氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第二章 魔女に会う方法

4-11 宝石と魔女

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「――リリー嬢。単刀直入にお聞きしますが、貴女の記憶喪失には、『魔女』が関わっているのではありませんか?」

「……どうして、『魔女』のことを?」

 確かにウィル様は魔女の件も聞くと言っていたから、驚くことではないのだが。
 リリー嬢の記憶喪失と魔女が関係している……ということだろうか?

「本来は魔力が比較的高いはずの王族として生まれたにも関わらず、魔力をほぼ持たない灰色の髪。そして、失われた記憶。それから……おそらく……」

 ウィル様は、悲しげな目をして、口をつぐんだ。
 私に関することと相当驚いた時以外、人前で滅多に表情を崩さない彼が、こんな風に悲哀の表情を見せるのは珍しい。

「――それ以上は、言わないでください。全て、お見通しだったのですね」

「……だからこそ、シュウさんの想いを受け入れることができなかったのでしょう?」

「おっしゃる通りです。彼は……紳士的で努力家で賢く、責任感と優しさに満ちた、本当に素敵な人。素晴らしい未来が約束された人の想いを、未来を持たない私が、どうして受け入れられましょう。ただでさえ重い彼の肩に、どうして更なる荷物を負わせられましょう」

 リリー嬢は、切なげにため息をついた。その言葉尻には、拒絶ではなく諦念が宿っている。

「……私の願いは、正しかったのでしょうか」

 リリー嬢は椅子から立ち上がり、窓の方を向くと、空を仰ぐ。
 雨こそ降っていないが、締め切られた窓の向こうは曇天で、今にも涙が落ちてきそうに、重くよどんでいた。

「『魔女』の元を訪れたのは、私一人です。なので、ヒースは、私が何を願ったのかは知りません。私が失った物に関しても、伝承を紐解いて彼が想像したに過ぎないのです」

「ですが、俺にも想像はつきます。……あれは、数年前のこと」

 ウィル様は、リリー嬢の背中に向かって、語りかけた。リリー嬢は振り返らぬまま、ウィル様の言葉に耳を傾ける。

「――隣国では、内紛が長く続いていた。それが、ある日突然収まったという。全ての武器が光となって消えてゆき、攻撃魔法は突如発動しなくなり、今まで敵だった者同士が手を取り合ったとか――そんな奇跡を起こせるのは、『魔女』だけです」

 ウィル様の推論を聞き、リリー嬢は頷くと、静かにこちらを振り返った。

「おそらく、私は故郷の平和を『魔女』に願ったのでしょうね。結局……今は内紛ではなく、物資や食料のことで争いの準備をしているようですが」

 彼女は、悲しそうにため息をつくと、ウィル様を正面からしっかりと見据えた。

「……オースティン様。貴方が何を望むのかは存じませんが、『魔女』に願って起こす奇跡は、一時の気休めにしか過ぎないのですわ」

「……肝に銘じます」

 リリー嬢が対価を払って願った、故郷の平和。
 彼女の願いは魔女に通じ、確かに、一時的な平和をもたらした。

 しかし。

 それにも関わらず、今現在、リリー嬢の故郷の国は、リリー嬢が育ったこの国と、衝突しそうになっている。
 表面だけではなく、もっと深いところを、時間をかけて変えていく必要があったということだろう。

「――それで、オースティン様が聞きたいのは、おそらく、どうやって私が『灰の森』までたどり着いたかということですわね?」

「……ええ、お察しの通りです」

「どうやら私は、ある特別な道具を使ったようです。隣国の王家に伝わる、秘宝を」

「秘宝……ですか」

 リリー嬢はひとつ頷くと、着用していたグローブを脱いだ。
 彼女が左手のグローブを外すと、その手首には、黄金製のワイドバングルが嵌められていた。
 バングルには数多の宝石が散りばめられているが、その中央部分には、宝石が取れてなくなってしまったかのような、不自然な穴が開いている。

「このバングルには、特別な宝石が埋め込まれていたそうです。私たち兄妹が王宮から出た際に、実母が、ヒースには印璽いんじ入りの指輪を、私にはこのバングルを、それぞれ持たせてくれたのだとか」

