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第二章 魔女に会う方法
4-9 リリーとヒースと侯爵家
しおりを挟む研究所の定期報告、そして『加護』と聖剣技の実演を終えた私たちは、シュウ様と別れ、王城内にあるゲストルームの一室を訪れていた。
この部屋は、舞踏会の事件の後に魔法騎士団によって保護された、ガードナー侯爵夫人と娘たちが仮住まいをしている一室だ。
ウィル様は、扉の前に立つ騎士に、リリー嬢と話をしたいと告げた。騎士がメイドにその旨を伝えると、メイドは部屋の奥に向かう。
メイドはすぐに了承を得て戻ってきて、私たちに応接室で待っているようにと伝えた。
「リリー様とお話を?」
「うん。ヒースとガードナー侯爵家の件で、確認したいことがあってね」
「魔女の件はどうなったのですか?」
「それに関しても、リリー嬢から情報を得られるかもしれないんだ。少し長くなるけど、ミアにも聞いていてほしい」
私は頷き、ウィル様と共に応接室へ入ったのだった。
*
「お時間をいただいてしまい、申し訳ありません」
「いいえ、とんでもございません。刺繍の仕事もなくなりましたし、毎日暇をしていたところですわ」
灰色の髪と薄褐色の瞳の華奢な女性、リリー嬢は、柔らかく微笑んだ。舞踏会で見た時より、顔色も良くなっている。
「オースティン様、その節はお世話になりました。オースティン様のお兄様が恵んで下さった物で、どうにか命を繋ぐことができました。どうか、お礼をお伝えいただけますか」
「ええ、伝えます。貴女がご無事で、本当に良かったです」
ウィル様はリリー嬢に席をすすめると、自身も向かい側の椅子に座る。
私も、二人に続いて、ウィル様の隣に腰を下ろした。
「それで……私に話を聞きたいということでしたけれど、どのような御用向きでしょうか?」
「リリー嬢の出自を、聞きました。隣国王家出身で、ヒースと双子の兄妹だったとか」
「ええ。ヒースから聞いたのでしょうか?」
「はい。それで、どのような事情でリリー嬢がガードナー侯爵家の令嬢になったのか、なぜヒースが従者となったのか……そして、どうして貴女が幽閉され虐げられるようになったのか。詳細をお聞きしたくて」
ウィル様が尋ねると、リリー嬢は眉をひそめ、探るような瞳で彼を見た。
「……ヒースから私のことを聞いたのなら、それらの事情もご存じではなくて?」
「ご気分を害されたら申し訳ないのですが、ヒースは罪人。話を鵜呑みにするわけにもいかないのです。確認のため、貴女からもお話を伺いたく存じます」
「……わかりましたわ。その時点のことなら覚えておりますから、お話致しましょう」
そうして、ウィル様は記録用の紙と、以前アシュリー様も使っていた、自動で書記をしてくれる魔道具のペンを机上に出す。
ペンがカリカリと動き出すのを眺めながら、リリー・ガードナー侯爵令嬢は、ゆっくりと自身の過去を振り返り始めたのだった。
「私たちガードナー侯爵家の三姉妹は、全員、父と血の繋がりがありません。姉のローズと妹のデイジーは、お母様の連れ子で、実の姉妹です。そして私は、父の実家のある北部辺境伯領で、ヒースと一緒に保護されました」
ヒースとリリー嬢は、隣国出身の兄妹だった。髪色も瞳の色も異なるが、確かに血の繋がった、双子の兄妹である。
「私は、国境越えの前後で記憶を失ってしまったので、隣国のことはお話できません。ヒースの話では、私たちは争いに巻き込まれそうになって、密かに王宮から逃がされ、そのままこちらの国まで亡命してきたそうです」
隣国から国境を越えて最初にたどり着く地が、北部辺境伯領である。
そして時を同じくして、ガードナー侯爵一家が、侯爵の生家である北部辺境伯邸を訪れていた。
「私たちを最初に見つけてくれたのが、辺境伯邸の近くを通りがかっていた、お母様たちだったのです。ぼろぼろで傷だらけの私たちを見て、お母様は、辺境伯邸に保護を求めました。しかし、北部辺境伯領には戦災孤児も多く、いちいち保護していられない……そう言われたそうです」
それでもガードナー侯爵夫人は、辺境伯に頼み込んで、一晩だけ自分たちの泊まっている客室に保護することを決めたそうだ。
侯爵家一行も、ちょうど翌日に王都へ戻る予定だったため、孤児院のある途中の街まで馬車で送ってやるつもりだったらしい。
