氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

文字の大きさ
151 / 193
第六章 魔女との邂逅

4-36 悔いるな、前を向け

しおりを挟む
「誰しもが持っているって言うけどな……聖力は聖女だけが振るうことのできる力じゃないのか?」

「ええ。俺も、聖魔法の詠唱を試したことがありますが、全く発動しませんでしたよ」

 クロム様が魔女の言葉に疑問を呈し、ウィル様もそれに同意する。『加護』がかかっている状態であれば別だけれど、そうでなければ、聖女以外の人間に聖魔法は発動できないはずだ。

「確かに、聖力を聖魔法として発現できるのは、魔核の代わりに聖核、魔力回路の代わりに聖力回路を持つ、聖女たちだけじゃ。もしくは、外付けの聖力回路である『加護』を使うか、じゃな」

「聖核と聖力回路?」

「うむ。心の力、感情の力。善なる記憶が作り出す、善なる心の動き――それが聖力の源。心のエネルギーを聖力として身体に溜め、外へ放出する回路を持つ者、それが聖女なのじゃ」

「善なる心の動き……」

 私は、その言葉を聞いて、聖魔法が強まる条件を思い返した。

 ルゥ君――ウィル様を助けたい、癒やしたいと強く思ったとき。
 オスカーお兄様の負った大怪我を、絶対に治してみせるのだと強く願ったとき。

 大切な人を慈しみ、愛する心。
 すなわち、受け取ってきたあたたかな感情と、幸せな記憶がもたらす、心の安定――。

「そちは、気がついたようじゃな。若き聖女よ」

「――ええ」

 魔女の紅い瞳が、私へと向けられる。その口元は、満足げに弧を描いていた。

「聖魔法の力の源――それは魔女様のおっしゃるように、幸せな記憶や人との絆から生まれる、心の動きです」

「だとしても、だ」

 私の回答を横目に、クロム様は不満を隠そうともせず詰問する。

「記憶を奪わなくても、聖力を手に入れる方法はあるんじゃないのか?」

「……残念ながら」

 魔女は、悲しそうに首をふるふると横に振った。

「もう気づいているじゃろうが、わらわは、地竜の象る永遠の輪ウロボロスの外へ出ることが叶わぬ。ゆえに、自ら外へ出向いて聖女に協力を仰ぐことも不可能。加えて、ある時期から、聖女が近くを訪れることが全くなくなってのう……もう七、八十年になるか」

「聖女が教会から出られないような仕組みへ改革された頃ですね。大神官長が変わったと噂されている時期だ」

 数十年前に、教会の方針が大きく変化したのだという話は、以前聖女マリィから聞いていた。
 教会は、聖女の外出を制限、恋愛や結婚をコントロールし、聖女の待遇を治療回数に応じて変えたという。

「それまでは、人語を解する天竜、もしくは水竜が、数年に一度、聖女をわらわのもとへ連れてきてくれたんじゃ。魔王の呪いを解呪できる者はおらんかったが、かわりに『加護』をかけてもらっておった。永遠の輪ウロボロスの綻びで進行した呪いを差し戻すのと、怪我をした聖獣たちを治療するために、聖力を使っていたのじゃ」

「なるほど……『願いを叶える魔女』の噂が流れ始めたのも七十年ほど前からだと聞いていますが、その噂も貴女が流したものですか?」

「うむ、そうじゃ。噂の流布は、まあまあ上手くいったのう」

 聖女の協力を得られなくなった魔女は、他の方法で聖力を手に入れるしかなくなってしまった。
 だからこそ、『願いを叶える魔女の噂』を流し、魔女の元を人が訪れるように仕向けたのだろう。

「聖女から『加護』を受けられなくなったのはわかったが、一般人から聖力を受け取るには、記憶を消去するしかなかったのか?」

「ああ。聖女以外の人間には聖核がない。聖力を溜めておけないのじゃ。じゃから、彼らと共に記憶を辿ることで感情の力を引き出し、その力を貰い受けるしかなかった」

 魔女は、悲しそうに、悔しそうにうつむく。
 彼らの記憶を奪うのは、生命を奪うのと同じく、彼女の本意ではなかったのだろう。

「ちょっと待て。延命は? それまで、他の人間から、生命は奪っていなかったんだろう?」

「……闇夜竜ファーブニルがこの世を去ったのが、半世紀ほど前。そう言えば、理解してもらえるか?」

「もしや……ファーブニルは」

 その名に反応を示したのは、シナモン様だった。
 シナモン様の生家、キャンベル侯爵家は、ファーブニルと戦うことを夢見て力を磨いてきたのである。
 彼女は視線を彷徨わせて、複雑そうな表情をした。

「すまぬな、キャンベルの子よ。おぬしらの大切な友の命を……共に戦った仲間の命を……、わらわは……わらわは」

 ずっと悲しそうにうつむいていた魔女だが、ついにその目から、大きなしずくが落ちる。
 魔女にとっても、ファーブニルというドラゴンは、とても大切な存在だったのだろう。

「そうか……。ならば、ファーブニルは、幸せな人生、いや、ドラゴン生だっただろうよ」

「……そうであれば良いがの」

「ああ。間違いない。だから、魔女殿、貴女もその選択を悔いるな。食いしばってでも前を向け。呪いが燃え尽きるまで、生きろ。戦え。一人になろうとも、折れては駄目だ。それが貴女の選んだ道であり、ファーブニルの望みだ」

 シナモン様は、魔女の両肩に優しく手を置き、告げる。彼女の言葉は厳しいものだったが、それに反して、その表情はとても優しいものだった。
 魔女の両目から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。魔女は袖口でそれを拭うと、深呼吸をして、気丈にも笑った。

「ありがとう、キャンベルの子。わらわは、戦うよ。魔王の呪いを破る方法が見つかる、その日まで」

 魔女の笑顔を見て、シナモン様も満足そうに微笑み、頷く。
 漆黒の天竜と白銀の地竜が言ったように、魔女は、とても強い人なのだと――私は強く感じたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...