氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第三章 帰る者、残る者、進む者

4-13 オスカーの知る魔女伝説

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 食事会を終えた後。
 ウィル様はお父様に呼ばれて、執務室へと移動した。
 いつもは私に張り付きたがるマーガレットも、お母様と何か話があるようで、別室に行ってしまった。

 ダイニングに残されたのは、私とお兄様と、侍女のシェリーだけ。
 私もオスカーお兄様に魔女の話を聞きたかったので、ちょうど良かった。
 シュウ様なら魔女のことも知っているのだろうが、リリー嬢のことがあるため、彼にはどうしても聞きづらかったのだ。

「お兄様、少し聞きたいことがあるのですけれど」

「ん? なんだい、ミア」

「あの……お兄様は、『魔女』について聞いたことはありますか?」

 オスカーお兄様は、優しいたれ目を僅かに見開き、私の目をのぞき込んだ。

「……もしかして、ウィリアム様から何か聞いたの?」

「……はい」

「そうか……彼は、ようやく言えたんだね」

 お兄様は、顔の前に垂れてきたアッシュブロンドの髪を耳にかけると、青い瞳を少し細める。

「ミアはどこまで知っているの?」

「『魔女』は灰の森の奥に住み、対価を払えば相応の願いを叶えてくれると」

「うん、そうだね。それから?」

「ウィル様は……魔女に、のちに対価を払うことを約束して、時間遡行を望みました」

「……やはり、そうだったんだね。ちなみに、対価を払うまでの猶予は?」

「……あと、おおよそ二年」

「……二年、か……」

 お兄様は、眉を寄せてため息をついた。

「お兄様、教えて下さい。魔女の望む対価とは、一体何なのですか? 『賢者の石』を差し出せば、その対価は軽減されると聞きましたが」

「――因果を変える、その奇跡。貰い受けるは、三つの代償」

 お兄様は、目を閉じると、その伝説の内容をそらんじはじめた。

「ひとつ、そなたの力の源」

 そこまで言って、お兄様は目を開く。

「代償の一つ目、力の源というのは、『奇跡』を起こすのに必要な魔力のこと。強い奇跡を望むほど、奪われる魔力は大きくなる。最悪、魔力を一生失うことになる」

「魔力を……」

 私は、魔女に魔力を捧げたというリリー嬢の、灰色の髪を思い返す。
 彼女の髪色では、魔法を使うことは不可能だろう。
 けれど――。

「……ウィル様は、幼い頃からずっと、魔法騎士を目指してきました。なのに、魔力を失ったりしたら……」

「そうだね。魔女に魔力を支払うのなら、もう魔法騎士は続けられなくなるだろう」

「そんな……!」

 ウィル様が魔力を失うということは、夢への道を断たれるということだ。
 これからいくら高効果な魔法石が開発されたとしても、さすがに戦いに使うのは難しいだろう。魔法騎士として続投するのは、不可能と思われる。

「……残り二つはもっと厳しい内容だよ。それでも聞くかい?」

「――はい」

 私は、こくりと頷き、お兄様の言葉を待つ。
 どれほど厳しい内容でも、聞きたくなくても、ウィル様の逆行の原因となった私が、逃げるわけにはいかない。

「ふたつ、そなたの心の楔。これは……おそらく、自分にとってとても大切な何か……心の支えになっているような重要なものを、奪われるということ」

「大切な何か……?」

「ある学者の一説であって、正確にはわからないのだけどね。これは、本人の記憶、もしくは感情の一部だと、考えられているよ」

「記憶、感情の一部……」

「記憶だとしたら何年分の記憶を失うのか、その記憶はいつか戻る可能性があるのか。もしくは、そもそも全ての原動力となり得る感情すら、根本から奪われてしまうのか……」

 リリー嬢は、確かに記憶を失っていたが、感情がないようには見えなかった。
 それに、生活に必要な行動の記憶までは消えていなかったようだし、ヒースのことも、おそらく認識していたような印象だ。
 つまり、全てまるっきり失ってしまうというわけではないのだろう。

「記憶や感情なんて、どうして……?」

「魔女が何のためにそれを奪うのかわからないけれど、他二つと同じく、何か理由があるのだろうとは思うよ。魔女にとって必要な、何かが」

 私たちには到底理解が及ばないけれど、魔女には魔女なりの行動原理があるのかもしれない。
 ――ここまでの二つでも、相当重い代償だ。聞きたくない気持ちを奮い立たせ、私はお兄様を真っ直ぐ見つめ、尋ねた。

「それで……最後の三つ目は……?」

「――みっつ、そなたの生命そのもの」

「……! 生命、そのもの……!?」

 お兄様は、重々しく頷く。
 ここに来て、私は、リリー嬢が「自分は未来を持たない」と言った理由を、真の意味で理解したのだった。
 ――もしかしたら、リリー嬢の生命力は……寿命は、あと僅かなのかもしれない。
 それに、このままでは……ウィル様も。

「……魔女が数百年もの間生き続けているのは、この対価が理由かもしれないね。他者の寿命を奪って、自らのものとしているのかも」

「でも……、でも、きっと何とかする方法が……。お兄様、『土産』については? 伝説にはなんて?」

「確かに、『土産』を持ち込みさえすれば、払う予定だった代償は返してくれると言われているね。それも、三つ目から順に返していくということだから……上手くいけば生命は失われずに済むかもしれない。けれど……一つ目の対価である魔力は、戻ってこない可能性が高いと思う」

「そんな……」

 あまりにも厳しい現状に、私は、自らの顔を両手で覆う。お兄様も、私たちが話すのを静かに見守っていたシェリーも、小さく重たい息をついた。

「……ウィル様……私のせいで、なんてことを……」

「……ミアのせい? どうして?」

「実は……ウィル様が時間遡行を魔女に願ったのは、私のせいなのです」

 私は、お兄様に、ウィル様の話してくれた『過去に起こった未来』を全て伝えた。

 お兄様は悲しそうに眉を下げたが、「ミアのせいじゃないよ」となぐさめてくれた。
 けれど、他者がどれだけ言葉を尽くしてくれたとしても、別の時間の私が言ってしまったこと、やってしまったことは覆らない。

 私は、お父様と話を終えたウィル様が戻ってくるまで、ただ静かに泣いたのだった。
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