氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

文字の大きさ
100 / 193
第四章 『二度目』の舞踏会

3-21 ガードナー侯爵と靄

しおりを挟む


 舞踏会の開始を告げる、鐘の音が鳴る。
 国王陛下が立ち上がると、座っていた貴族たちも一斉に立つ。

 国王陛下ご夫妻がボールルームの中央に歩み出ると、部屋の一角で、音楽家たちが曲を奏で始めた。国王ご夫妻が、生演奏をバックに優雅に踊るさまを、皆で見守る。
 それから王太子殿下、王女殿下と続き、爵位の高いものへと順番が移っていくと、ダンスフロアは徐々に賑わい始めた。


 ダンスを楽しむ人々を横目に、私たちは、壁際でのんびりと談笑していた。久しぶりの一家団欒である。

「お父様、お母様。踊らなくてよろしいのですか?」

「ああ、構わないよ」

「ええ、お母様も、今はたくさんお話をしたいわ」

「……ありがとうございます」

 お父様もお母様も、ダンスは嫌いではないはずだが、私に気を使ってくれているのだろう。
 お二人には申し訳ないけれど、嬉しい気持ちもあって、私はお言葉に甘えることにした。

 続けて、私は隣でにこにこしているお兄様を見上げて、問いかけた。

「お兄様も、よろしいのですか?」

「僕は相手もいないし、踊りに興味ないからね。それとも、ミアが僕と踊ってくれる?」

 お兄様は手を差し出しかけたが、急にその手を引っ込めて、バッと後ろを振り返った。
 つられて私もそちらを見ると、お兄様の視線の先にいたのは、仕事中のはずのウィル様だったようだ。
 ウィル様は、お兄様に向けて刺すような視線を向けていたが、私と目が合うと和やかに微笑む。

「……ははは。やっぱり、怒られちゃうからやめとくよ」

「まったくもう、ウィル様ったら。私の家族にまで嫉妬するなんて。疲れないのかしら」

「そう、だね。はは……」

 お兄様は、乾いた笑いをこぼした。

「マーガレットは、いいの?」

「わたくしは、お姉様と一緒に過ごすと決めておりますわ! デイジーお姉様もいらっしゃらないですし」

「あら、デイジー嬢はまだ学園に見えないの?」

 元気いっぱいに答えたマーガレットに、お母様が尋ねる。

「ええ、お茶会にも、パーティーにも参加なさらないですし、連絡がつかないのです」

「まあ……それは……。なんていうか、ごめんなさいだわ」

 お母様は、ばつが悪そうに頬をかき、辺りをきょろきょろと見回す。

「今日は、ガードナー侯爵家も招待されているはずだけど……まだ来ていないのかしら」

「そのようだな。王家主催の舞踏会を欠席するなんて、あの男にしては珍しいな。……おや?」

 お父様は何かに気づいたように、入り口の方を見る。

「噂をすれば、ガードナー侯爵家のご到着だ。遅れて参加とは……なかなか良いご身分だな」

「……あれが……ガードナー侯爵ですか?」

 ガードナー侯爵は、全身に真っ黒な靄がまとわりついていた。
 靄は深く濃い――まるで人の形をした、魔石や呪物を見ているかのようだ。

「ああ。あの痩せぎすのギョロ目がガードナー侯爵だよ」

「そう、ですか……」

 お父様は心底嫌そうにそう言ったが、私には真っ黒な靄のせいで顔を確認することもできなかった。

 神殿騎士の家系なら、当然教会の聖女様と会う機会もあるはずだ。なのに、どうしてあんなに呪いが進行してしまったのだろうか?
 見るからに根の深そうな呪いだ。普通の人だったら、痛みで床に伏せっているだろう――動いているのが奇跡のように思える。

「侯爵夫人は今日もお見えにならないのね。一番上のお嬢さんは、婚約者さんと一緒かしら?」

 お母様の言ったとおり、侯爵夫人とローズ嬢は来ていないようだ。侯爵の後ろを追従するのは、痩せた灰色髪の令嬢。彼女が次女のリリー嬢だろう。
 そして――。

「まあ! デイジーお姉様!?」

 たった今、扉から姿を現した紅髪の令嬢を見て、マーガレットが驚きの声を上げた。
 だが、音楽の演奏や話し声で賑やかなので、マーガレットの声が本人に届くことはなかったようだ。
 デイジー嬢は新年の夜会で見せた高慢な態度とは打って変わって、うつむきがちに二人の後を歩いてゆく。

「……デイジーお姉様、お元気なさそうだわ」

 マーガレットは心配そうに眉を下げる。

 デイジー嬢は以前、非常識な方法で私とウィル様の間に割り込もうとした。
 私は彼女をそう簡単に許すことはできないが、マーガレットにとっては、デイジー嬢は大切な友人の一人。入学したばかりの学園で、右も左もわからない時に、親切にしてくれた恩人でもある。
 元気がない彼女の姿を見るのは、やはり心配だろう。

 だが、前を歩くガードナー侯爵が、デイジー嬢を気にかけている様子はない。かろうじて、リリー嬢が時折振り返って、心配そうな眼差しを送るだけだ。
 静かに三人の後ろを歩いている、浅黒い肌と真っ赤な瞳の従者らしき男性など、デイジー嬢を心配するどころか、蔑むような浅い冷笑を浮かべていた。

「……あの男……どこかで……? どこだったかな?」

 オスカーお兄様が、ガードナー侯爵家の向かった先を見やりながら、ぽつりと呟いた。
 誰か、会ったことのある人がいたのだろう。だが、結局思い出せなかったらしい。

「デイジーお姉様……」

「マーガレット、心配でしょうけど、今日はデイジー嬢に自分から話しかけるのは、遠慮した方が良さそうね」

「はい……そうします」

 マーガレットは、珍しく聞き分けよく、お母様の助言を聞き入れた。

 ……と思いきや、マーガレットの視線は、すぐに会場の端に釘付けになる。

「それより、あちらに美味しそうなお料理がありますわよ!」

「はは、マーガレットは色気より食い気だな」

「いいえ。マーガレットは、デイジー嬢が見えたことより、ミアと過ごせることの方が嬉しいのだわ」

「ほらほら、オスカーお兄様、ミアお姉様、それより早くお料理を取りに参りませんか?」

 お父様が愉快そうに笑い、お母様はひとりうんうんと頷いた。
 当のマーガレットの意識はもうお料理に向かっているらしく、私たちを急かしている。

「ああ、いいね。行こうか」

「お父様とお母様の分も、いただいて参りますね」

 すっかり元気いっぱいになったマーガレットに引っ張られるように、私たち兄妹は、料理を取りに向かったのだった。


 しばらくして、再び鐘の音が鳴る。
 国王陛下からお言葉を賜る時間だ。
 ダンスフロアにいた人々も、歓談していた人々も、みな壇上に注目する。

 その時だった。

 視界の端で、黒い靄がぶわりと膨れ上がったのは――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...