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第四章 『二度目』の舞踏会
3-21 ガードナー侯爵と靄
しおりを挟む舞踏会の開始を告げる、鐘の音が鳴る。
国王陛下が立ち上がると、座っていた貴族たちも一斉に立つ。
国王陛下ご夫妻がボールルームの中央に歩み出ると、部屋の一角で、音楽家たちが曲を奏で始めた。国王ご夫妻が、生演奏をバックに優雅に踊るさまを、皆で見守る。
それから王太子殿下、王女殿下と続き、爵位の高いものへと順番が移っていくと、ダンスフロアは徐々に賑わい始めた。
ダンスを楽しむ人々を横目に、私たちは、壁際でのんびりと談笑していた。久しぶりの一家団欒である。
「お父様、お母様。踊らなくてよろしいのですか?」
「ああ、構わないよ」
「ええ、お母様も、今はたくさんお話をしたいわ」
「……ありがとうございます」
お父様もお母様も、ダンスは嫌いではないはずだが、私に気を使ってくれているのだろう。
お二人には申し訳ないけれど、嬉しい気持ちもあって、私はお言葉に甘えることにした。
続けて、私は隣でにこにこしているお兄様を見上げて、問いかけた。
「お兄様も、よろしいのですか?」
「僕は相手もいないし、踊りに興味ないからね。それとも、ミアが僕と踊ってくれる?」
お兄様は手を差し出しかけたが、急にその手を引っ込めて、バッと後ろを振り返った。
つられて私もそちらを見ると、お兄様の視線の先にいたのは、仕事中のはずのウィル様だったようだ。
ウィル様は、お兄様に向けて刺すような視線を向けていたが、私と目が合うと和やかに微笑む。
「……ははは。やっぱり、怒られちゃうからやめとくよ」
「まったくもう、ウィル様ったら。私の家族にまで嫉妬するなんて。疲れないのかしら」
「そう、だね。はは……」
お兄様は、乾いた笑いをこぼした。
「マーガレットは、いいの?」
「わたくしは、お姉様と一緒に過ごすと決めておりますわ! デイジーお姉様もいらっしゃらないですし」
「あら、デイジー嬢はまだ学園に見えないの?」
元気いっぱいに答えたマーガレットに、お母様が尋ねる。
「ええ、お茶会にも、パーティーにも参加なさらないですし、連絡がつかないのです」
「まあ……それは……。なんていうか、ごめんなさいだわ」
お母様は、ばつが悪そうに頬をかき、辺りをきょろきょろと見回す。
「今日は、ガードナー侯爵家も招待されているはずだけど……まだ来ていないのかしら」
「そのようだな。王家主催の舞踏会を欠席するなんて、あの男にしては珍しいな。……おや?」
お父様は何かに気づいたように、入り口の方を見る。
「噂をすれば、ガードナー侯爵家のご到着だ。遅れて参加とは……なかなか良いご身分だな」
「……あれが……ガードナー侯爵ですか?」
ガードナー侯爵は、全身に真っ黒な靄がまとわりついていた。
靄は深く濃い――まるで人の形をした、魔石や呪物を見ているかのようだ。
「ああ。あの痩せぎすのギョロ目がガードナー侯爵だよ」
「そう、ですか……」
お父様は心底嫌そうにそう言ったが、私には真っ黒な靄のせいで顔を確認することもできなかった。
神殿騎士の家系なら、当然教会の聖女様と会う機会もあるはずだ。なのに、どうしてあんなに呪いが進行してしまったのだろうか?
見るからに根の深そうな呪いだ。普通の人だったら、痛みで床に伏せっているだろう――動いているのが奇跡のように思える。
「侯爵夫人は今日もお見えにならないのね。一番上のお嬢さんは、婚約者さんと一緒かしら?」
お母様の言ったとおり、侯爵夫人とローズ嬢は来ていないようだ。侯爵の後ろを追従するのは、痩せた灰色髪の令嬢。彼女が次女のリリー嬢だろう。
そして――。
「まあ! デイジーお姉様!?」
たった今、扉から姿を現した紅髪の令嬢を見て、マーガレットが驚きの声を上げた。
だが、音楽の演奏や話し声で賑やかなので、マーガレットの声が本人に届くことはなかったようだ。
デイジー嬢は新年の夜会で見せた高慢な態度とは打って変わって、うつむきがちに二人の後を歩いてゆく。
「……デイジーお姉様、お元気なさそうだわ」
マーガレットは心配そうに眉を下げる。
デイジー嬢は以前、非常識な方法で私とウィル様の間に割り込もうとした。
私は彼女をそう簡単に許すことはできないが、マーガレットにとっては、デイジー嬢は大切な友人の一人。入学したばかりの学園で、右も左もわからない時に、親切にしてくれた恩人でもある。
元気がない彼女の姿を見るのは、やはり心配だろう。
だが、前を歩くガードナー侯爵が、デイジー嬢を気にかけている様子はない。かろうじて、リリー嬢が時折振り返って、心配そうな眼差しを送るだけだ。
静かに三人の後ろを歩いている、浅黒い肌と真っ赤な瞳の従者らしき男性など、デイジー嬢を心配するどころか、蔑むような浅い冷笑を浮かべていた。
「……あの男……どこかで……? どこだったかな?」
オスカーお兄様が、ガードナー侯爵家の向かった先を見やりながら、ぽつりと呟いた。
誰か、会ったことのある人がいたのだろう。だが、結局思い出せなかったらしい。
「デイジーお姉様……」
「マーガレット、心配でしょうけど、今日はデイジー嬢に自分から話しかけるのは、遠慮した方が良さそうね」
「はい……そうします」
マーガレットは、珍しく聞き分けよく、お母様の助言を聞き入れた。
……と思いきや、マーガレットの視線は、すぐに会場の端に釘付けになる。
「それより、あちらに美味しそうなお料理がありますわよ!」
「はは、マーガレットは色気より食い気だな」
「いいえ。マーガレットは、デイジー嬢が見えたことより、ミアと過ごせることの方が嬉しいのだわ」
「ほらほら、オスカーお兄様、ミアお姉様、それより早くお料理を取りに参りませんか?」
お父様が愉快そうに笑い、お母様はひとりうんうんと頷いた。
当のマーガレットの意識はもうお料理に向かっているらしく、私たちを急かしている。
「ああ、いいね。行こうか」
「お父様とお母様の分も、いただいて参りますね」
すっかり元気いっぱいになったマーガレットに引っ張られるように、私たち兄妹は、料理を取りに向かったのだった。
しばらくして、再び鐘の音が鳴る。
国王陛下からお言葉を賜る時間だ。
ダンスフロアにいた人々も、歓談していた人々も、みな壇上に注目する。
その時だった。
視界の端で、黒い靄がぶわりと膨れ上がったのは――。
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