「もともと、父は一人で馬車に乗りたがる人でしたから、侯爵家には馬車が二台ありました。お母様は、お姉様とデイジーを父の馬車に乗せ、私とヒースをご自身と同じ馬車に乗せてくれました。そこで、ヒースはお母様を信用できると判断し、意を決してお母様に頼んだのです……途中の街ではなく、自分たちを王都まで連れて行ってほしいと。この国の王族に会わせてほしいと」
「それはまた突飛な願いだと思われたでしょうね」
「ええ、その通りです。お母様は当然、訝しみました。けれど、ヒースはそこで、それまで黙っていた自分たちの出自を明らかにしました。王宮から逃げ出すときに持たされたという、隣国王家の印璽を提示して」
印璽を提示されたら、その突飛な話も信じざるを得ない。侯爵夫人は、かなり驚いたものの、ヒースの願いを聞き入れて王都まで連れて行くことに決めた。
「ただ、ヒースは、お母様以外の人を、まだ信用していませんでした。特に父を信用していなかった……結局その直感は正しかったのですけれど。とにかく、ヒースはお母様に、ある提案をしました。それは、私だけを『王家に連なる者』として紹介し、自分は私の従者として振る舞うことにする、と」
『王家に連なる者』は、一人で充分だ。二人いるとなると、必ずトラブルに発展する。
その上、リリー嬢は記憶を失っている。そのため、自己防衛手段のないリリー嬢と異なり、魔法で身を守ることができるヒースが、従者としてリリー嬢を支えることに決めたようだ。
「私たちのことは途中の街で下ろすはずだったのに、結局王都まで連れて行くということになり、父もさすがに怪しみました。しかし、ヒースは頑なに、父に素性を明かそうとしません。それを見たお母様が、私たちを気に入り、養子にしたくなったとおっしゃったのです」
馬車の中で意気投合し、どうしても孤児院ではなく、自分たちの家族として迎えたいと。家督はちゃんと侯爵家の血を引くローズ嬢に継がせられるように、男児であるヒースはリリー嬢の従者ということにして迎えれば問題ないだろうと、侯爵夫人は提案した。
「父は、怪しみこそしましたが、特に反対しませんでした。もともと、私たち家族にあまり興味のない人でしたから。それで、私はガードナー侯爵家の次女ということになったのです」
「なるほど……それで、侯爵夫人は貴女を自分の娘として守りつつ、機会をみて王族の方に会おうとしていたと、そういうことでしょうか」
「ええ、おっしゃる通りです。どのみち、高位貴族であるガードナー侯爵家が養子を取るとなれば、いずれ王族の方に挨拶する機会を持てるだろうと踏んでいました。そして……私たちが最初にご挨拶した王族の方は、王弟殿下でした」
「王弟殿下ですか……!?」
ウィル様は僅かに目を瞠り、驚きをあらわにした。
王弟殿下といえば、王太子殿下が怪しんでいた人物である。となると――。
リリー嬢は、私たちの考えを読んだように、頷いた。
「ええ。王弟殿下は、その頃から、隣国と繋がりを持とうと画策していました。陛下に対抗するには、国外に目を向けるしかないと思われたのでしょうね。けれど、そんなことを知らないお母様は、父に内緒で私とヒースを連れ、王弟殿下に隣国王家の印璽を提示したのです」
その時すでに、王弟殿下は外務大臣やガードナー侯爵と陰で繋がりを築いていた。
ただ、そのことをリリー嬢たちが知ったのはかなり後のことだったという。
「王弟殿下は、私たちを陰ながら保護するとお約束下さいました。自分の手駒、切り札として、庇護下に置いておきたかったのでしょう。私をガードナー侯爵家の養子として、ヒースを私の従者として、そのまま侯爵家に留めておくよう指示しました」
「つまり……ガードナー侯爵は、かなり早くから、貴女たちの出自について知っていたということか」
「ええ。そして、知らないふりをしていた……というよりも、家族とあまり関わらない人でしたから、そもそもあまり話をしたこともないのですけれど。とにかく、私もヒースも、父がそのことを知っていると気づくことはありませんでした」
そこでリリー嬢は、懐かしむように目を細める。
「それからしばらくの間は、私たちは何事もなく、穏やかに暮らしていました。お母様は優しく、お姉様は高潔で。妹は少しわがままでお転婆でしたけれど、あれでいて可愛いところもあって。けれど……」
リリー嬢は、悲しそうに目を伏せた。
「私たちの穏やかだった日々は、数年で終わりを告げました。ある日突然、父が、紅い目をした浅黒い肌の男を、連れてきたのです」
私たちは固唾をのんで、彼女の言葉を待ったのだった。
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