氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第五章 戦いのあと

5-33 ひどい二択だ

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 その後。
 魔女の館の中も外も、総動員でくまなく探したものの、結局魔剣はどこからも出てこなかった。

「……自然に消えたということはないのか?」

「姿こそ変わっていたが、あれは元々、魔法騎士団から配給された剣だろう。元の形に戻ることはあっても、消えてしまうことはないのではないか?」

 騎士の一人がぼやき、ウィル様が指摘する。

「ええ、私もそう思いますわ」

「だよなあ……」

 私も頷いてウィル様に同意を示すと、騎士は肩を落とした。

「……おのずから、ここを出て行ったのかもしれんのう」

 魔女はため息をつき、空を見上げてそう呟く。

「剣が……自分で動いて、出て行ったとおっしゃるのですか?」

「うむ。先程言ったように、想定していたよりも吸収した呪力が少なかったのじゃ。もしかしたら、あの剣に自らの真の分体を隠して、機を見てここを去った可能性もある」

 信じられない話だけれど、闇魔法には謎が多い。
 姿を見えなくすることも可能だし、もしかしたら、結界外に飛んでいく飛行型の聖獣にこっそり張り付いて、出て行ったとか……そういうこともあるかもしれない。

「じゃが、心配はいらぬぞ。奴が人型の魔族として復活するには、呪力が全く足りぬはず。大きな戦や災害が起きない限りは、呪力をため直すまで何百年もかかるはずじゃ。――つまり、人の世は、ひとまず平和を迎えたということじゃな」

 魔女は、私たちを安心させるように、そう言って笑顔で締めくくった。

 あとは、聖女たちが到着次第、魔女に解呪を施すだけ。
 それが上手くいけば、もう人々が魔王の脅威に震えることはなくなるのだ。





 魔剣探しを諦めて館に戻ると、リビングのテーブルに、魔法騎士団の制服が畳んで置かれていた。
 その上には、使い込まれた剣帯と、空の鞘が乗せられている。――シナモン様のものだ。

 シナモン様は私服に着替えを済ませていて、客室の窓際に立ち、外をただぼんやりと眺めていた。

「シナモン。どういうつもりだ?」

 魔法騎士団長であるオースティン伯爵が、シナモン様に話しかけると、彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
 かつて好戦的な光を宿していたその目には覇気がなく、怒られて傷心している子供のように、目も合わせず下を向いている。

「……団長。今まで、お世話になりました」

 シナモン様は、うつむいたまま、深く頭を下げた。

 沈黙が場を支配する。

 ややあって、口を開いた伯爵の声は、冷たく鋭いものだった。

「――このまま何の処分も受けることなく、魔法騎士団を辞めるつもりか?」

 ぴくり、とシナモン様は肩を揺らす。
 しかし、その顔を上げることはない。

「聞き方を変えよう。お前はもう、魔法騎士を続けたくはないのか」

「……魔法騎士を、続ける……?」

 シナモン様は、その言葉に反応して、少しだけ頭を上げる。

「ああ。まずは始末書だ。その後は、そうだな……謹慎処分……いや、それよりも、魔法騎士としての心構えを一からたたき直す必要があるな。イグニ隊の隊長あたりが絞ってくれるだろう。新人騎士に交じって、鍛え直してこい」

 シナモン様は、信じられないものを見るような目で、伯爵を見上げた。

「でも……でも、私は――」

「――今回は」

 シナモン様が反論しようとする言葉を、伯爵は少し大きな声で遮った。

「誰も、被害者を出さなかった。死の山の噴火と魔獣から魔女殿を守るという任務も、成功している。お前がウィルに負わせた傷も、お前の身体を乗っ取った魔族が出した『闇』による被害も、すべてミア嬢が治療済みだ。それに――」

 オースティン伯爵は、優しい笑みを、ふっと浮かべた。
 伯爵の笑顔は、ウィル様以上に貴重だ。その目の細め方や口元の緩め方が、ウィル様とそっくりである。

「――団員の失敗の責任を負うとしたら、それは、上司である私だ。お前を採用したのは、魔法騎士団長である私なのだから」

「……団長……それは……そんなことは」

「さて。皆はどちらが良いと思う? シナモンがこのまま退団し、部下の身体を魔族に乗っ取らせてしまった失態の責任を取って私は辞任、シナモンは騎士の才を活かせず隠れ暮らすことになる未来か。それとも、魔女殿の機転と我々全員の活躍により、魔族の力の大半を封じ込めることに成功し、我々全員が英雄扱いされる未来か」

 私の隣でウィル様がぷっと吹き出し、「ひどい二択だな」と呟いた。
 私もふふっと小さく笑い、騎士たちも笑い始める。

「はは、考えるまでもないじゃないか」

「決まりだな、シナモン」

「……皆……団長……」

 シナモン様の紫色の瞳が、潤んでいく。
 彼女は、それを隠すように、再び深く深く頭を下げた。

「よし! そうとなったら早速始末書……は、そのまま書いたらまずいのか。だが魔剣についての報告書は作らねばならんから……ううむ、ウィル、手伝え。上手い言い訳考えるぞ」

「ぷっ。父上、言い訳って流石に開き直りすぎでは」

 ウィル様と伯爵は、笑いながら、リビングに向かっていった。
 騎士たちも、緊張が解けたかのように賑やかに談笑を始める。

「良かったのう、シナモン」

 魔女がシナモン様の肩をぽんと叩く。

「うっ、うっ」

 小さな嗚咽は笑い声に紛れ、透明な雫になって床へと吸い込まれていった。
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