「その特別な宝石というのは……いえ、その前に、どうして宝石がなくなってしまったのですか?」

「……申し訳ありません、それも覚えていないのです。けれど、ヒースによると……国境を越えた後のある日、少し目を離した隙に、私は突然姿を消したのだそうです。肌身離さずつけていたこのバングルも、もちろん一緒に」

 ヒースは、必死になって辺りを探した。けれどリリー嬢の姿を見つけることはできず、諦めて元の場所に戻ると、探していたリリー嬢が気を失って倒れていたのだそうだ。

「私の身体には傷一つありませんでしたが、目を覚ましたときには、私の記憶はすっかり失われていたそうです。それだけでなく、ここに嵌まっていたはずの宝石と――緑色だったはずの、私の髪色も」

「宝石と、記憶と……魔力も?」

 リリー嬢は、はっとして思わず呟いた私の言葉に、律儀に頷いた。

 特別な宝石。それまでの記憶。そして、魔力。
 もしそれが魔女に願った奇跡の対価なのだとしたら。
 リリー嬢、そして――ウィル様が支払った代償は。

 私は、嫌な想像を否定してはくれないだろうかと、ウィル様を見る。しかし、ウィル様は私の視線に応えることなく、リリー嬢への質問を続けた。

「――その宝石は、一体どういうものだったのでしょう? 王家に伝わる宝石……何か特別な力が?」

「詳しいことはわかりませんが、数百年前に、大聖女様から賜った宝石だったということです。王家に代々受け継がれ、その時によってペンダントだったりブローチだったり、形を変えながら常に王族が身につけてきたものなのだとか」

「つまり、大聖女様の魔力……いや、聖力が込められた石、ということか……?」

「今となってはもう確かめようがありませんが、もしかしたら、聖力が込められていたのかもしれませんわね」

「なるほど……」

 ウィル様は頷いて、顎に手を当てた。何か考えているようだ。
 リリー嬢は、沈んでいる様子だ。私は考えに耽り出したウィル様の代わりに、彼女に声をかけた。

「リリー様……あの、大丈夫ですか? お疲れになったのでは?」

「いえ、大丈夫ですわ。お気遣いいただきありがとうございます」

 リリー嬢は私に小さく微笑みかけると、悲しい表情をしていた理由を明かしてくれた。

「……私は、王家が代々大切にしてきた宝石を、失ってしまった。ヒースはずっと、私に故郷の地を踏ませようと考えていたようですが……身分も国宝も、記憶でさえも失ってしまったからには、私はもう、故郷には戻れないのです」

 リリー嬢は、再びグローブを嵌め、その上から手首をそっと撫でる。
 特別な宝石がなくなってしまっても、彼女にとっては、失われた記憶に代わり、故郷や母親との繋がりを形として残している、大切な品物なのだろう。

 そして、ようやく思考から戻ってきたウィル様が、再び口を開いた。

「すみません……最後にもう一つ。大聖女様の遺した宝石は、他にもあるのでしょうか?」

「私にはわかりかねますわ。お力になれず、申し訳ございません」

「いえ、充分です。ありがとうございました。お部屋までお送りします……ミアはここで待っていて」

 私が頷いたのを確認してから、ウィル様はリリー嬢を客室まで送り届けに行った。
 彼を待つ間、私は、願いの対価について考えを巡らせる。

 ――失われた記憶と、魔力。
 そして、気になった言葉、それは……。

『素晴らしい未来が約束された人の想いを、未来を持たない私が、どうして受け入れられましょう』

 ――未来を持たない。
 彼女は、確かにそう言った。

 それは一体、どういう意味なのだろうか。
 リリー嬢は、シュウ様を思って、身を引いたのだろうか。

 確かに魔力を持たないことは問題になり得たし、今現在は父親のせいで家が没落する可能性も出てきたけれど、当時のリリー嬢はそこまで想定していなかったはずだ。

 隣国には帰れないのだから、リリー嬢自身も、この国の貴族令嬢として生きていく心づもりだったはずだ。未来を持たないなんてことは、ないはず。
 なのに、彼女は一体、どうして……?

「やっぱり……『魔女伝説』について、自分でも調べてみる必要がありそうだわ」

 私はやはり、幅広い知識を持っているオスカーお兄様あたりに『魔女』のことを尋ねてみようと、心に決めたのだった。
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