127 / 193
第三章 帰る者、残る者、進む者
4-12 エヴァンズ子爵家の処遇
しおりを挟むリリー嬢の話から、結局、安全に灰の森にたどり着くためには大聖女の遺産が必要だったことがわかった。
それを知ったウィル様は、改めて情報を集め始めた。
しかし、大聖女の遺産は、国宝級の品物。探して簡単に見つかるものでもない。
もちろん、一部の遺産については在処がわかっている――王城や、教会だ。けれど、当然ながら、それらを借り受けることは不可能。
もし何かの縁で借りることが出来たとしても、リリー嬢の時と同じように、借りた宝石が消えてしまうようなことになっては、一夜にして大罪人になってしまう。
ウィル様は、やはり、自力で灰の森まで行くしかないと結論づけた。
まだ灰の森に行く日程は決まっていないが、私も連れて行ってほしいと、ウィル様に何度も頼んでいる。けれどウィル様は私が心配なようで、なかなか首を縦に振らない。
事情を知るシュウ様もウィル様を心配しているらしく、せめて『加護』のイレギュラーの件と聖剣技の修得に区切りがつくまでは、我慢するようにと説得している。
*
そんなある日。
私はウィル様と共に、エヴァンズ子爵家を訪れていた。
社交シーズンが終わり、間もなく領地に帰るという連絡が来たためだ。
私が教会から逃げるようにオースティン伯爵家へと転がり込んで、まだ三ヶ月ほどしか経っていない。なのに、門をくぐるのがものすごく久しぶりのような気がして、なんだか懐かしい気持ちになった。
「ミア、おかえり。ウィリアム君も、よく来てくれたね」
「お父様……、ただいま戻りました」
お父様と交わす、おかえり、ただいま、の挨拶も久しぶりで、目元が熱くなってくる。
「エヴァンズ子爵、お出迎え感謝いたします」
「とんでもない。皆早くきみたちに会いたくて、この役目をやりたがっていたのだけどね。くじ引きで私が勝ったんだよ」
お父様は愉快そうに笑って、自ら私たちをダイニングルームへと案内してくれた。
「皆、首を長くして待っているよ。さあ、中へ入って、食事にしよう」
執事のセバスチャンが扉を開けると、お母様とマーガレット、オスカーお兄様はもちろん、使用人一同の笑顔と歓迎が待っていた。
私は、皆の顔を見渡しながら、もう一度告げる。
「皆様――ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ」
「おかえり」
「おかえりなさい」
皆のあたたかい歓迎に、私の目元はまたしても潤んでしまったのだった。
エヴァンズ子爵家での食事会は、終始和やかなムードで進んでいく。
「お父様とお母様は、来週には領地に戻られるのですね」
「ああ、そのつもりだよ。オスカーとマーガレットは学園があるが、あとひと月ほどすれば夏休みだ。ミアは、王都で仕事があるのだろう?」
「ええ」
「ミアと離れて過ごすのは、幼い頃以来ですわね。あの、別荘地で魔獣に襲われてしまった時」
「ああ、そうだな。本来なら、今年もミアは領地に連れて帰る予定だったのだが……寂しくなるな」
お母様がそう言うと、お父様も感慨深そうな表情をした。
しんみりした空気がいたたまれなくて、私は、話題を変える。
「ところで、お父様。ずっと気になっていたのですが、その……私が聖女だと隠していたことによるお咎めは……?」
「よく聞いてくれたね。それが、なんと、お咎めなしになったんだ」
「「えっ」」
隣からも驚きの声が上がる。どうやら、ウィル様も初耳だったようだ。
「でも、どうして? 舞踏会の事件で、私が聖女だということは隠しようもない事実として広まってしまったのに」
「陛下のはからいがあったのだ。あの時、会場でミアとウィリアム君が動けたのは、王太子殿下が極秘裏に研究を進めていた『魔法石』の力によるものだと、陛下は説明された。そうして、魔法石研究所が設立された――そこまではミアも知っているな?」
「はい」
その辻褄合わせは、事件の翌日に、陛下から直接聞いた話だ。魔法石研究所についても、もちろん知っている。
「ミアは、事件直後、陛下たちの不調を人々の前で癒やして差し上げたのだろう? それも、実は、『魔法石』の効果と言うことになっている」
「聖魔法ではなくて、『魔法石』の?」
「そうだ。ミアが『魔法石』の力を抽出し、他者に『魔法石』による浄化を施すことに成功したのだと。その方法を編み出したのが、ミアなのだと陛下はご説明なさった」
「では……!」
「うむ。ミアが聖女だという認定は、されていない。だから、我々にもお咎めはなしだ」
「まあ……! よかったです……!」
お父様の説明を聞いて、私は心から安心した。
皆が疲れを見せず、明るい顔で私を迎えてくれたことにも、納得がいく。
「それと、大っぴらに教会を敵に回さぬように、法令も一つ発布されている。それは知っているか?」
「ええ」
その法令については、先日研究所で聞いたばかりなので、しっかり頭に入っている。私は頷いて、お父様に返答した。
「『魔法石』は現在開発中であり、使用に関しては、実験、試験運用、そして緊急時に限るものとする、というものですわね。一般販売や、一般の方への使用は、現在はまだ許可されていないのですよね」
「そうだ。すぐに一般販売を始めてしまうと、教会に通う人間が減ってしまうからな。もちろん研究所も国費で運営されている以上、出した分の予算の回収は必要になってくる。だから、法令が整備されれば販売も始めるのだろうが……少なくとも聖魔法の魔法石は、今後も販売しないだろうな」
「ええ、そうかもしれませんわね」
聖魔法の魔法石が規制もなく世に出回ったら、教会の運営が立ち行かなくなってしまう。教会の体質を考えると、そのあたりは慎重に立ち回るべきだ。
「それに、聖魔法以外の魔法石もそうだ。各種魔法技術を他者に売ることで生計を立てている者も多くいる。例えば氷屋……彼らは夏場に魔法で氷を生産し、一般市民に売ることで生活を維持している。そういった者たちをどう守るのか、それも考えていく必要があるだろうから、数年、あるいは数十年単位のプロジェクトになっていくだろう」
「そんなに……」
私が、想像以上の規模の大きさに驚いていると、隣に座るウィル様が優しい声で補足してくれる。
「ミアの功績は、本当に大きいものなんだよ。法整備も最初は大変だろうけれど、世の中はこれから確実に良くなっていく。いくら教会が怖いと言っても、その足がかりとなってくれたミアとエヴァンズ子爵家を裁くなんてこと、陛下もできなかったんだろうね」
「ウィル様……」
「ああ、ウィリアム君の言うとおり。全てミアのおかげだ。――ありがとう、私たちを救ってくれて」
「ミア、お母様からもお礼を言わせて。本当にありがとう。それから――わたくしたちの娘でいてくれて、ありがとう」
「お父様、お母様……!」
皆から、あたたかい視線が集まってくる。
私は、感極まってしまい、掠れた声で「私こそ、ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。
23
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない
当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる