氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

文字の大きさ
158 / 193
第一章 変わりゆく王国

5-4 ステラの旅路

しおりを挟む


 ある人物から、一冊の分厚いリストが王家に届けられたことをきっかけに、教会は急速に、終焉へと向かうこととなる。

 そのリストが提出されたのは、私たちが魔女の館から戻ってきて、さらに半年ほど経過した頃……例の大神官の失態からも四ヶ月程度が経った、初夏のことだった。
 王家と魔法騎士団による共同捜査と、国民の教会離れ、聖女や神官の離反が続いたこと。それにより、教会の資金繰りも苦しくなり、権力はかなり弱まっていた。

 そんな中で提出されたのは、王都外の各地にある教会からの告発状と、大神官長と大神官たちの解任を求める署名。
 数年がかりで国中を回り、聖女や神殿騎士からの告発と署名を集めたのは――ステラと名乗る、銀髪と青い瞳を持つ聖女だった。





 私の実母――聖女ステラ様が、署名運動をしているようだということは、実のところ、水竜の湖で別れたクロム様から、事前に聞いていた。

「ステラ様の消息がつかめた」

 そう言って魔法通信を入れてくれた、クロム様の弾む声を思い出す。

「早速、会いに行ってくる。ちいと早いが、今朝、魔女の館に定期的に送ってる必要物資を届けてきた。また連絡する」

 クロム様から、ステラ様が南の丘教会を出てからずっと、教会の改革を願って各地の教会を巡っていたという話を聞いたのは、それから数日後のことだった。

「何度も危ない目に遭いながらも、ステラ様はついにやり遂げたんだ。すげえよ。天国のジュードも、喜んでいるだろうよ」

 クロム様の声は、言葉とはうらはらに、すごく沈んだものだった。

 ――ステラ様の夫、ジュード様は、すでに、儚くなっていたのだという。
 私を産んだステラ様が、ジュード様の身を救うために教会に自ら足を運んだときにはもう、すでに。

 愛する人の死に強く傷ついたステラ様は、聖女としての力をほとんど失ってしまった。
 失意の中、なんの抵抗もできずに南の丘教会に移送され、空っぽな日々を過ごしていたという。

 南の丘教会で、雑務をこなしながら数年の月日を過ごしたステラ様は、ある日、一人の幼い聖女の姿を見かける。
 神官長に手をひかれ、地下の収容空間を訪れたのは、白髪に一筋のピンク色が混じる女の子。聖女マリィだ。
 ステラ様は、その愛くるしい姿を見て、エヴァンズ子爵家に預けてきた愛娘の存在を思い出す。ちょうど、マリィと同じ年の頃だ。
 マリィの存在は、ステラ様に、失われていた聖女の力を取り戻させた。それと共に、自らがすべきことを、ステラ様は徐々に意識し始める。

 ステラ様が、南の丘教会から王都外の教会への異動を希望したのは、それからさらに三、四年の月日が経った頃だった。
 少量の荷物と、南の丘教会で集めた数人分の署名を持ち、信頼できる神殿騎士を供につけて。

「……俺はその頃、別の教会にいてな。南の丘教会に異動したのは、ステラ様が出て行った後。ステラ様とは再会することなく、入れ違いになったんだ」

 クロム様は、ぽつりぽつりと、通信用の魔道具越しに話をしてくれた。その言葉の端々には、悔しさや寂しさがのぞいている。

「いやあ、そりゃあ、俺をステラ様と会わせるわけにはいかないっていう、上の思惑もあっただろうよ。だが、ステラ様が苦しんでいた時に、俺は何もしてやれなかったと思うとな」

 魔道具の向こうで、クロム様はため息をつく。かちりと、小さな金属を爪ではじく音が鳴った。

「……俺はさ、結局、何も出来ないちっぽけな人間なんだよ」

 きっと、いつも肌身離さず持ち歩いているロケットを、眺めているのだろう。
 隣国に置いてきた、奥様と、二人の子供。
 クロム様はきっと、彼らの辿ってきた道にも想いを馳せているのだ。

「クロム様は、悪くありませんわ。悪かったことがあったとしたら……ただ、が悪かったのです」

 幸せになろうという時に、内紛が起こってしまったという、間。
 教会に潜んでいた、魔。

「クロム様。リリー様とヒースには、お顔を見せて差し上げたのですか?」

「まあ……、見は、したな」

 クロム様は、遠くからだが、と小さく付け足した。

「……リリー様の晴れ姿、ぜひ、近くで見守ってあげてくださいね。言葉を交わさなくても、そばにいてくれること――きっと、それが何より嬉しいから」

 私も、ステラ様のことを思い浮かべる。
 実際に会ったところで、きっと、何を話せばいいのかわからず、戸惑ってしまうだけだろう。

 けれど、それでも。
 新しい人生の門出のときには、エヴァンズ子爵家のみんなと一緒に、ステラ様にも見守っていてもらえたらいいと――少なくとも私は、そう思っている。

 ヒースとは、再び会うのは難しいかもしれない。
 だが、リリー嬢とは、会おうと思えば会える立場なのだから。

「――出来ることなら、そうしたいんだがな」

「……クロム様、それはどういう――」

 魔道具の向こう側で、少しだけ、鼻を啜る音が聞こえて、通話は切れたのだった。





 ステラ様が何年もかけて慎重に集め続けた署名と、告発状。
 高まる国民からの悪感情。
 王家からの糾弾。

 それでも、教会が変わったり、なくなったりするのは不安だという声も、やはり大きかった。
 至極当然のことではある。多くの人は、教会の体制よりも、自分に直接関係すること――すなわち、治療の継続や、支払う寄付金の額の方が大切なのだから。

 王家は対策として、ステラ様を筆頭聖女とし、教会から離反した聖女たちを集めて、新たに仮設の診療所を開いた。
 しかし、その診療所は王都にまだ一ヶ所だけ。診療費と名を変えた寄付金も、教会に比べてかなり安く設定されたが、常に混雑し、待ちが発生している状況だ。
 多くの者は、教会上層部がごたついていても、通い慣れた教会に通い続けていた。

 だが、そこでさらに流れを変えるものが出現する。
 それは、王太子殿下が着手し、軌道に乗り上げた、新しい研究――魔法石だった。

 殿下は、教会の構造改革を『非常時』と認定し、国が認めた一般の診療所で、聖魔法を込めた魔法石による治療を開始した。
 教会以外でも聖魔法の恩恵を授かれるようになって、不安の声もすっかり鳴りをひそめることに。

 そこから、教会の瓦解は、一気に進み、ステラ様を中心とした、新たな組織が誕生しようとしていた。
 署名の提出からさらに半年――私たちが灰の森から帰還してから一年ほど経った、初冬のことであった。

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~

 いつもお読みくださり、ありがとうございます♪
 ちなみに、補足となりますが。
 この新組織設立の初冬は、ウィルが逆行する原因となった式典の、ちょうど一年前となります。
 現時点でウィルが18歳、ミアが16歳となっております。

 また、4-6でステラとクロムの関係性について少し説明がありましたが、今話に伴い矛盾が生じたため、一部のセリフを変更しております。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

処理中です...