氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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番外編

番外編 黒雷と紫電 前編 ★シナモン視点

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 シナモンの回想です。

――*――

 私は、キャンベル侯爵家の長女として生を受けた。
 当時は祖父が魔法騎士団長、父はイグニ隊の副隊長、母もテーラ隊に所属する魔法騎士。まさに、『英雄』キャンベルの系譜を継ぐにふさわしい一家であった。
 私も、物心ついた頃にはおもちゃの木剣を握り、魔力について学び、将来は強い魔法騎士になるのだと、当然のように考えていた。

 祖父や父は、よく魔法騎士団の訓練に私を連れて行き、見学をさせてくれた。
 母だけはそれに反対し、貴族令嬢としての教育を優先するべきだと訴えていたが、私自身、騎士たちの戦う姿を見るのが好きだったし、模擬戦に参加させてもらえるのが何よりも楽しかった。

 模擬戦で初めて大人の騎士に勝利したのが、五歳の頃だ。
 今思えば、もちろん騎士が手加減してくれていたのだが、相手の剣を弾き飛ばして自分の木剣を突きつけた瞬間の快感は、一生忘れることがないだろう。


 魔法騎士団の訓練には、私以外にも小さい子供が見学に来ていることがあった。
 緑色の瞳と、金色がかったごく薄い茶髪の、魔力の低そうな少年だ。
 彼は、女の子と見まごうような、美しく儚げな容貌で、その上、身体も弱いらしい。自分の足で歩いていることもあったが、前日に発作が起きたとかで、車椅子に乗って見学に来ることもあった。
 もちろん、彼が模擬戦に参加することはない。

 私は、ライバルとなり得なさそうな彼に、興味を持つことはなかった。ただ、自分が戦えるわけでもないのに、何度も訓練を見学に来ていることを、不思議に思った。

 機会があって一度会話を交わしたときには、彼は、私には到底わからない難しい魔法理論の話をし始めた。
 私が、「知識が戦いにおいて何の役に立つんだ」と言うと、彼は悲しそうな顔をして、饒舌に話していた言葉をぴたりと引っ込めた。
 それ以来、いくら機会があろうとも、彼が私と話をしようとすることはなくなった。やがて、彼が訓練場に顔を出すこともなくなり、私はすっかりその少年のことを忘れ去ってしまったのだった。



 私が初めて騎士に勝利してから数ヶ月ほど経った、ある日のこと。父が、イグニ隊の隊長に昇進することが決まった。
 祖父と父母は数日間の休みをもらい、私と、三歳になる弟を連れて、近くに穏やかな川が流れる、静かな森のコテージへ、キャンプに出かけることになった。

 コテージも含めて、キャンベル侯爵家の私有地である。
 王都の喧噪から離れ、森林浴をしたり、川で釣りを楽しみながら、使用人も最小限に、家族水入らずでのんびりと過ごす。
 祖父たちは、戦いを忘れて穏やかな気持ちになれる時間も必要なのだというが、私にはあまりよくわからなかった。

 あるとき、祖父と父が、暇を持て余している私に、特別な模擬戦を見せてくれることになった。
 祖父は、異国で広く使われている、片刃で反りのある細剣を両手に持つ、二刀流の剣術での勝負。
 対する父の得物は、キャンベル侯爵家に伝わる家宝、『英雄の槍』だ。

 その勝負は、見事と言うほかなかった。
 二人とも達人であるため、相手に無闇に傷を負わせるような戦い方はしない。
 速く、力強く、相手の動きを読み、動く。
 それは確かに戦闘なのだが、まるで洗練されたダンスを見ているかのように、優雅で美しかった。

 模擬戦のあと、私は父にねだって、『英雄の槍』を持たせてもらった。
 ずしりと重く、なのに力が湧いてくるような、不思議な感覚がある。

 魔法騎士団から、祖父と両親に宛てて魔法通信が入ったのは、ちょうどそのときだった。
 私が槍をまじまじと観察して離さないので、「遠くへ行くな、扱いには注意しろ」と言い残し、父と祖父は私を残してコテージの中へ入っていった。
 私も普段から武器を扱っていて真剣の扱いも学んでいたし、獣も出ない地域なので、短い時間なら問題ないと判断したのだろう。

 しかし――これが、後に大問題を引き起こすことを、このときは誰も思っていなかった。


「なぁーんか、懐かしい力の匂いがするねぇー?」

 間延びした声がどこかから聞こえてきたのは、私が『英雄の槍』を手にしたまま、河原で座っていたときだった。

「誰だ!」

「わぁ、わぁ、そんな危ないもの向けて睨まないでよぉ。僕、痛いこと、好きじゃないんだぁ」

 私は声の主を探すが、見つからない。だが、どうやら川の方から聞こえてくるようだ。

「姿を現せ。さもないとこの槍でひと突き――わっ!?」

 私は注意深く川へとにじり寄ったが、なぜか急に、今まで水のなかった場所まで水位が上がる。私は足を取られてしまったものの、槍で両手が塞がっていたので、頭から川へと突っ込んでしまった。

「ごぼごぼごぼ」

「わぁ、僕がお願いする前に、飛び込んでくれるなんて。ちょーっと待ってねぇ。賢者ちゃんのおうちまではすぐだよぉ」

 私は水の中から何かにすくい上げられたものの、意識を失ってしまった。――『英雄の槍』だけは、手にしっかりと握りしめたまま。



 目が覚めると、私は石造りの、小さな家のベッドに寝かされていた。
 水に落ちて濡れた服は脱がされており、かわりに、クマの絵がついたパジャマを着せられている。

「おお、目が覚めたのじゃな。すまんのう、うちの水竜が無茶をさせて」

 私に話しかけてきたのは、長い白髪と紅い瞳の、大人びた少女。しゃべり方は独特だが、見た目は私と同じぐらいの年のようだった。

「あなたは?」

「わらわは、魔女と呼ばれておるのう。それで、そちの願いはなんじゃ?」

「願い?」

「なんじゃ? そちには、願いはないのか?」

「目標とか、夢とか、そういうことか? それなら――私は、最強の魔法騎士になりたい。それで、いつか魔法騎士団長になって、お祖父様みたいに、みんなに『英雄』と呼ばれる存在になるんだ」

 私がそう願いを告げると、魔女と名乗った少女は、目をぱちくりさせたのだった。
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