氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

文字の大きさ
97 / 193
第三章 繋がりゆく縁

3-18 宰相補佐官と魔法師団長

しおりを挟む


 王太子殿下が応接室から出て行き、私たちは改めて挨拶を交わすことになった。

 こちらの代表は、魔法師団長のシュウ様。豪華な刺繍が施された紫紺のローブを身に纏う、黒髪黒目の涼やかな風貌の男性だ。

 対するは、宰相補佐官のアシュリー様。ライラックの髪色とバイオレットの瞳で、眼鏡をかけた知的な男性だ。この国の宰相、クラーク公爵の子息である。
 
 アシュリー様は、私たちにソファに座るよう促すと、自らも腰を下ろした。どうやら、「時間がない」というのは先程出て行った王太子殿下の話であって、アシュリー様は今回でしっかりと話を纏めるつもりのようである。

「さて。どこから話をつめましょうか」

 アシュリー様は、ずっと手に持っていた分厚いファイルをテーブルに置き、白紙のページを開く。さらに、羽根ペンを一本取り出すと、魔力を流し込んだ。
 この羽根ペンは、自動的に書記をしてくれる魔道具なのだ。以前、お父様や家庭教師の先生が使っているのを見たことがある。
 魔力の供給を受けた羽根ペンは、アシュリー様が手を離しても、白いページの上にとどまっている。

「宰相補佐官の立場から言わせてもらうと、この件に関しては問題が山積……というより、問題しかありません。特に貴女のお立場に関して」

 眼鏡の奥の怜悧な視線が、私を射貫く。私が思わず胸の前でぎゅっと手を握ると、ウィル様がすぐに私の腰を抱き寄せた。
 アシュリー様は、はあ、と大きくため息をつく。

「オースティン殿、そんなに鋭い目で睨まれても、私にはどうにもできませんよ。私は彼女やエヴァンズ子爵を裁く権限も、赦す権限も、何一つ持たないただの事務官なのですから」

「……申し訳ありません、クラーク殿」

「アシュリーで結構です」

 家名で呼ばれたアシュリー様が、一瞬、顔を嫌そうにしかめたのを、私は見逃さなかった。
 もしかしたら、家族と折り合いが悪いのだろうか――と思ったのだが、アシュリー様はすぐにフォローを入れる。

「――当家の者は皆こちらに勤めておりまして、家名で呼ばれるとややこしいもので」

「承知しました。でしたら私のことも、どうぞウィリアムとお呼び下さい」

「ええ。お言葉に甘えさせていただきます。貴女は……今はいいとして、普段は偽名でお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「いえ。ミアで結構ですわ」

 私は社交の場にほとんど出てこなかったので、家名さえ名乗らなければ、私がエヴァンズ子爵家の令嬢だと気づく者は少ない。
 ウィル様と一緒に行動することで気がつくことがあるかもしれないが、研究員の格好をしていれば、ぱっと見て私だと考える者はほとんどいないだろう。
 私の返答に、アシュリー様も、シュウ様も頷いた。

「さて、話を戻しましょうか。それで、ミア嬢――貴女のお立場についての問題でしたね。それに関しては、正直かなり頭の痛い問題ではあるのですが、王太子殿下のご意向がありますので、私としてはひとまず保留とさせていただきたく思います」

「よろしいのですか?」

「ええ。外面的にはよろしくはありませんが……私が忠誠を誓っているのは、王家であり王太子殿下です。法律に対してではありませんし、間違っても、教会に対しての忠誠でもありません。そしてもう一つ言えることは――王太子殿下も私も、現在の教会の体質を、憂いているということです」

 もちろん私もだ、とばかりに、シュウ様が大きく頷いた。
 ここにいるメンバーも、王太子殿下も、今の段階ではエヴァンズ子爵家をどうこうするつもりはなさそうで、私はひとまず安堵した。
 アシュリー様は、私の方を向いて、淡々と……だが、少し目元を和らげて、告げる。

「エヴァンズ子爵に関してですが。魔石の研究で大きな結果が出れば、ある程度減刑をすることも可能かと思います。妥当なのは、罰金、もしくは奉仕活動でしょうか」

 アシュリー様が指をくるりと回すと、魔道具の羽根ペンがひとりでに動きはじめた。議事録をさらさらと記していく。

「しかし、結果が芳しくなければ、爵位や領地の返上といったことにもなりかねません。ぜひ王太子殿下のご期待に添う結果を出して下さることを願います」

「はい。もちろんです」

「良い返事です」

 私がしっかり頷くと、アシュリー様は満足そうに、ほんの少し口角を上げた。

「それで……シュウ。魔法師団からの要望は、ありますか?」

「魔法師団としては、困難なのが、原料となる魔石の入手だな。現在は倉庫に保管されている在庫品を使用して研究を進めているが、元々は冒険者ギルドから買い上げているものだ。急に量を増やすと怪しまれる可能性がある。それから……一番の問題は、隙あらば私に張り付いている、魔法師団の暇人どもだな」

 シュウ様が要望を伝えると、アシュリー様は難しい顔をして、ふむ、と唸った。

「冒険者ギルドと、魔法師団の幹部団員ですか……どちらも厄介ですね」

「ああ。今のところ、奴らに魔道具研究室の動きは悟られていないようではあるが……何かひとつでも問題が起きたら、総出で魔法師団長の地位から引きずり下ろされそうだ。そうなる前に、魔道具研究室が独立して動けるよう便宜を図っておく必要がある」

「ふむ、なるほど……魔石の入手先については、こちらでなんとかしましょう。王太子殿下の承認があれば、予算も追加で下りるはずです。その予算から魔石を購入し、魔法師団上層部を通さずに魔道具研究室へ直接納品するよう、密かに手配することも可能かと。ただ、魔法師団内部の問題については……」

「わかっている。私が解決せねばならないことだよな。すまない、アシュリー」

「いえ。シュウ、貴方も難しい立場ですからね」

「お互い様だな」

 アシュリー様とシュウ様は、二人で同時にふう、とため息をついた。

「それより、お前も、婚約者殿を通じて二重スパイをしているんだろう? 大丈夫なのか?」

「ええ、そちらは問題ありません」

 アシュリー様は、自信たっぷりに、片方の口角を上げる。そして、はっきりと告げた。

「――私の婚約者、ローズ・ガードナーは、賢く強かな女性ですから」

「「ガードナー!?」」

 私とウィル様は、意外な名前が出てきたことに驚き、思わず同時に声を上げてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...