氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第五章 反撃の狼煙

3-27 グレーな人たちと、『前回』

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 ソファーから身を起こした王太子殿下は、そばのテーブルに置かれていた紅茶のカップを手に取り、優雅に口元へ運ぶ。毒味もなくすんなり口にしたのは、アシュリー様を信頼している証だろう。

 当のアシュリー様も紅茶を嗜みつつ、殿下に尋ねた。

「国王陛下を説得なさったのですか? いつの間に?」

「今朝だ。父上に突然呼ばれてな……はっきりと聞かれたよ。最近こそこそしているようだがどうした、と」

「さすがに気づいておられましたか」

「ああ。父上も影を使って色々調べさせていたようでな。何かあるなら正直に言え、場合によっては王太子の位を第二王子か弟に渡すことになる、とな」

 王太子殿下の弟である第二王子殿下は、成人すれば第二王位継承権を得る予定だが、まだ未成年。今は遠方の国へ留学中である。
 現在第二王位継承権を持っているのは、国王陛下の弟――王弟殿下だ。

「そういえば、第二王子殿下は、他国へ留学中と存じますが……今日は王弟殿下のお姿をお見かけしていませんね」

「ああ。怪しいことこの上ないだろう?」

 王太子殿下は含むように笑った。

「隣国の外交官が今日訪問するということで、そちらを優先したようだ。それが、到着時間も舞踏会と重なっていてな……日程もしくは時程を動かすようにと父上は言ったのだが、難しかったらしい」

「それで王弟殿下も外務大臣も舞踏会に出席していなかったのですか。ですが、外務大臣はどうして陛下たちの運び込まれた別室に? それも、大臣が現れたのは、皆様が運び込まれた直後だったと聞きましたが……?」

「さあな」

 殿下は、肩をすくめた。

「見舞いにしては早すぎるし、あの時の態度からして、急用があったとも思えん。今思えば、軽く心配するそぶりは見せていたが、大して取り乱してもいなかったな。……ふ。あるいは、私たちが倒れて運ばれるであろうことを知っていたのかもしれんぞ」

「かなり疑わしいことは確かですね」

 確かに、外務大臣は私とウィル様が到着するよりも先に、あの部屋にいた。言われてみれば違和感がある。

「話の腰を折って、申し訳ありません。それで、殿下は国王陛下とどのようなお話をされたのですか?」

「ああ。私は、父上と教会との関係を確かめるために、二つのことを質問した。一つは、『教会は必要か』と」

「かなり単刀直入ですね」

「手っ取り早くていいだろう?」

 アシュリー様は苦笑し、殿下もニヤリと笑みを返す。

「父上は、『聖女と、彼女たちを守る神殿騎士は必要な存在だ』と答えた」

「なるほど。『教会が』とはおっしゃらないところがミソですね」

「ああ。それで、私はもう一つの質問をした。『南の丘教会を知っているか。知っているとしたら、どう思っているのか』――」

 南の丘教会とは、確か、エヴァンズ子爵家を来訪してきた聖女マリィの在籍する教会だ。なぜその教会が話題にのぼるのか、私にはわからなかった。
 殿下は、続ける。

「――父上はこう答えた。『当然知っている。王都で唯一・・信頼できる教会だ――ただし、神官長以外は、だが』と」

「……陛下も、ご存じだったのですね。南の丘教会の真実を。神殿騎士団の身内であるローズでも、調べるのに時間がかかったというのに」

「ああ。さすがに、一国を預かる主の影は優秀なようだ。さらに父上は、上辺だけでなく、ちゃんとその本質にまでたどり着いていた。だからこそ、私はこれから起こるであろうことを、父上に告げたのだ」

 国王陛下の命が狙われること。
 会場全体が謎の力で制圧されるであろうこと。
 そして、国王陛下を助ける者が現れること。
 その者は理由あって素性を隠しているが、信頼のおける味方であること。

 王太子殿下はそう列挙し、一度言葉を切ると、口角を上げて、告げた。

「それから――会場が制圧された際にその場にいない王族と官僚は、犯人グループと繋がりを持っている可能性があること」

 つまり。
 その場におらず、魔力酔いの症状を回避した人たち……外務大臣とガードナー侯爵、それから、殿下の話によると――王弟殿下もグレーということになる。

「もちろん父上は、私がそこまで知っていることを怪しみ、むしろ犯人なのではと疑った。私は、あえて否定せず、こう言った。『私は事件の後で、友と一緒に牢へ入る。そうすれば、犯人グループは自由に泳ぐはずだ。だからその間に、父上が自分の目で確かめ、自分の頭で判断してほしい』と」

 それで、国王陛下は王太子殿下が連れて行かれても静観していたのか。冷静に見えたのも、状況を把握するために周囲を観察していたからなのだろう。

「ところで、アシュリーはなぜここにいる? シュウの方は想定通りだが、お前こそ、ここにいるはずではなかっただろう?」

「私は……今日、何かが起こると察知したらしい父に、身に覚えのない罪状で投獄されました。皆さんと違って、しっかり手足を縛られてね」

 アシュリー様はそう言って、袖を捲り上げ、赤くなって血が滲んでいる手首を私たちに見せた。

「まあ……!」

 アシュリー様の手首が痛々しくて、私は思わず声をあげてしまった。

「ミア」

「ええ」

 ウィル様が、私の名を短く呼ぶ。言われるまでもなく、私もそうするつもりだった。

「アシュリー様、よろしければ治療させていただきますわ」

「ありがとう、ミア嬢。お願いするよ」

 治療を承諾してくれたアシュリー様の手首と足首に、『治癒ヒール』の光を当てていく。

 私がアシュリー様を治療している間にも、話は進んでいった。

「それで、どういうことだ?」

「宰相閣下は、国を乱されるのが嫌なんですよ。そして、そこに息子が関わっている可能性を排除したかった。頭が固い父は、何をしでかすかわからない息子を、まるっきり信用していないのです」

「息子が自分の意思を無視して勝手に動くのが、気に入らなかったということか。アシュリーの家は、ずっとそうだったな」

「おっしゃる通りです。事件が起こらなければそれで良し、起こったとしても牢屋にいれば容疑者からは外される。……シュウの捕らえられていた牢に入れられたのは、悪友と一緒に頭を冷やせということだったんでしょうね」

 そう言って、アシュリー様はシュウ様に視線を向けた。どうやらシュウ様が最初に投獄されたようだ。

「私の方は、殿下のご想像通りかと」

「魔法師団の老害どもの仕業だな。根回ししたのは、魔道具研究室の副室長だろう。……とはいえ奴らは、シュウと魔道具研究室が、そうなるように仕向けていたとは考えていなかっただろうが」

 シュウ様は頷く。
 殿下たちは、魔法師団の方にも、何やら手回しをしていたらしい。ビスケ様も、一枚噛んでいるようだ。

「わざわざ新型の魔封じを用意しておいた甲斐がありましたよ。手錠型で一見頑丈そうに見えるが、私の魔力に反応して解錠されるように、仕込みをしておいた物だ――さすがアラザン室長、彼の開発した新型の魔道具は、注文通りの完璧な仕上がりだった」

 シュウ様は、テーブルの端に置かれていた手錠型の魔封じを見て、満足そうに笑みを浮かべている。

 そうしている間にアシュリー様の治療が終わり、私は魔法を止めた。

「終わりましたわ。他に痛いところはございませんか?」

「ああ、大丈夫。ありがとう、ミア嬢。――それで、ウィリアム殿」

 私は再び席につく。
 今度は、ウィル様の方へと視線が向けられた。

「先程犯人についての言及がありましたけれど……『前回』と同一人物ですか?」

 ――『前回』とは何のことだろう。
 私は疑問に思ったが、今は質問を挟む余地がない。
 ウィル様は、顎に手を当てて、考えながら返答する。

「……おそらくは。魔力の印象が同じでした」

「おそらく、ですか? 顔と名前は? 『前回』は見なかったのですか?」

「『前回』は違う名前を名乗っていましたし、現場以外で、彼と直接会ったことがなかったものですから」

「『今回』はなぜ、おわかりに?」

「『今回』はミアの妹、マーガレット嬢の従僕として、顔を合わせる機会がありましたので」

 そうして、ウィル様は、手紙事件のこと、デイジー嬢とヒースとマーガレットの関係を説明した。
 その事件は、『前回』は存在しなかった……いや、存在に気づかなかった事件なのだと、意味深な一言を添えて。

 私は質問しようとウィル様をずっと見つめているが、彼は、私と目を合わせようとしない。
 ――私一人だけ取り残されているような気持ちだ。
 私は、なんだかどうしようもなく、不安になり始めたのだった。
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