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第三章 帰る者、残る者、進む者
4-14 私だって心配です
しおりを挟むオスカーお兄様に魔女の話を聞いた私は、両手で顔を覆って涙をこらえていた。
そこへ、お父様と話を終えたウィル様が戻ってくる。
「ミア、お待たせ……って……! どうしたの、ミア……!?」
ウィル様の慌てた声に、私は顔から手を離さぬまま、力なく首を横に振る。
「あの、オスカー殿、何かあったのですか?」
「ウィリアム様、貴方のせいでミアが泣いちゃったんですよ」
「え、俺のせい……?」
お兄様がため息をついてそんな風に言うと、ウィル様は困惑したような声で呟く。
私は顔から手を離し、違うと否定しようとしたところで、ウィル様のさらに後ろから、けたたましい声が聞こえてきた。
「なんですってぇぇぇ! 黒髪の悪魔っ、お姉様を泣かせたのっ!?」
「また変なタイミングで……」
ウィル様がため息混じりに呟く。
けたたましい声の主は、もちろん、妹のマーガレットだ。
「わたくしは! お姉様の幸せのために、貴方を信頼したのですわっ! なのにどうしてお姉様を悲しませるようなことをするのです!!」
「マーガレット嬢、落ち着いて――」
「落ち着けるわけございませんわぁぁぁ!!」
マーガレットが鼻息荒く、ウィル様に詰め寄っている。
「ま、待って、マーガレット、違うのよ、違うの。私が勝手に悲しくなってしまっただけで……」
「お姉様っ! 理由もなく勝手に悲しくなることなんて有り得ないのですわ! お兄様がウィリアム様のせいだと言っているのだから、間違いなくその男のせいなのですっ! 胸に手を当ててよぉーく考えるのですわ!!」
お兄様も否定せず、目を細めて頷いている。
ウィル様は、ますます困惑した様子で、私の方に視線を向けた。
私は、思わずその視線から逃れてしまう。
「俺のせいって……何のこと……」
「わからないのなら話し合うのですわ! わたくし、お姉様と貴方から、確かにそう教わったのです。自分よがりではダメ、一方通行ではダメ、ちゃんと頭を柔らかくして物事を受け入れるのですわ!」
「……ふふ、マーガレットが人様にそんな説教をする時が来るとはねえ。成長したね、妹よ」
「成長期なのですから成長するのですわ」
「はいはい。じゃあ、外に出ていようか、成長期の妹よ」
そう言って、オスカーお兄様はマーガレットと、ついでにシェリーも外へ連れて行ってしまった。
お父様、お母様が領地へ帰る前に挨拶をしに来たのに、結局ウィル様と二人にされてしまうなんて……これではいけない。そう思うけれど、今のウィル様との時間が残り少ないかもしれないと知ってしまったためか、私もウィル様とすぐにでも話をしたくて、お兄様たちを引き留められなかった。
「その……ミア……?」
「あ、えっと……まずは、取り乱してしまってごめんなさい」
うろたえた様子で私を見つめるウィル様に、頭を下げる。すぐに頭を上げ、視線をウィル様の瞳に固定すると、ウィル様は少したじろいだ。
「……お兄様から、聞いたのです。魔女の求める対価について」
「……そうか。聞いちゃったか」
ウィル様は、驚きではなく、ばつの悪そうな表情をして、私から目をそらす。
「驚かないのですね」
「まあ、ね。俺がはっきり口にしなくても、いつかは知るだろうと思っていたから」
「ねえ、ウィル様」
私は、ウィル様の手を取った。こちらを向いたウィル様の新緑色には、怯えと緊張が多分に含まれている。
身体の横でぎゅっと握られていた手は冷たくて――暖めるように、私の両手で包み込むと、ウィル様は視線を少しだけ彷徨わせた。
「ウィル様。私と、ずっとずっと、一緒にいて下さるのですよね? お約束して下さいましたものね……?」
「……もちろんだよ」
即答してほしいのに、ウィル様の答えには、ほんの少しだけ間があって……私は、すがるように、ウィル様の手を包んでいるこの手にぎゅっと力を込めた。
