ヴァンパイア皇子の最愛

花宵

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第一章 目覚めたら吸血鬼……!?

1、悪夢の始まり

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 ハイグランド帝国の城下にある中央広場。
 そのど真ん中に飾られた少女の銅像――どう見てもこれ、子供の頃の私だ。

「こちらは奇跡の聖女様の銅像です。血嫌いの若様を虜にした人間の少女がモデルとなっていまして、その当時の姿を再現してあるのですよ」

 頭には麦わら帽子を被り、お腹に大きなポケットのついたオーバーオールを着た聖女様の銅像。背中にはご丁寧に木イチゴ採取用のカゴまで背負っている。
 この姿を見てどこが聖女なのか問いただしたい気分に駆られるのは、私だけではないはずだ。

 しかしこの吸血鬼の住まう国では、この少女像が聖女として大事に崇められているらしい。
 聖女像に向かって両手を合わせてお祈りをしていく者、花を供えていく者と、何かのご利益がありそうな雰囲気を漂わせている。

 そんな光景を見て、過去の自分が美化されすぎている現実に、思わず乾いた笑いが漏れた。

 何がどうしてこうなった……
 だった私が、になるなんて!





 どうしよう。
 足、挫いちゃった。

 朝食用のジャムが切れる。
 それに気づいた私は、忙しい母と姉の代わりにジャムの素材になる野いちごを裏山にとりにきていた。
 意気揚々と籠に野いちごを詰めこんだ帰り道、突如目の前に現れた蛇に驚いて足を滑らせた。その際、どうやら右足を痛めてしまったらしい。
 心配する母と姉に「歩き慣れた道だから大丈夫!」だと言い張って出てきた手前、この失態はかなり悔しい。

 何とか家に帰らないと!

 周辺に散らばった野いちごのを拾い集めると、右足に激痛が走る。
 我慢して籠に野いちごをつめたものの、これを背負いながら歩くのは難しい。
 しかも最悪なことに滑落した際、歩き慣れた道を外れた事で帰り道がわからなくなってしまった。
 自力で下山するのは無理だと諦めた私は、近くにあった大きな木に腰を下ろしてもたれかかる。

 そのうち家族が心配して自警団に連絡してくれるはずだ。幸い隣には野いちごの入った籠もあるから、空腹を紛らわすことも出来る。
 今はなるべく体力を温存して、助けを待とう。

「へくしゅん!」

 動かなくなったことで、少し肌寒くなってきた。このまま一晩野外で過ごすとなると、その寒さに耐えられるかどうか。
 震える自身の身体をぎゅっと抱きしめて、押し寄せてくる恐怖と不安にじっと耐えるしか無かった。

「助けて、フレディお兄ちゃん……」

 思い浮かべるのは、困った時にいつも颯爽と現れて助けてくれる憧れの人。隣の家に住む五つ年上の幼馴染み。自警団に所属するフレデリックの事だった。
 私は幼い頃から、フレディお兄ちゃんに好意を抱いていた。こんな所まで来てくれるはずはないと分かっていても、願わずに居られなかった。

「アリシア!」

 日が傾きかけた頃、聞き間違えるはずがない憧れの人の声が聞こえた気がした。
 これは夢なのだろうか。夢ならこのまま覚めないで欲しい。

「ここに居たんだね、よかった見つかって。心配してたんだよ、アリシア。寒かっただろう? これを使って」

 首に優しく巻かれたマフラーは、柔らかくて温かい。そして、仄かに香るシトラスの匂い。この香りの正体は……夢見心地で顔を上げた私の前には優しく微笑むフレディお兄ちゃんの姿があった。

「フレディ……お兄ちゃん……っ!」

 夢じゃなかった。恐怖と不安が一気にとれて、思わず涙があふれてくる。

「怖かったね、もう大丈夫だよ。帰ろう」

 優しく頭を撫でてくれるフレディお兄ちゃんの手は、とても大きくて温かい。おんぶしてくれる背中は広くて頼りになる。足をいたわりながらゆっくり歩いてくれる、そのさり気ない優しさも全てが愛おしくてたまらない。

 たとえ私の抱く好意と、フレディお兄ちゃんの抱く好意が重なることはないとしても。今この時だけは、少しでも長く傍で彼の温もりを感じていたかった。夢とはすぐに覚めてしまうものだから。

「アリシア! よかった……無事で本当によかった……っ!」
「レイラお姉ちゃん。心配かけてごめんね」

 私を見るなり、お姉ちゃんは駆け寄って抱き締めてくれた。

「いいのよ、あなたが無事に帰ってきてくれたから。それだけで私は嬉しいのよ……っ!」

 いつからだろう。お姉ちゃんのこの優しさを素直に喜べなくなったのは……と考えて、私はその答えをすぐに思い出す。

「レイラさん。アリシアは足を怪我していますので、手当をお願いしてもいいですか?」
「まぁ! それは大変! フレディも大変だったでしょう? 本当にありがとう」
「いえ! これくらいどうってことありませんよ。身体は鍛えてますから」
「さすがは自警団のホープね。頼りになるわ」
「いえ、そんな! 自分はまだまだで!」

 お姉ちゃんに褒められて、フレディお兄ちゃんの頬はみるみるうちに赤く染まる。その分かりやすい反応を見れば、嫌でも気付いてしまう。
 ずっと傍で見てきたから、なおのこと。フレディお兄ちゃんの気持ちが、お姉ちゃんに向けられているのを。ずっと前から知っていた。

 諦める事も、玉砕覚悟で告げる勇気も持てないまま、時間だけが過ぎていく。そうして十七歳を迎えた暑い夏の日、お母さんに呼ばれてリビングにいくと、そこには仲良く談笑するお姉ちゃんとフレディお兄ちゃんの姿があった。大事な話があると席に座らされ、嫌な予感がした。

「私達、結婚することにしたの」

 悪い夢なら覚めて欲しい。気付かれないように机の下で手をつねってみても、痛みは現実のものだった。

 失恋の痛みを抱えたまま、心から「おめでとう」と祝福出来なかった私に与えられた罰だったのかもしれない。二人の結婚式の後に、私の人間としての生が幕を閉じたのは。
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