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第一章 聖女ステラの手記
3-4 星空の下
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3-4 星空の下
私はウィル様と一緒に、オースティン伯爵家二階の廊下にあるギャラリーを通って、バルコニーへ出た。
足元には白いタイルが敷き詰められ、左隣の部屋まで、同じく白い欄干が続いている。
「このバルコニーへは廊下からも入ることができるし、隣のサロンとも繋がっているんだ」
「一階だけではなく、こちらにもサロンがあるのですね」
「一階のサロンは、来客用。二階のサロンは、邸に滞在中のお客様が自由に使えるように、別に設けられているんだ。今は宿泊中の客はミアしかいないから、人が来ることもないだろう。安心して使ってほしい」
「まあ……そうなのですね」
ウィル様はそう言うけれど、こんな立派なサロンもベランダも、一人で使うわけにはいかない。
下手に出入りしたら、その後の手入れや掃除で手間を取らせてしまうだけである。
「それにしても、本当に綺麗な星空ですね」
「ああ、そうだね」
深い藍色の空に、数えきれない星が明滅している。
今はサロンの明かりも消えていて、近くのテーブルに置かれたキャンドルが静かに揺らめいているだけだ。
欄干のそばと扉のそばには魔道具の灯がともっているが、星の輝きを邪魔するほどのものではない。
「……また、こうしてミアと星空を見られるなんて」
「また?」
「ん? ああ……今回は、初めてだったね」
「……今回?」
ウィル様は、答えることなく、薄く微笑みながら夜空を見上げている。
キャンドルに照らされた横顔に、私は無性に不安になって、ウィル様の袖をギュッとつかんだ。
「ミア?」
「……ウィル様……どこにも、行かないですよね?」
「……ああ。もちろんだよ」
ウィル様は、少しの間の後でそう答え、私の腕を引いて抱きしめてくれた。
けれど、どうしてだろう、不安が消えない。
彼は、何かを隠している。『ルゥ君』のことだけではない、もっと大きな何かを。
けれど……今はまだきっと、話す準備ができていないのだろう。
私は囁くような声で、すがるように、問いかけた。
「ウィル様……いつか、話してくれますか……?」
「……うん。時が来たら、ね」
ウィル様が私を抱く力が、強くなる。
廊下から食事を運ぶワゴンの音が聞こえてくるまで、私たちは星空の下で、ただ無言で抱き合っていたのだった。
*
「そういえば、魔石のことだけれど――」
星空の下でディナーを楽しみながら、ウィル様は突然思い出したように話を切り出した。
「ミアはまだ、魔道具研究室に協力する気はあるかい?」
「ええ、もちろんですわ。あれから音沙汰がなくて気になっていたのですが、やはり皆様お忙しいのですか?」
「そうだね。『魔力探知眼鏡』を量産しなくてはならない関係で、しばらく忙しかったみたいだ。ただ、その中でも例の魔石に関する研究は、秘密裏に進めているよ」
ウィル様の話によると、私が浄化した魔石は一通りの測定を終えた後にいくつかの欠片に分割され、様々な実験を施されているらしい。
そのうちの一つが、浄化済みの魔石にウィル様の魔力を注ぎ込むというものであり、そうしてできたのが、私に贈ってくれたペンダントの宝石なのだそうだ。
「まだ魔石に関してはわからないことばかりだ。実験を重ね、情報を集めていくしかない。ミアが良ければ、近いうちに魔道具研究室に来てもらいたいと思っていたのだけれど……教会の動きも気になるんだよな」
「ウィル様……私なら大丈夫ですわ。馬車の乗り降りをする時に、しっかり顔を隠せば良いのでしょう?」
「まあ、そうなんだけれど」
「ウィル様は心配性すぎますわ。教会だって、私がステラ様に似ているというだけで、強硬に身柄を確保しに来ることはないのではありませんか? 私の戸籍はエヴァンズ子爵家の実子ということになっていますし、私が聖女だという証拠だって掴んでいないはずなのですから」
「……そうだと良いのだけどね」
ウィル様は、顎に手を当てて少し考えるようなそぶりを見せた後で、ひとつ頷いた。
「ひとまず、明日魔道具研究室に顔を出して、予定を確認してみるよ。とにかく、話はそれからだ」
「ええ、お願いします」
私に協力できることがあれば良いのだが。
このままウィル様や魔法騎士団に守ってもらうだけでは、どうにも居心地が悪い。
「ところで、ミアは今日、何をして過ごしていたんだい? 退屈したりしてない?」
ウィル様は、給仕の使用人が皿を下げに来たタイミングで、話題を変えた。
「ええ、おかげさまで。今日はお屋敷の中を少し歩かせていただいたあと、ステラ様の手記を読んでいました」
「ステラ様の手記……何か新しくわかったこととか、あった?」
「いえ。今日読んだところは、ステラ様の記した日誌の部分でして。新たに知ったことは、私の父の名がジュードということと、母が教会から逃げ出す際に協力してくれた神殿騎士がいたことぐらいですわ」
「そうか。また何かわかったことや疑問に思ったことがあったら、いつでも俺に言って」
「ええ、ありがとうございます」
そうは言っても、聖魔法の発動に関する部分は、魔法の練習を始めた頃にもう読み終わっている。
私が読み進めているのはそれ以外の部分――ステラ様の過去が書かれている部分だ。
ウィル様に伝えるべきことがあるかどうかは、疑問である。
けれどウィル様は、私がそんな風に考えていたことに気がついたのか、私をじっと見て、釘をさした。
「特に、教会に関する情報はできるだけ知っておきたい。些細なことでもいいから、話してくれると助かる」
