ヴァンパイア皇子の最愛

花宵

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第一章 目覚めたら吸血鬼……!?

4、過去への決別

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「アリシア、ご飯よ。テーブルにお皿を並べてちょうだい」

 夢を見ていた。いつもの食卓の光景だ。母の作ったご飯を、姉が綺麗に飾り付けて、出来た品を私がテーブルへと運ぶ。
 温かい野菜のスープに、自家製のいちごジャムを塗った焼きたてのパンと目玉焼き。決して豪華ではないけれど、家族三人揃って食べる朝食はとても美味しかった。

 野菜スープを口に含むと、野菜の甘味と旨味の優しい味が口一杯に広がる。パンに手を伸ばすと、甘いイチゴジャムと香ばしいパンの美味しそうな匂いが食欲を掻き立てる。一口かじればザクッと軽い音を立てて、イチゴジャムの甘味を堪能できる。けれど今は、それがとても味気ないものに思えてならない。

「美味しくなかった?」
「そ、そんなことない! 美味しいよ!」
「アリシア、何だか顔色が……」
「気のせいだよ! 私は元気だよ!」

 言えるわけなかった。目の前に並べられたご飯より、心配して声をかけてくれた家族の方が美味しそうに見えるなんて。

 用意された朝食を無理やり噛み砕いて胃の中におさめた私は、家を飛び出した。

 ここにはもう、居れない。
 家族が美味しそうに見える、そんな化物が共に居ていいわけがない。
 私の帰れる場所は、もうどこにもなかった。

 夢の中で、ただ泣き続けた。もう帰れない故郷に思いを馳せて――


 ◇


 目覚めると、心なしか心はスッキリとしていた。あの夢の中に、一生分の涙を置いてきたかのような、錯覚を覚えるほどに。

 いつまでもウジウジしていても仕方ない。
 人間としての私は死んだ。それでも、人の理を外れてしまったとしても、自分はまだ生きている。この世に生を受けている。
 大切な人達に守られて生きてきたこの命を、自分から粗末にするわけにはいかなかった。

「お目覚めになられたのですね、姫様。お加減はいかがですか?」
「おかげさまでかなり良くなりました。ありがとうございます」
「それはよかったです! 私は姫様のお世話をさせて頂くメルムと申します。どうぞ以後、お見知りおき頂けたら幸いです」
「あの、私はアリシアと申します。メルムさん、姫様って……私を誰かと勘違いされているのではありませんか?」
「いいえ、アリシア様は私たちの国の姫様となるお方です。間違いではございませんよ。それと、メルムで結構です、姫様。でないと私、若様にしばかれてしまいます」
「あの、それってどういう……」
「残念ながら、私の口からはそれ以上お伝えできません。続きは若様から直接お聞きください。お呼びして参りますので」
「分かりました」

 メルムが退室した後、私はここが何処なのか探るため、部屋を見渡していた。置かれている家具は家にあったものと違い、とても値が張り高級そうなものばかりだった。
 寝ているベッドも、白いレースの天蓋が付いており、寝心地の良かった布団はふかふかで気持ちの良い上質の生地や綿が使われている。

 そこへ、ノックの音が鳴った。メルムに連れられてやってきたのは、昨日血を分け与えてくれた青年だった。

「具合はどうだ?」
「おかげさまで、かなり良くなりました。ありがとうございます。あの、私はアリシアと申します。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「そう言えば名乗ってなかったな、失礼。俺の名は、フォルネウス・ハイグランド。紅の吸血鬼の住まうこの地を管理している」

 従者を従え、とても良い身なりをされ、豪邸に住んでいる。さらにこの地を管理するお仕事をされている。それはつまり――

「あの、もしかして、吸血鬼の、貴族の方……ですか?」

 緊張で思わず声が震える。
 だって私はそもそも、このような豪華な屋敷に住む上流貴族様にお会いした事がない。自身がこの場にそぐわない現実だけを、ひしひしと感じていた。

「惜しいです、姫様。若様は紅の吸血鬼始祖の直系、ディートリヒ皇帝陛下の唯一のご子息、皇太子様であらせられます」
「皇太子様……す、すみません。私のような卑しい身分のものを助けて頂いて。大変ご迷惑をおかけしました」
「顔をあげてくれ、アリシア。君を望まぬ形で吸血鬼にしてしまったのはこちらの落ち度だ。我が同族が迷惑をかけた。本当にすまなかった」

 皇族であるフォルネウス様に頭を下げられるなんて、おそれ多すぎる!

「皇太子様こそ、お顔をあげて下さい。貴方は私を救って下さいました。それだけで充分ですから」
「どうして責めない。君には、その権利があるのだぞ。なのに何故……」
「人として生きたアリシアは、確かに死にました。私はもう、家族の元へは戻れません。ですが、それでよかったのかもしれません」
「何故、そう思うのだ?」
「姉の結婚式を、私は心から祝えなかったんです。家族になってしまった、本当のお兄ちゃんになってしまった彼の事が、ずっと忘れられなくて、お慕いしていたんです。だからきっと、バチが当たったんです」

 楽しそうに微笑みあって話をしているレイラお姉ちゃんとフレディお兄ちゃんは、とてもお似合いだった。
 妹である自分が暗い顔をしていては、優しい二人の事だ、とても心配をかけるだろう。もし抱いていた気持ちがバレてしまったら、そのせいで、お似合いの二人の仲がギクシャクしてしまってはいたたまれない。
 こうして距離をとれるのは、不幸中の幸いだった。バチがあたってよかったのかもしれないと、私は考えていた。

「そんなに、好きだったのか……?」
「はい。子供の頃からずっと、お慕いしておりました」
「そうか……辛い思いをしたのだな」

 目の前には、悲しそうに目を伏せたフォルネウス様の姿があった。その後ろで、メルムがハンカチを目に当てて必死に涙を止めようとしている。

「すみません、変な話をしてしまったせいで。昨晩夢の中でたくさん泣いたから、私はもう大丈夫ですよ。お世話かけました」
「アリシア、君が吸血鬼として不自由しないよう、ここでの生活は俺が責任を持って保証する。だから、ここを自分の家だと思って過ごしてくれ」
「そうですよ、姫様! 不束ながら、私がしっかりお世話させて頂きます!」
「いえ、そこまで迷惑をかけるわけには……」
「君が吸血鬼になってしまったのは、俺の監督不行届だ。迷惑をかけられたのはアリシアの方で、何も気にする必要はない。ずっとここに居てくれても構わないのだぞ」

 居候の身分でずっと居座るなど、そんな厚かましい事が出来るわけない。
 しかし知らない土地に、自分自身よくわかっていない得体の知れない身体で、どうやって生きていけばいいのか分からないのが現状だった。
 吸血鬼の国に居る以上、そこでの規則を学んでおかなければ周囲に迷惑をかけるだろう。

「ありがとうございます。それでは、こちらの生活に慣れるまで、お世話になってもよろしいですか?」
「勿論だ。だが、気に入ったならずっと居てくれて構わないからな」

 襲われたショックもあって、吸血鬼は怖い存在だと思っていた。しかしこうして自身を助けてくれた彼等もまた吸血鬼だ。人と同じように、吸血鬼にも悪い人と良い人が居る。そう考えれば、今までとそう変わらない気もした。

 こうして、私の吸血鬼としての生活が始まった。
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