162 / 193
第二章 二度目の旅路
5-8 双頭犬
しおりを挟む怪我をした騎士たちの治癒を開始してから、けっこうな時間が経過した。
戦闘開始時に中天にあった太陽は、いつの間にか西の地平へ近づいていて、戦場に長い影を落とし始めている。
「まだ、戦いは終わらないのでしょうか」
「わからない……スタンピードとはいっても、こんなにたくさんの魔物が、こんなに長い時間、断続的に襲いかかってくることなんて、今までなかった」
怪我人の数も、増え続けている。終わりの見えない戦いに、騎士たちの疲労も限界近くなっていた。
「せいぜい数十匹だと想定していたのだが、百はとうに超えた。二百……いや、三百に届くか」
いまや、ウィル様も最前線に出ている。馬車の周辺はどうにか守られているが、今、治癒を受けながら話をしている騎士の持っていた盾も斧も、魔獣の牙や爪で傷だらけになり、一部が欠けていた。
「皆さんの疲労ももう限界ですわね……」
治癒を続けている聖女たちも、疲れた顔をしている。結界はどうにか保っているが、聖力が尽きてしまうのも時間の問題かもしれない。
馬車に設置された魔道具の光は、それでも白く輝いたまま。赤くならないのは、魔獣が全方向から襲いかかってくるため、退路の確保をする余裕すらない――つまり、馬車の周りが一番安全で、他に逃げ場がないからだろう。
「ウィル様……」
「きゅう……」
私は、愛しい人の名を呟いて、胸元に飾られている新緑色のネックレスをきゅっと握る。私の隣に陣取るブランも、心配そうに耳を垂らしていた。
ウィル様は氷の魔法と聖剣技を使いながら、テーラ隊の隊長とペアを組んで、冗談みたいに大きな魔獣と戦っていた。
「……あのでかい魔獣が、この群れのボスかもしれない。あれを倒したら、魔獣共も散っていくかもしれないな」
「確かに、ひときわ大きくて強そうですものね……」
「ああ。だが、隊長とウィリアムが組んで、互角か……。彼らは、この隊で最強の二人だ。どちらかが倒れたら、奴を討ち取るのは厳しいぞ」
私は、目の前の騎士の治癒を終えると、その場に立ち上がった。固唾をのんで、二人対一匹の戦いを見守る。
「ウィル様、どうか……」
しかし、その願いもむなしく、先に倒れたのはテーラ隊の隊長だった。
「……っ!」
黒い靄に弾き飛ばされて、地面に転がる隊長の姿を見て、私は思わずウィル様と魔獣の方へ駆けだしていた。
「あっ、おい、ミア嬢! 駄目だ、戻れ!」
「きゅい! ぷうう!」
騎士とブランが制止する声も無視して、私は祝詞を唱えながら、危険な最前線へと走って行く。
「――我が声は天の声、応じよ聖なる光――!」
黒い靄が、ウィル様に肉薄する。
ウィル様は、身に纏っていた全ての加護を剣に込めていく。最後の一撃にするつもりだ。
「はああああっ!」
「――『極大浄化』!」
ウィル様が白く強く輝く剣を魔獣に向けて振るったのと、私が持てる最高位の浄化魔法を放ったのは、全く同時だった。
ウィル様は一瞬、驚いた様子だったが、すぐに目の前の脅威に集中しなおす。剣に込められたありったけの聖力を魔獣に打ち込んでいく。
私もウィル様の隣に並ぶと、全力で聖魔法を浴びせかけた。
「グゥォオオオオォ!」
真っ黒だった靄が、徐々に薄れていく。
「……オォォ……」
長い長い雄叫びが、夕闇をついて、夜のはじまりへと伸び――そして、消えていく。
後に残ったのは、二つの頭と尻尾を持つ、紺色の巨大な犬だった。一つの頭だけでも、人の身長ぐらいの大きさがある。
双頭犬は、満身創痍だが、まだ息をしている。気を失っているようだが、黒い靄はもうすっかり消え去っていた。
「双頭犬……こいつが、魔獣たちのボスだったようだね。もう、魔獣たちは戦意を失ったみたいだ」
ウィル様が言ったとおり、遠くからこちらをうかがっていた魔獣たちは、双頭犬が倒れたのを見るやいなや、蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
「良かった……終わったのですね」
「ああ。……でも、ミア?」
ウィル様は、厳しい表情をして私の顔をのぞきこんだ。
彼の騎士服はところどころ破れているし、腕からは血が滴り落ちている。
私は、何も答えずに首を振ると、短く祝詞を唱える。
「――『治癒』」
ウィル様の傷を治癒し終えると、私はその場でふらついた。ウィル様は、私をとっさに支えてくれる。
「こんな無茶をして――」
ウィル様は形良い眉をぎゅっと寄せるが、私は、それにも答えず、もう一度祝詞を唱え始めた。
――これを発動したら、さすがに聖力が底を尽いて、倒れてしまいそうだ。
けれど、これは他の聖女には任せられない。私がやらなくては、誰もやらないであろうから。
後のことは、ウィル様が何とかしてくれるだろう。
「『治癒』……!」
治癒の光が、紺色の元魔獣を包み込む。虫の息だった双頭犬の傷は塞がり、穏やかな呼吸を取り戻した。
それを見届けると、私は今度こそ、ウィル様の腕の中で意識を手放したのだった。
*
私が目を覚ましたのは、その翌々日。日がとっぷりと暮れた後のことだった。
「ん……ここ……室内?」
どうやら私は、ベッドに寝かせられていたらしい。
質素で、けれど清潔な部屋だ。ベッドとサイドテーブル、その上には水差しとランプ。
小さな窓からは月明かりが差し、石造りの壁を青白く照らしている。
重い身体をどうにか起こすと、開け放たれた扉の外から、コツコツと廊下を歩く軽い足音がした。
足音の主――ピンク色の混じった白髪の少女が、通りがかりに、ひょこりと部屋をのぞき込む。
「あっ、ミアさん、起きてたんですねっ! ウィリアムさんを呼んできますぅ」
マリィ嬢が走り去ると、その後すぐに、大急ぎで走ってくる足音が聞こえてきた。足音の主は、予想通り、ウィル様だ。
「――ミア!」
ウィル様は、私の名を呼ぶと、そのまま部屋に入ってくる。
泣きそうな顔が近づいてきたかと思うと、私は、一瞬でその腕の中に閉じ込められてしまったのだった。
11
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる