氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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《第四部 未来への切符を》

4-1 雇用契約

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 ウィル様が魔女に対価を支払い、時間遡行をしたという事実を知ってから、数日後。
 私は、ウィル様と一緒に、新設された魔法石研究所を訪れていた。

「ようこそ、魔法石研究所へ」

「シュウ所長、お疲れ様です」

「おいおい、よしてくれよ。……ふ、だが、師団長と呼ばれるよりはずっと良いな」

 私たちを迎えてくれたのは、魔法師団長から魔法石研究所の所長へと転身したシュウ様だ。
 目元には寝不足の証拠がしっかりと現れていたが、それを加味しても、以前より顔つきが明るくなった気がする。

「さて、早速だが、ミア嬢。魔法師団に協力してもらっていた時と違い、きみとは、正式な雇用関係を結びたいと考えている。まずは契約の話をしても良いだろうか」

「ええ、よろしくお願いいたしますわ」

 私も、ここに来る前から、その話は聞いていた。すでに、お父様たちにも、私が研究所の所員として働く許可をもらっている。

「じゃあ、俺は訓練所の方に」

「ああ。騎士たちの様子はどうだ? 使い物になりそうか?」

「ええ。神殿騎士たちが、対魔法戦に特化していると言った訳がわかりましたよ。特に範囲攻撃には、攻撃、防御共に適性が高く、広い場所での戦いには有利です。ただ、敵味方入り乱れている場合や、スピードタイプの敵、攪乱系の攻撃に対応する力は、魔法騎士に比べて不足していますね」

「そうか。魔法騎士たちの方は? 聖剣技はものになるだろうか」

「それはまだ何とも……。俺自身はまだ試していないのですが、他の騎士の訓練を見た感じだと、やはり神殿騎士が扱う技には、範囲、威力共に、到底及ばないようです。魔力操作以前に、発動すらできない場合もあるようですね」

「わかった。報告ありがとう」

「いえ。では、失礼します」

 ウィル様は騎士の礼をして、部屋から出て行った。

「では、ミア嬢。契約の話をしようか」

「はい」

「まず、きみにやってもらいたいことだが――」

 シュウ様によると、私の主な仕事は、南の丘教会の聖女たちと一緒に、魔石を浄化し『魔法石』の原石を作成すること。
 その原石に『治癒』や『解毒』など、様々な聖魔法を込めること。
 それから、聖女たちから新たな聖魔法を教わり、修得することだ。

「きみが『加護』の魔法を修得次第、ウィリアム君と聖剣技の訓練も始めてほしい」

「聖剣技を、ウィル様と?」

「ああ。ウィリアム君は、魔法騎士たちが聖剣技に苦戦していると言っていたが、彼の魔法センスがあれば、いずれは必ずマスターできるだろう。ウィリアム君も、他の聖女と練習するのではなく、ミア嬢の『加護』の修得を待ってから練習したいと言っていてね」

「まあ、そのようなことを……」

 私は、嬉しいと同時に少し恥ずかしくなって、うつむいた。シュウ様は、含み笑いをこぼして、優しい口調で続ける。

「ミア嬢は、ウィリアム君から本当に愛されているな。昨年ぐらいまでは、どれだけの美女に言い寄られようが、女性に興味なんて全くない様子だった……それどころか、ミア嬢のことすらそっちのけで、魔法の研究と鍛錬に打ち込んでいたのに。人というのは、きっかけ一つで変わるものだな」

 シュウ様は、そう言って再び苦笑した。彼も、ウィル様の時間遡行を知っている人の一人だ。

「きみが自らの身を守る手段を得ること、そしてウィリアム君がきみを守る手段を増やすこと、それは彼の願いでもある。――私とミア嬢、ウィリアム君の三人で、『賢者の石』の件、そしてミア嬢の安全を確保する手段についても、並行して調べよう」

「はい……ありがとうございます」

 魔道具によって防音結界を張ってはいるが、シュウ様は小声でそう私に告げる。私がお礼を言うと、彼は柔らかく目を細めた。

「きみも、ウィリアム君も、これからの王国にとって非常に大切な人材だ。みすみす命を落とされては困る。――大丈夫だ、何と言っても『今回』は元魔法師団長であり、魔法に関してはウィリアム君と並んで最高峰の頭脳を誇る、この私がついているのだから」

「ふふ、そうですわね。とても心強いですわ」

 そうだ。そうなのだ。
 ウィル様が逆行してくる前の私には、頼れる人がいなかった。ウィル様も、おそらく同じ。
 けれど今は、シュウ様をはじめ、王太子殿下やアシュリー様、オースティン伯爵家の皆様や、魔道具研究室の面々、南の丘教会――たくさんの人が私とウィル様と絆を結び、助けてくれている。

「絶対に未来を掴んでみせますわ。私たちの大切な、皆様のためにも」

「ああ。その意気だ」

 シュウ様は、口元を緩めて、頷いた。

「さて。では、雇用契約に関する話をもっと詳しくしていこうか」

「はい」


 その後私は、シュウ様と勤務時間や休日、お給料の話などをして、契約書にサインをした。
 こうして正式に雇用契約を交わして、私はめでたく、魔法石研究所の一所員として勤務することが決まったのだった。

 ちなみにウィル様や魔法騎士たちは、警備の任務で、魔法騎士団から研究所に来ているという形になっている。
 雇用主は魔法騎士団のままであり、警備をしながら神殿騎士団との稽古に励み、聖剣技の修得を目指して、毎日鍛錬している。

 また、魔法師団から引き抜かれた研究員も、数名在籍しているようだ。
 なんと、魔道具研究室のカスター様も来てくれたらしい。魔石研究の初期から研究に携わっていた彼は、主任研究員として採用されたのだそうだ。
 聖女と神殿騎士のリーダーであった、マリィ嬢とクロム様は、研究所には顔を出さず、南の丘教会で過ごしている。神官長の目はまだ誤魔化せているらしい。

 ヒースとガードナー侯爵は、まだ牢の中。王弟殿下と外務大臣は、一足先に事情聴取を終え、放免されている。
 ガードナー侯爵が未だ牢に捕らわれているのは、彼が黙秘を続けていることと、ガードナー侯爵夫人やリリー嬢、デイジー嬢、そして長女のローズ嬢が、侯爵家の闇を証言したことが理由だという。
 現在、ガードナー侯爵家には、魔法騎士団による捜査の手が入っているそうだ。

 魔族と思われる『紅い目の男』が沈黙を保っているのが不気味だが、身を隠す闇魔法を使う彼のことだ、そう簡単には尻尾を出さないだろう。


「――長くなってしまったが、契約の話と、現状の共有は以上だ。質問がなければ、次は所内を案内するぞ」

「はい、お願いします」

 そうして私は、シュウ様の後に続いて、研究所内を見て回ることになった。
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