ウィル様は、もう片方の手を、私の両手に添える。ひんやりとした彼の手は、私の手よりも大きくて、少しだけ震えていた。
「――せっかく掴んだミアとの未来を、魔女なんかにくれてやるものか。俺の未来は、俺とミアのものなんだから」
彼の声は、手とは違って、震えてはいない。その瞳も、決意に満ちている。
けれど……やはり、怖いのかもしれない。ウィル様も。覚悟を決めていたとしても――。
「だから、ミア。そのためにも――」
「魔法石、ですわよね」
ウィル様は、頷く。続けざまに、私は問いかける。
「そして、それが『土産』として有効かどうか、確かめるために魔女のところへ行くのですよね」
「ああ、そうだね」
「――やはり、私、決めました」
私は、涙を振り払い、ウィル様に強い視線を向ける。ウィル様は、わずかに眉をひそめる。
「私も、灰の森へ行きます」
「……ミア……、それは……」
ウィル様の表情が、あからさまに曇る。心配してくれるのはありがたいが、ここまで来たら、もう素直にそれを受け取ることはできない。
「ダメだと言われても、行きます。ウィル様に置いて行かれたとしても、一人でも魔女の元へ向かいます」
「だけど、本当に危ないんだよ。ミアに何かあったら、俺――」
「――私だって、同じ気持ちですわ!」
「……!」
私が声を荒らげると、ウィル様は目を見開き、はっとした表情を見せた。
「ウィル様に何かあったら、私だって、耐えられません。前にも言ったでしょう? 本当に大切な人のことを思うなら――」
「――自分自身も大切にしなくてはならない、か。……そう、だったね。でも、それなら、ミアだって自分のことを大切にしてほしい」
「……ウィル様は、わかってない。この決断は、私が私の気持ちを大切にした結果なのですわ」
「ミア……」
「お願いです。足手まといにならないよう、聖女様たちに結界魔法も教わりました。自分の身を守り、貴方の身を守り、それでも傷ついたら、私が癒します……だから、連れて行って。お願い……ウィル様のそばにいたいの」
ウィル様は、迷っている様子だ。私はそのままもう一押しする。
「それに、私、ずっと考えてたんです。魔女は、明らかに聖魔法の力を欲しています。なら、魔法石を持って行くだけではなく、私自身も魔女の元を訪れれば? 魔女の求めるものが何かはわからないけれど、少しでもお手伝いをしてあげられたら? もしかしたら、ウィル様の支払う対価を、軽減する助けになるかもしれない」
「けれど、それこそ魔女に目を付けられ、気に入られて、囚われてしまうかもしれないよ」
「いいえ、魔女は、そんなことしません」
「根拠は?」
「……わかりませんけれど、魔女は、そんな風に自分の欲望だけを強引に満たそうとするような人ではないと思うのです」
数百年もの間、他者の願いを叶え、支払われた対価を使って生き長らえている魔女。
代償は重いが、他者を傷つけるのではなく、むしろ藁にもすがりたい人間を助ける、最後の救済になっているとも言える。
「それに、どんな奇跡でも起こせる魔女が、強引な手を使ってでも聖女を手元に置こうと思うなら――対価も何も関係なく、自ら聖女を攫いに来ると思うのです」
「……そう、かな。魔女自身が灰の森から出られないとか、自ら動けない理由があるのかもしれないだろう?」
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「だが……魔法で無理矢理強制されてしまいでもしたら」
「もし脅されたりでもしたら、聖女の心が弱り、力が減衰してしまう――そう説得してみせますわ」
私は、ウィル様の目を必死に見つめる。ウィル様は、ようやく折れてくれたようで、小さく息をついた。
「……決意は固いみたいだね。わかった。もう少し安全策を練って、力をつけてから、一緒に出発しよう」
「――! ありがとうございます!」
渋々ながらも、ウィル様は頷いてくれた。私は嬉しくなって、ウィル様にお礼を言った。
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