氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第五章 反撃の狼煙

3-26 安心安全、牢の中

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 神殿騎士団に捕らえられた私とウィル様、王太子殿下の三人が連れてこられたのは、貴族用の広い牢屋。
 そこには、魔法師団長のシュウ様、宰相補佐官のアシュリー様の姿があった。

 神殿騎士が扉を閉め、鍵をかけて外に出て行くと、まず口を開いたのはアシュリー様だ。

「殿下、奥にソファーがございますので、よろしければそちらへどうぞ。椅子も余っていますから、皆様もおかけになってはいかがですか」

「ああ、そうだな」

 王太子殿下は、縛られている手首を持ち上げて縄目を観察しながら、ソファーの方へ歩いていく。

「久々に何もしなくていい時間か……予期せぬ休日だ。少々窮屈だが、うるさい家臣もいないことだし、これもまた良いものだ」

 ……休日、とはなんぞや。
 だが、王太子殿下にそんな不敬な突っ込みをいれる訳にもいかない。

 そもそも、シュウ様もアシュリー様も、どうしてこんなに落ち着いているのだろう。
 私は思わずウィル様の方を見ると、ウィル様とすぐに目が合い、彼はいつも通りに甘く微笑んだ。

「えーと、棚の中に茶葉がありましたね。お茶を淹れて一息つきましょうか。ええと、ポットは……あったあった」

 アシュリー様が棚をゴソゴソし始めて、私は、彼の手首に縄がかけられていないことに気がついた。

「アシュリー、私が魔法で湯を出そうか」

 座ったままアシュリー様の様子を見ているシュウ様の手首にも、縄はついていない。

「ええ、後でお願いします。それより先に、シュウは殿下たちの魔封じの縄も外して差し上げて下さい」

「いや、その必要はないようだぞ」

 シュウ様が王太子殿下に視線を向けて、そう答える。私も殿下の方を見て、「えっ」と声を出して驚いてしまった。
 王太子殿下は、もうすでに魔封じの縄を自分で外していたのだ。……私と同じく、王太子殿下も確かに両手をきっちり縛られていたはずなのに。

「ミアのも外してあげようね」

「えっ……」

 ウィル様も自力で縄を外したようである。私の手首の縄を持つと、いとも簡単にそれを解いていく。

「えっと、あの、どういう」

「ほら、引っ張れば簡単に解けるようになってるから。それより、痛くなかった? 擦れて傷になったりしてないよね?」

「それは大丈夫ですけれど……」

「なら良かった。さ、ミアも座るといいよ」

 私が縄を外してもらっている間に、アシュリー様は手早くティーセットの準備を終え、シュウ様が魔法で出したお湯をポットとカップに注いで温めている。
 公爵令息なのにやけに手慣れているのは、何故だろう。

「シュウ。茶葉を入れますから、次のお湯は温度調節を――」

「わかっている。アシュリーは相変わらず紅茶にはうるさいな」

「当然です」

 どうやらアシュリー様は紅茶マニアだったようである。
 王太子殿下の方を見ると、ソファーに寝転がって目を閉じ、すっかり寛いでいた。

「どうしたの、ミア。さっきからキョロキョロして」

「いえ、あの、ここ、牢屋ですよね……?」

「ああ、牢屋だね」

「それに、魔封じの縄って、普通、自分で解けないやつですよね?」

「うん。罪人を縛るときには、普通、解けない結び方をするね」

「……えーと、つまり……?」

 ウィル様は混乱する私を見て、ただ楽しそうに微笑んでいる。

「さあ、紅茶が入りましたよ。皆様もどうぞ。殿下の分はそちらに置いておきますからね」

「すみません、アシュリー殿。手ずから紅茶を淹れていただくなんて」

「いいえ、私は紅茶を嗜むのが趣味ですので、お構いなく。普段から珍しい茶葉や茶器を手に入れた際は、自分で淹れているのです」

 王太子殿下を除く皆が席に座り、ウィル様も私の背を押して座るように促した。私はとりあえず、勧められた席に着く。

「あの……皆様、なぜそんなに落ち着いておいでなのですか?」

「そりゃあ、じたばたしても外には出られませんし。どうせ待つしかできないんですから。ね、シュウ?」

「ああ、アシュリーの言う通りだ。ゆっくり情報交換といこうじゃないか。少なくとも、牢にいる間は安全だからな」

「心配ないよ、ミア。しばらくしたら父上たちが迎えに来るだろうから、安心して」

「……安全……安心?」

 私の知る牢屋の概念と何かが違うような気がしてならないが、これもきっと想定内なのだろう。

「さて……では、お茶をいただきながら、何があったか共有しておきましょうか。茶菓子がないのが残念ですけれど」

 アシュリー様のその一言で、和やかなムードのまま、情報交換が始まった。

「まずは、王太子殿下とあなた方に何があったのか、お教えいただけますか?」

「それでしたら、私からお話しします」

 ソファーで目を閉じて寛いでいる王太子殿下に代わって、ウィル様が話し始めたのだった。


 舞踏会で突然、全員が魔力酔いと思われる症状で倒れたこと。
 その隙をぬって、不審者がボールルーム内に侵入し、国王陛下に剣を突きつけたこと。
 魔力を持たない私だけが唯一動けて、不審者を止めたこと。
 私が時間を稼いでいる間に、浄化のピアスによってウィル様の症状が回復し、不審者を氷柱に閉じ込めたこと――。

「氷柱に閉じ込めた後で、不審者の正体が判明しました。奴の名は、ヒース……ガードナー侯爵家の使用人です。黒幕によってリリー・ガードナー嬢を人質に取られ、行動を起こしたと思われます」

「リリー嬢を……?」

 シュウ様が、眉を顰めて呟いた。彼は、リリー嬢に片想いをしていたが、彼女の想いを得られず、周りの反対もあって、婚約を諦めた経歴がある。

「その後、魔法騎士団がボールルーム内に突入。デイジー嬢とリリー嬢、ガードナー侯爵夫人は保護されたと聞いています。そして、魔法騎士団がすぐに王族の皆様を別室に移動。私とミアも別室へ」

 ウィル様は、続ける。
 私が王太子殿下の魔力酔いを浄化し、回復した王太子殿下が国王陛下にも説明して浄化を受けさせようとしたところで、外務大臣の邪魔が入ったこと。
 しかし王太子殿下がそれを退け、国王陛下、王妃陛下、王女殿下の浄化を行ったこと。
 王妃陛下たちの浄化を行っている時に、外務大臣がガードナー侯爵と神殿騎士を連れて戻ってきて、自分たちに縄をかけたこと――。

「彼は、国家および教会への反逆を企てた容疑、と言って私たちを捕えました。外務大臣もガードナー侯爵も、怪しむそぶりもなくただ眺めているだけでしたので、私たちの工作・・には気づいていないと思われます」

「そうですか。まあ、他人に興味のないガードナー侯爵も、あの騒がしいだけのボンクラ大臣も、気づくわけありませんけれどね」

 アシュリー様は、さらりと毒舌を吐いて、肩をすくめた。そして、ソファーに寝転がっている王太子殿下にちらりと目をやる。

「……ですが、王太子殿下まで捕まえる必要はなかったはず。どうしてここに?」

「殿下が自ら手首を差し出しまして。神殿騎士の彼も、一瞬信じられないといった表情をしていましたが、国王陛下が小さく頷いたんです。賢い彼は、すぐに殿下と陛下の意図を汲んだようです」

「……打ち合わせにありませんでしたよね?」

「――打ち合わせの後、舞踏会の始まる前に、父上を説得した。それだけだ」

 眉を顰めたアシュリー様に、ソファーから身を起こした王太子殿下が、あくびをかみ殺しながら、そう告げたのだった。
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