ヴァンパイア皇子の最愛

花宵

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第一章 目覚めたら吸血鬼……!?

8、奇跡の聖女(フォルネウス視点)

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 紅の吸血鬼の住まうハイグランド帝国唯一の皇子として生まれた俺は、皇太子として大事に育てられた。
 文武両道をモットーに幼い頃から教育を受けて育ったおかげか、わずか五才にして魔力に目覚めた。しかしそこで大きな弊害が生じる。
 ハイグランド帝国で一番高い魔力を持つ父ディートリヒをも越える魔力に目覚めたせいで、まともな食事が取れなくなってしまった。

 魔力が高いほど血が美味しいとされているこの国で、俺より美味しい血を持つ者が居ない。
 誰にもらっても、血が不味すぎてとても喉を通らなくなってしまったのだ。

 子供のうちは両親から血をもらって育つのが普通なのだが、俺はそんな両親の血でさえ不味くてまともに飲めなくなってしまった。
 この由々しき事態に、医療チームが開発してくれた携帯食。血の味を感じないよう作られたタブレット型の血液錠剤だけが、今の俺にとって唯一の栄養源だった。

 そんな俺が九歳の頃。
 父に連れられ初めて人の住む領域であるリグレット王国へ足を踏み入れた際、誤って迷子になってしまった事がある。好奇心旺盛な性格故に見るもの全てが珍しく、気がつけば周囲には誰もいなかった。

 獣に追われ、森の中へ逃げるうちに帰り道さえ分からなくなり、途方にくれていた。しかも最悪な事に逃げる際、持ち歩いていた血液錠剤も落としてしまったらしい。
 日光に当たりすぎたせいか、身体にも力が入らなくなってきた。強い魔力を持ち、いくら耐性があるとはいえ、まだまだ子供だ。長時間日差しを浴びれば、吸血鬼の身体は弱体化してしまう。俺は近くの木に背を預けて腰を下ろした。
 そのうち誰かが見つけてくれるはずだと待つも、助けは来ない。喉が渇き、お腹が空き、不安で押し潰されそうになっていた時に、誰かがやってきた。

「大丈夫? こんな所で何してるの?」

 声をかけてきたのは、人間の少女だった。年の頃は俺と同じくらいか、少し下かくらいだ。大きなかごを背負い、その中には赤い果実がたくさん詰まっていた。

「帰り道が分からなくなってしまって……」
「じゃあ、私が案内してあげるよ。歩ける?」
「うん、だいじょう……」 

 立ち上がった瞬間、立ち眩みがひどく俺の体は横に傾いた。慌てて少女が支えてくれ、その場でゆっくりと座らせてくれた。少女は背負っていたかごから果実を取り出すと、笑顔で差し出してくる。

「よかったらこれ食べて。水分もとれるし、美味しいし、栄養もあるから」

 だが吸血鬼である俺にとって、それを食べても何の意味もなかった。

「ありがとう。でも、これではダメなんだ。俺は……その、吸血鬼だから」

 言った後に後悔した。
 人の住む地であるリグレット王国にとって、吸血鬼は人々を襲う怪物のような存在だという見解が一般的だ。俺がいくら人を襲う蒼の吸血鬼ではないと言っても、到底信じられないだろう。

「きゅうけつき?」

 少女は、きょとんとした顔で俺の言葉を復唱した。何かを考え込むように顎に手を掛けて首をかしげた後、信じられない言葉を口にした。

「それならわたしの血、のんで」

 差し出された少女の腕と顔を交互に見た後、俺は慌てて頭を左右に振った。

「俺が噛んだら、君を吸血鬼にしてしまう。だから飲めない」
「かまなければいいの?」
「うん」
「だったら……」

 採集用のハサミで、少女は自身の手を少しだけ切った。

「これならどう?」
「頂いても、いいの?」
「うん、どうぞ」

 差し出された少女の血を、俺は舐めた。いつもなら苦い味が口内に広がって美味しくないのだが、この時は違った。甘美でとろけるような少女の血は、今まで味わった事のない美味しさだった。

「ありがとう、おかげで生き返ったよ」
「もういいの?」
「うん、あまり吸うと君が倒れてしまうかもしれないから」

 必死に自制して、俺は飲み過ぎないよう気を付けた。

「少しここで休憩してから、私の村に戻ろうか。まだ身体、きついよね?」
「いや、動けないことは……っ」

 気持ちが焦ってしまい、立ち上がった俺の身体が再び大きく傾く。「無理したらだめ」と、そんな俺の体を少女は慌てて支えてくれた。

「ごめんね、本当は太陽の光が苦手で……」

 少しくらいなら大丈夫だろうと思ったのが、間違いだった。日光を浴びすぎたせいで、思うように身体が動かせなかった。

「ここだと光が当たるから、あっちの大きな木の下に移動しよう」

 俺が転ばないように支えながら、少女は誘導して座らせてくれた。

「日が落ちるまで、ここで待とう。村はすぐ近くだから、少しくらい休憩したって大丈夫だよ! きついなら横になってていいよ、私がきちんと見張ってるから!」

 俺の不安を取り払うかのように、少女はつとめて明るく声をかけてくれた。

「ありがとう。それなら少しだけ……」



 目を覚ますと、日が落ち空がオレンジ色に染まっていた。

「具合はどう?」
「かなり楽になったよ、ありがとう」

 少女は俺が寝ている間、ずっと傍で見張りをしてくれていたらしい。
 異種族の俺にここまでしてくれるとは、なんて優しい子なんだろう。

「それならよかった」

 優しく微笑みかけてくれる少女を見て、何故か動悸が激しくなる。
 反射的にバクバクとうるさくなり続ける胸を抑えた。

「どこか痛むの?」

 心配そうに俺の顔を覗き込む少女を前に、顔に熱が集まるのが分かった。

「ううん、大丈夫! それよりも、よかったら……」

 名前を教えて欲しいと言いたかったのに

「若様! 若様、いらっしゃいませんかー?!」

 その時タイミング悪く、遠くで俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

「どうやら迎えがきたみたいだ」
「わたし、呼んでくるね」

 遠ざかる少女の背中を見て、ズキンと胸が痛む。
 な、なんなんだ、この感情は。
 彼女は俺のために従者を呼びに行ってくれただけなのに。
 少女の案内で、俺は無事に従者と再会することが出来た。

「あの、良かったら名前を教えてもらえないかな?」
「アリシアだよ」
「アリシア、良い名前だね」
「ありがとう、わかさま」

 わかさま?!
 くそ、従者のせいでアリシアが俺の名前をわかさまと勘違いしてしまった。しかし外で身分を明かすわけにはいかず、訂正する事が出来なかった。

 その後、ハイグランド帝国ではアリシアの話題で持ちきりとなった。

 血嫌いで有名な俺が、唯一口にすることが出来た人間の少女アリシア。俺を救った奇跡の聖女として祭り上げられ、彼女はきっと未来の皇太子妃に違いないと、国民の間では囁かれていた。
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