氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第四章 『二度目』の舞踏会

3-20 舞踏会へ

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 王城で王太子殿下やアシュリー様、シュウ様と挨拶をしたその日から、二週間弱。
 今日は社交シーズンの最後を飾る、王家主催の舞踏会の日である。

 今日のウィル様の服装は、パーティー用の盛装ではなく、魔法騎士団の制服である。
 どうやら、王城の警備のために、内密で魔法騎士団の精鋭に招集がかけられているようだ。
 舞踏会では一緒に踊れるかと思って楽しみにしていたから、少し残念だけれど、お仕事ならば仕方がない。

「心配しなくても、エヴァンズ子爵のところに送り届けるまでは、しっかりエスコートさせてもらうよ」

「お仕事なのに、お手を煩わせてしまって申し訳ありません」

「いや、ミアの警護も大切な仕事のひとつだからね。……ミア、くれぐれも気をつけて。何か起こっても、どうか無茶はしないでくれ」

 ウィル様は、私の手を両手で包み、心配そうなまなざしを向けた。
 アシュリー様たちと、教会が隣国と内通して何か企んでいるなどという話をしていたから、そのことで不安になっているのだろう。

 確かに私も教会の目に触れたらまずいと思うのだけれど、まだ私の存在は、教会に気づかれていない。
 それに、魔法騎士団に内密で大規模な招集がかけられているということから考えても、今回のターゲットは私ではない――おそらく私が軽々しく近づけないような、重要な人や物のはずだ。

 それなのに、ウィル様は、私が運悪く騒動に巻き込まれるとでも思っているのだろうか?

「ふふ、心配性ですわね。離れてはいても、舞踏会の会場にウィル様もいらっしゃるんでしょう? でしたら、心配することはございませんわ。一人で会場を離れるつもりはありませんから」

「……ああ、俺がミアを守れたらいいんだけれど」

 そう言って、ウィル様は耳元のピアスに触れる。最近のウィル様は、心配事があると、そうしてピアスに触れていることが多い。
 私も、不安な気分のときは、お揃いのネックレスに不思議と元気をもらえる。だから、ウィル様の気持ちはわかるような気がする。


 そうしていると、馬車は王城へと到着した。
 城門前の広場には、すでにたくさんの馬車が停まっている。

 外で警備をする魔法騎士の姿もちらほらと見えるが、多くの騎士たちは城の中で待機しているのだろう。
 通信魔法か魔道具かはわからないけれど、時折、別の場所の騎士と連絡を取り合っているようだ。

 城門前の車止めは混雑しているから、あまり長居するわけにもいかない。私たちも他の貴族たちと同様、すぐに馬車を降り、開け放たれた城門から王城の中へと歩を進めたのだった。


 王城はいつ来ても豪華で圧倒されるのだが、今日はそれに輪をかけて華やかだ。

 天井に吊されたシャンデリアは、エヴァンズ子爵家のエントランスにあるものとは比較するのも烏滸がましいほど豪華だ。宝石の一粒一粒がきらきらと光を反射し、夜空を彩る星のように燦然と輝いている。
 壁に飾られた重厚なタペストリーは、王国の長い歴史を物語っている。花瓶から飛び出しそうにふんだんに活けられた生花は、鮮やかに匂い立ち、要所要所に彩りを添えていた。


 色とりどりのドレスと宝飾品で着飾ったご婦人たちが集まっている様は、とても華やかで、圧倒される。競うように豪華な刺繍やレースを施したスーツを着用した紳士たちが、夫人や婚約者をエスコートしている。

 年若い令息を熱っぽい目線で追う、令嬢たち……そしてその逆もまた然り。美しい令嬢が、令息たちの視線に気がつきながらもツンと背筋を伸ばして、彼らの前を通り過ぎていく。

 有力者との縁を成そうと、虎視眈々と狙っている貴族たちがひとところに群がっている。ご婦人たちは、端の方で辺りをうかがいながら、面白おかしく噂話に耽っていた。
 さらには、パートナーが他の貴族と話し込んでいる隙に、意味ありげな目配せをし、わざとらしくタイミングをずらして会場を出て行く男女の姿も。


 ――社交の場。
 私も、ウィル様も、この煌びやかで秘めやかな、熱のこもった空気が、ずっと苦手だった。
 けれど、結婚してお父様やお母様の庇護下を抜けたら、私たちも、こんな場所で戦っていかなくてはならないのだ。

「ミア、大丈夫?」

 ウィル様は立ち止まると、少しかがんで、心配そうに私の顔をのぞき込んでくる。

「あ……ごめんなさい。大丈夫ですわ」

 ウィル様の腕に添えた指に、知らず知らずのうちに、力がこもってしまっていたようだ。やはり、私もちょっぴり緊張しているのかもしれない。

「エヴァンズ子爵は……もう来ているみたいだね。さ、行こうか」

「はい」

 ボールルームの入り口にほど近い場所に、久しぶりに見る顔ぶれを見つけて、私は安堵した。
 お父様とお母様、それにお兄様、妹のマーガレットもいるようだ。今日は学園の友人のところへ行く気はないらしい。
 私たちが近づいていくと、いち早く気がついて声をかけてきたのは、マーガレットだった。

「お姉様ぁぁー!!」

 ぶんぶんと大きく手を振って、お父様に、はしたないとたしなめられている。
 お兄様とお母様は、にこにこと優しい微笑みを浮かべて、私たちを迎えてくれた。

「お久しぶりです、お父様、お母様! お兄様も、マーガレットも。お元気でしたか?」

「ああ、この通り、皆変わりないぞ。ミアも元気そうだな」

「わたくしは、お姉様に会いたくて会いたくて、寂しくて病気になってしまうかと思いましたわ!」

「まあ、マーガレットったら」

 久々に顔を合わせたエヴァンズ子爵家の面々には、いつも通り、笑顔が溢れていた。
 私はなんだか肩の力が抜け、ほっとしてしまって、くすくすと笑い声をこぼす。

「では、私は任務に入りますので。ミアのこと、よろしくお願いいたします」

「ええ、お任せ下さい。僕がしっかりエスコートしますよ」

 ウィル様の声に応えて、オスカーお兄様が私の方へ手を差し出した。

「お兄様、よろしくお願いいたします」

 私はウィル様の腕から手を離し、お兄様のてのひらに指をそっと乗せる。
 お兄様は優しい目を細めて笑みをこぼし、反対にウィル様は、捨てられた子犬のような寂しそうな顔をした。

「ウィル様、お仕事、頑張ってくださいね」

「……ああ。ミアも、気をつけて」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「うん。じゃあ……行ってくる」

 ウィル様は、私の空いている方の手を取ると、その甲にちゅっと口づけを落とす。
 私が真っ赤になっていると、ウィル様は私に甘い微笑みを、続けて何故かお兄様に勝ち誇ったような視線を向けて、去って行ったのだった。

「も、もう……!」

 私は、熱くなった頬を、たった今ウィル様が口づけをした手で隠すように触れる。
 お兄様は、ウィル様のやり取りに呆れているのだろうか――笑顔を浮かべてはいるが、その温度は、先程よりも少しだけ下がっているようだった。
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