氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第二章 二度目の旅路

5-10 魔族と呪力

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 魔獣の群れを率いていた双頭犬にオル、ルトという名前を与え、従魔化したのち。
 戻ってきたマリィ嬢にオルとルト、ブランを任せ、私はウィル様と共に、ベッドを貸してくれた教会の神官様へお礼を言いに行った。

「困っている方をお助けするのが、教会の正しい在り方ですから」

 そう言った神官様は、長い髭をたくわえた、温厚そうなご老人だった。

「もう日も落ちましたし、そちらの聖女様のお身体もまだ万全ではないのでしょう? どうぞ遠慮なく、もう一晩、泊まっていってくだされ」

「ありがとうございます……お言葉に甘えさせていただきます」

 私が神官様にお礼を言うと、神官様は優しげな目を細めて、ゆっくりと頷いた。そして、私の顔をまじまじと見つめる。

「あの、何か……?」

「おっと、こりゃ失礼。聖女様が、知人によく似ておりましたものでのう」

「知人、ですか」

「ええ。もう、二十年近く経ちますかな……。この街に滞在していた聖女様ですよ。三、四年前に、またふらっとこの街に来て下さってのう。署名を集めて、旅をしていると言っておりました」

「……! もしかして、ステラ様ですか?」

「うむ、そうですじゃ」

「まあ……!」

 どうやら、この街は、ステラ様が派遣されてきて、滞在していた街だったようだ。
 ステラ様とジュード様が出会い、恋に落ちた街。
 二人の恋路を応援した街の人たちが、こっそり、彼らを教会の目から隠して逃がしてくれた街――。

「神官様……あの、ありがとうございます」

 私は、神官様に深く頭を下げる。
 王都中央教会の追求から逃れるには、どう考えても、神官様の協力が必要不可欠だったはずだ。
 つまり、目の前で微笑む温厚な老人は、ステラ様とジュード様と――そして私の、恩人でもあるということ。

「ほっほっ」

 何も聞かず、嬉しそうに笑う神官様のお声を聞いて、私はそれを確信したのだった。





 神官様のご厚意に甘えて、もう一晩教会に泊まらせてもらうことになった私たちは、夜が明け次第、他の聖女たちとの合流を目指し出発することに。

 マリィ嬢たちは、もう自分の部屋に戻って休んでいる。私はまだ眠れそうにないので、ウィル様に付き合ってもらって、オルとルトに話を聞いていた。
 どうやら、やはり道中、もう一度ぐらいは魔獣の襲撃がありそうだということだ。

『あたしたちの他にも、アイツから指示を受けてる高位魔獣がいたからね』

「アイツって、もしかして……」

『うん。魔族の最後の生き残りだよ』

 オルとルトは、床にお行儀良くお座りをして、交互に話をしてくれている。
 もう追い回したりしていないのに、ブランはウィル様の腕の中から離れようとしない。
 私は、気になったことを二匹にどんどん尋ねていく。

「最後の生き残り? 『紅い目の男』以外の魔族は、もう、滅んだの?」

『そーだよ。魔王が復活したら、別だけどね』

「そっか」

 ウィル様も、ブランに通訳してもらって、話を聞いているようだ。私が説明する必要もなさそうである。
 ブランが話し終えると、ウィル様はふむ、と唸って、質問をした。

「『紅い目の男』が最後の魔族と言ったが……魔族は、どうやって増えるんだ? 今後、増える可能性はあるのか?」

「あ……そういえば、そうですわね」

 人と同じであれば、もう魔族が増えることはないということだ。けれど、魔獣と同じであれば、今後も増える可能性がある。

『えっとねえ、呪力が増えたら、分体が生まれて増えていくんだって……ぼくたちの身体に入り込んだ、呪力の残りかすが教えてくれたよ』

『だからね、元を辿れば、魔族は全部魔王の分体なの』

「呪力が増えると、分体が……?」

 どうやら、魔族の増え方は、人とも魔獣とも違うものだったようだ。分体というからには、魔族同士は皆同一に近い存在……ということだろうか。

「そもそも、呪力って、何なのかしら?」

『何かを憎んだり、恨んだり、悲しんだり……壊したい、傷つけたいと思う、負の心が力を持ったもの』

『だから、魔族は、呪力の残りかすを使って、人の世に争いをもたらすんだ。自分が取り込める、純粋な呪力を増やすために』

 それを聞いて私は、紅い目の男が、王弟殿下や隣国、教会を利用して、戦争を起こそうとした理由の一端がわかった気がした。
 それから――お父様の目の前でオスカーお兄様を傷つけたり、ガードナー侯爵家を使って家族内や関係貴族間の不和をあおったり。それも、『負の感情』を糧とし、呪力を増やすためだったのかもしれない。

「なんだか……呪力というのは、聖力とまるで真逆の力みたいね」

「そうだな。聖力は、他者を慈しみ、愛し、敬い、癒やす力。善なる心の動き、感情の力だと、魔女も言っていた」

『そうだよ。だから、魔族を滅することができるのは、聖魔法の力だけなんだ』

『あたしたちが囚われていた、呪力の残りかすを祓ってくれたのも、聖魔法だしね』

 魔石や呪物に込められている、闇魔法。それが『呪力の残りかす』なのだろう。

「その呪力というのは、現在、どの程度たまっているんだ? 魔族が増える危険性はあるのか?」

『最近まではすごく効率よくためられていたみたいだけどね』

『でも、ここ一、二年で、どばっと実入りが減っちゃったみたいなの』

 オルとルトは、詳細を促さなくても、二匹で交互に話をしてくれる。元来、おしゃべりが好きなのかもしれない。

『長い時間をかけて人間界に忍ばせてた、呪力の操り人形……魔獣と似たような存在だけど、獣じゃないから、魔人とでも言えばいいのかな?』

『その、元人間……魔人は、魔獣に比べて複雑な命令も理解するんだ。でも、獣と違って野生の人間は存在しないから、準備するのが大変だったみたい』

『その魔人がね、何十年もかけてようやく複数体そろったのに、この一、二年でほとんど浄化されちゃったんだって』

「……教会の大神官たちのことだな」

 矢継ぎ早に言葉を繋いでいく二匹に、ウィル様が、口を挟んだ。

『うんうん』

『そーそー』

 二匹は、ウィル様の言葉に同意を示し、続けた。

『彼らがいないと、うまく人間たちを争いに導くことができないからね』

『でね、人間から呪力を集めるのが難しいって思ったアイツは、別の作戦に出ようとしてるんだ』

『そのために、ぼくたち高位魔獣が集められたんだよね』

「その作戦というのは?」

『あのね、それはねぇ……』

 私たちは、オルとルトの言葉を、身を乗り出して待ったのだった。
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