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第五章 灰の森へ
4-27 死の山の麓
しおりを挟む馬車で寄れる最後の街から、さらに二日後。
私たちは、のんびりと馬を歩かせ、ようやく死の山の麓へ到着していた。
溶岩が冷え固まった、黒灰色の地面には、植物も一切生えていない。
空は灰色に曇り、腐った卵のような変な匂いが漂っている。
持参したゴーグルとマスクがなかったら、目や肺がやられていただろう。
「馬は安全なところで休ませた。ここからは徒歩になる。充分気をつけて」
各々、魔法陣の編み込まれた特別製のローブを身に纏い、背中に大きな荷物を背負っている。
歩く順番は、ウィル様、私、クロム様、シナモン様の順だ。ケージから出したブランは、私のすぐ隣に陣取り、しっかり自力で悪路を歩いていた。私はブランに声をかける。
「ブラン、大丈夫? 息苦しくなったりしてない?」
「きゅう!」
「このぐらいどうってことないってさ」
私とブランの少し前を歩くウィル様が、ブランの言葉を通訳してくれた。
「だが、ブラン。この先に進むと、もっと危ない場所もある。充分気をつけろよ」
「きゅ!」
「いい返事だ」
ブランは短く元気に返事をした。
マスクもゴーグルも着けていないが、ブランは元魔獣。汚れた空気も悪臭も、特に問題はないようである。
「灰の森というのは、どこにあるのですか?」
「――あれだよ。少し遠いけれど、見えるかい?」
ウィル様が指さしたのは、黒い山肌の中腹よりも少し低い位置。灰色の火山灰が、まだらに降り積もっている場所があった。
「森といっても、木々があるわけではないのですね」
「うん。火山地帯の土壌では、植物は育たないからね」
「火山灰の森……それで、灰の森、ですか」
「……ただの灰なら可愛いものだけどね」
「え……?」
「もっと近くに行ったら、わかると思うよ」
景色を遮る木々のない道で、赤く煮え立つ頂上を左斜め前方に望みつつ、私たちはその麓を、ゆっくりと登って行くのだった。
*
しばらく歩いて行くと、あたりに白っぽい霧が立ちこめはじめた。
どうやら、水蒸気のようだ。視界が悪いため、はぐれ防止のためにロープで各々を繋ぐ。
ブランは、ウィル様の肩の上に陣取っている。
「この辺りは噴気孔が多く、火山性ガスや水蒸気で視界が悪くなっているんだ。足下に気をつけて」
「魔道具の防毒マスクをつけていればガスの毒性は問題ないが、可燃性のガスが含まれている場合もあるそうだぞ。火や雷の魔法は厳禁な」
「承知した」
ウィル様が皆に注意するよう伝えると、クロム様がさらに情報を補足した。
シナモン様は素直に頷く。
「ブラン、お前は平気か?」
「ぷうう……」
「さすがに少し苦しいか……じゃあ結界を張るから、肩の上でじっとしててくれ」
ウィル様は遠乗りに行ったときと同じ、風の結界をブランの周囲に張る。すると、ブランはまだ涙目なものの、少し元気を取り戻したようだった。
一行は、足下に気をつけながら、先程よりも遅いペースでガス地帯を抜けたのだった。
*
ようやくガス地帯を抜けると、綺麗な青とは言えないものの、空が見えた。
私たちは一旦立ち止まって、各々にくくりつけたロープをほどく。
「ふう、やっと視界が晴れましたわね」
「きゅううー!」
私は、開けた景色にひと安心して、ホッと息をつく。
ブランも目をぱちくりさせて辺りを見回し、嬉しそうだ。
「ミア、まだ有毒ガスが空気中に含まれている可能性があるから、マスクは外さないようにね。雷ももうしばらくは禁止だぞ、シナモン」
「ふん、わかってるよ。どのみち、ブランが苦しがるほど高濃度のガス地帯には、魔獣も生息していないだろう」
「ああ。もうしばらく歩けばガスは消えるから、マスクも外せるし、魔獣と当たる時には雷魔法を使っても問題ないはずだ」
ウィル様はそう言って、進行方向を指で示す。
彼が示した方向には、立派な石灰棚が広がっていた。
「綺麗……」
「火山地帯特有の地形らしいね。白い部分は石灰質。青い部分は、地熱で温められた温水になっているんだ」
真っ白な石灰岩が段々を形成しており、石灰岩で区切られた浅い窪みには、仄青い水が満ちている。
それはまるで、自然が形成した、奇跡の階段。
白い岩と青い水のコントラストは、この世の物とは思えないほどの美しさだ。
「あの石灰棚がある辺りから、有毒ガスが消えるかわりに、魔獣が出現し始める。気を引き締めてくれ」
「あんなに見晴らしが良いのに、魔獣がいるのですか?」
「見晴らしがいいからこそだよ。鳥型や虫型をはじめとする魔獣たちが空から急襲してくる。そいつらを退けると、次は戦いの気配を嗅ぎつけた健脚の魔獣たちだ」
ウィル様は、時間遡行前にもこの道を歩いている。だから、その時のことを思い出しているのだろう……固い声で忠告をした。
しかし、私は少々、気になることがあった。
「あの……」
「どうしたんだい、ミア」
「どうして、この地に魔獣がいるのでしょう」
「……どうして、とは?」
ウィル様たち三人は、的を射ない私の質問に首を傾げている。言葉が足りなかったようだ。
「ここは、魔獣にとっても暮らしにくいほど、厳しい土地なのですよね。立ち入る人間も、魔女の元に向かう人ぐらいだと思うのですけれど」
「ああ、そうだな。地元の人間も、近寄らないと言ってたぞ」
クロム様が、肯定した。
「では、魔獣討伐に騎士様や冒険者の方が来ることもないですよね? 地中に魔石は埋まっていないのではありませんか?」
「……! 言われてみれば……魔法騎士団も、ここまで討伐に来ることはないな」
「地中に魔石が埋められていないのなら、廃棄された魔石由来の魔獣は生まれませんよね」
私の指摘に、三人は沈思黙考し始めたのだった。
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