゅう、と抱きしめると、ミアもおずおずと背中に手を回してくれる。
 春の陽射しよりもずっとあたたかく柔らかな熱と、花よりも甘く俺を惹きつける香りが、俺のすべてを満たしていく。

「……もう、離さないからな」

「ウィル様……お慕いしております。……離さないでくださいね、これからも、ずっと」

「勿論だよ。――愛しているよ、ミア」

 目と目が合うと、俺たちは引き寄せられるように、静かに唇を重ね合わせたのだった。



✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚

 お読みくださり、ありがとうございました。
 第三部本編の開始まで、もうしばらくお待ちくださいませ。
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