「……わかりました」
私は素直に頷いて、毎日、ディナーの時に話をすることを約束したのだった。
私はウィル様と一緒に、オースティン伯爵家二階の廊下にあるギャラリーを通って、バルコニーへ出た。
足元には白いタイルが敷き詰められ、左隣の部屋まで、同じく白い欄干が続いている。
「このバルコニーへは廊下からも入ることができるし、隣のサロンとも繋がっているんだ」
「一階だけではなく、こちらにもサロンがあるのですね」
「一階のサロンは、来客用。二階のサロンは、邸に滞在中のお客様が自由に使えるように、別に設けられているんだ。今は宿泊中の客はミアしかいないから、人が来ることもないだろう。安心して使ってほしい」
「まあ……そうなのですね」
ウィル様はそう言うけれど、こんな立派なサロンもベランダも、一人で使うわけにはいかない。
下手に出入りしたら、その後の手入れや掃除で手間を取らせてしまうだけである。
「それにしても、本当に綺麗な星空ですね」
「ああ、そうだね」
深い藍色の空に、数えきれない星が明滅している。
今はサロンの明かりも消えていて、近くのテーブルに置かれたキャンドルが静かに揺らめいているだけだ。
欄干のそばと扉のそばには魔道具の灯がともっているが、星の輝きを邪魔するほどのものではない。
「……また、こうしてミアと星空を見られるなんて」
「また?」
「ん? ああ……今回は、初めてだったね」
「……今回?」
ウィル様は、答えることなく、薄く微笑みながら夜空を見上げている。
キャンドルに照らされた横顔に、私は無性に不安になって、ウィル様の袖をギュッとつかんだ。
「ミア?」
「……ウィル様……どこにも、行かないですよね?」
「……ああ。もちろんだよ」
ウィル様は、少しの間の後でそう答え、私の腕を引いて抱きしめてくれた。
けれど、どうしてだろう、不安が消えない。
彼は、何かを隠している。『ルゥ君』のことだけではない、もっと大きな何かを。
けれど……今はまだきっと、話す準備ができていないのだろう。
私は囁くような声で、すがるように、問いかけた。
「ウィル様……いつか、話してくれますか……?」
「……うん。時が来たら、ね」
ウィル様が私を抱く力が、強くなる。
廊下から食事を運ぶワゴンの音が聞こえてくるまで、私たちは星空の下で、ただ無言で抱き合っていたのだった。
*
「そういえば、魔石のことだけれど――」
星空の下でディナーを楽しみながら、ウィル様は突然思い出したように話を切り出した。
「ミアはまだ、魔道具研究室に協力する気はあるかい?」
「ええ、もちろんですわ。あれから音沙汰がなくて気になっていたのですが、やはり皆様お忙しいのですか?」
「そうだね。『魔力探知眼鏡』を量産しなくてはならない関係で、しばらく忙しかったみたいだ。ただ、その中でも例の魔石に関する研究は、秘密裏に進めているよ」
ウィル様の話によると、私が浄化した魔石は一通りの測定を終えた後にいくつかの欠片に分割され、様々な実験を施されているらしい。
そのうちの一つが、浄化済みの魔石にウィル様の魔力を注ぎ込むというものであり、そうしてできたのが、私に贈ってくれたペンダントの宝石なのだそうだ。
「まだ魔石に関してはわからないことばかりだ。実験を重ね、情報を集めていくしかない。ミアが良ければ、近いうちに魔道具研究室に来てもらいたいと思っていたのだけれど……教会の動きも気になるんだよな」
「ウィル様……私なら大丈夫ですわ。馬車の乗り降りをする時に、しっかり顔を隠せば良いのでしょう?」
「まあ、そうなんだけれど」
「ウィル様は心配性すぎますわ。教会だって、私がステラ様に似ているというだけで、強硬に身柄を確保しに来ることはないのではありませんか? 私の戸籍はエヴァンズ子爵家の実子ということになっていますし、私が聖女だという証拠だって掴んでいないはずなのですから」
「……そうだと良いのだけどね」
ウィル様は、顎に手を当てて少し考えるようなそぶりを見せた後で、ひとつ頷いた。
「ひとまず、明日魔道具研究室に顔を出して、予定を確認してみるよ。とにかく、話はそれからだ」
「ええ、お願いします」
私に協力できることがあれば良いのだが。
このままウィル様や魔法騎士団に守ってもらうだけでは、どうにも居心地が悪い。
「ところで、ミアは今日、何をして過ごしていたんだい? 退屈したりしてない?」
ウィル様は、給仕の使用人が皿を下げに来たタイミングで、話題を変えた。
「ええ、おかげさまで。今日はお屋敷の中を少し歩かせていただいたあと、ステラ様の手記を読んでいました」
「ステラ様の手記……何か新しくわかったこととか、あった?」
「いえ。今日読んだところは、ステラ様の記した日誌の部分でして。新たに知ったことは、私の父の名がジュードということと、母が教会から逃げ出す際に協力してくれた神殿騎士がいたことぐらいですわ」
「そうか。また何かわかったことや疑問に思ったことがあったら、いつでも俺に言って」
「ええ、ありがとうございます」
そうは言っても、聖魔法の発動に関する部分は、魔法の練習を始めた頃にもう読み終わっている。
私が読み進めているのはそれ以外の部分――ステラ様の過去が書かれている部分だ。
ウィル様に伝えるべきことがあるかどうかは、疑問である。
けれどウィル様は、私がそんな風に考えていたことに気がついたのか、私をじっと見て、釘をさした。
「特に、教会に関する情報はできるだけ知っておきたい。些細なことでもいいから、話してくれると助かる」
「……わかりました」
私は素直に頷いて、毎日、ディナーの時に話をすることを約束したのだった。
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