184 / 193
第五章 戦いのあと
5-30 クロムの信念 ★視点変更あり
しおりを挟むクロム様が差し出した手紙はしっかりと封緘されていて、表面には『シュウ所長へ』とだけ記されていた。
クリーム色の封筒は、分厚く膨らんでいる。
「これをシュウ様にお渡しすれば良いのですね」
「ああ。頼むよ」
「承知致しましたわ」
私はクロム様の手紙を、両手で大切に受け取った。
「お渡しするときに、何かお伝えしておくことはございますか?」
「いや。必要なことは全部書いてある」
「……そうですか」
どこかさっぱりとしたクロム様の表情を見て、私は、手紙の中身がわかってしまったような気がした。
それとなく、クロム様に尋ねてみる。
「もう……王都には戻られないのですか?」
「……ああ。世話になったな」
「やはり……」
――この封筒の中には、退職届が入っているのだろう。
きっと、ずっと前から、決めていたことなのだ。
封筒はそこそこの厚さがあるから、シュウ様や、もしかしたらステラ様に宛てた手紙も同封されているかもしれない。
けれど、彼のことだ……娘であるリリー様に宛てた手紙は、入っていないのだろう。
「……本当に、お伝えすることはございませんか? シュウ様を通して、どなたかへ伝えていただく内容でも、構いませんよ」
私は、暗に、リリー様への伝言を預かることを告げた。
しかし、クロム様は眉を下げ、首を横に振る。
「俺は、いいよ。結局、親らしいことは何一つできなかったからな」
クロム様は、どこか諦めたように、ふっと笑った。
「所長は、いい男だ。父親もどきの、俺なんかよりずっと。リリーは、幸せになるさ――これからの長い人生、今までの何倍もな」
「……もしかして、リリー様は、魔女様に寿命を支払ってはいないのですか?」
私は、クロム様の言葉で初めてそのことに気がつき、ハッとした。
リリー様は、隣国の内紛を止めるために魔女に願い事をし、対価を払ったはずだ。
そのとき、彼女は魔力と記憶を失ったが……三番目の対価、寿命に関しては、支払わなかったということだろうか。
「ああ。リリーの生命は、魔女の糧になっていない。願い事こそしたが、リリーは本来、水竜に勝手に連れて来られただけだからな」
「そうだったのですね……良かった……」
「それに、魔女の対価も、今後はもう必要なくなるんだろ? 聖女たちが到着して、魔王の呪いを全部浄化したら、これからは魔女も普通の女の子として生きていけるわけなんだし」
「ええ、そうですね。皆の力を合わせれば、きっと、解呪できますわ」
「ああ」
クロム様は、窓の外に視線を向けて、頷いた。
ひと気のない灰の森は真っ暗だ。霞んだ月だけが、ぼんやりと空に浮かんでいる。
「さて……俺の用事は、これだけだ。重いもん押しつけちまって、済まないな」
「いいえ。クロム様……どうかお元気で」
「ああ。……って言っても、あと数日はここに滞在することになるだろうけどな」
クロム様は、明るく笑った。
地竜のウロボロスが開き、聖女たちが到着するまでは、出ていくつもりはないようだ。
「ミア嬢ちゃんも、朝までもう一眠りしとけよ。少しでも聖力を回復させないとな」
「そうですわね。では、お言葉に甘えて……失礼しますわ」
私はクロム様に礼をすると、受け取った封筒を大切に抱えて、魔女の部屋から出て行った。
◇◆◇
「……ふぅ。こほっ」
魔女の部屋に残されたクロムは、出て行ったミアをまぶしそうに見送ると、小さく咳をした。
「……覚悟はしてたが、なかなかキツいもんだ。さっさとどうにかしてくれないもんかね、魔女さんよ」
自身の身体から、魔女へと細く繋がっている、禁術の糸。
彼女が魔族を体内に取り込んで少し経ってから、それは始まった。
「あんたは、いつもこんなに苦しい思いをしてたのか? 数百年もの間……たった一人で」
クロムは、瞼を閉じたままの魔女の頭をそっと撫でる。
魔女が一人で苦しんでいるのに、こうして細い糸を通して生命力を提供することぐらいしか、してやれることのない自分がもどかしい。
「誰かのために生きるって……難しいことだよな」
クロムは、魔女の頭を撫でながら、離れざるを得なくなってしまった家族のことを想う。
いくら想っていても、届かない。
手を伸ばせば届くのかもしれないが、それで何かが変わってしまうのが怖かった。
それならいっそ、届かないところにいた方が楽だ。
「ごほっ、ごほっ。……ふう」
魔族との戦いは、確実に魔女の生命力を削っているようだ。
クロムは、一年半前にこの館を初めて訪れたとき、「足りなくなったら、俺の生命を使ってくれ」と魔女に申し出ていた。
――本来なら、あと数年はもつはずだった、生命の力。
魔女が魔族を取り込めば、こうなることはわかっていた。それは、魔女も、クロムもだ。
戦いが始まる前に、魔女はクロムに泣きながら謝罪し、やめてもいいのだと何度も言っていたのだが、クロムはとうに覚悟の上。生命が尽きるのを、穏やかに受け入れていた。
そのために何ヶ月も前から遺書を用意しておいたし、ミアにも怪しまれずに渡せたはずだ。
「ごほごほっ……、思ったより、吸収スピードが早いな。それとも、最初から……、ぐっ。ごほごほ、ごふっ!」
咳き込んだクロムの手のひらには、赤い血が付着していた。
家族を置いて隣国から逃れ、神殿騎士となり、ステラとジュードを教会から逃したものの、結局ジュードを死なせてしまい。
数年がかりで見つけた自身の娘は、自らの意思で自分と妻との記憶を捨てたという。
息子の方も、魔族の策略に利用され、不幸な道を歩んでいた。
「はぁーあ。逃げっぱなしの人生だったな。だが――」
リリーやウィリアムのように、未来ある若者の生命を犠牲にする必要など、ない。
こんな役回りは、俺みたいにくたびれた人間に任せておけばいいのだと、クロムは本気でそう思っている。
「――最後に一花咲かせてみせますか」
血のついた口まわりを、袖口でぐいっと拭う。
そうして、彼は、にやりと笑った。
――クロムは王国に来てから初めて、自身の選択を誇りに思っているのだった。
12
あなたにおすすめの小説
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない
当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。
だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。
「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」
こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!!
───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。
「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」
そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。
ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。
彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。
一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。
※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。
みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。
同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。
そんなお話です。
以前書いたものを大幅改稿したものです。
フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。
六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。
また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。
丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。
写真の花はリアトリスです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる