士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第二十五章「水晶の龍」(9)

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 リザーディアン軍団が水晶龍の盾を運び出すため、意気揚々と古代迷宮に向かう中。
 僕たちはリザーディアンたちの歓待を受けることになった。
 でも、その前に、みんなにきちんと説明しなくてはならない。
 僕はみんなを一旦集落の入り口に集めて、アウローラのことと、夢の話を伝えた。

「……し、信じられない……。混沌と破壊の魔女アウローラが、あなたの中に……」

 ミスティ先輩が震える手で、僕の顔を触った。
 ふにふにと頬をつまんで、それから髪を触ったところで、テレサがコホン、と咳払いをする。

「私たちはアウローラの件はヴェンツェルくんから話には聞いていたけど……、水晶の龍の話は初めて聞いたわ」
「うん。みんなには初めて話す内容だよ。まさか、こんな形で関わってくるとは思わなかったから」

 僕はアリサに答える。

「まっちゃん、でもね、でもね、私思うんだけどさ……」

 妙に小声で、ユキが言った。

「まっちゃんの夢の通りだとすると、水晶の龍ってアウローラがぶっ殺しちゃったんでしょ? それって、結局勇者がぶっ殺したかアウローラがぶっ殺したかって違いだけで、結局人間が殺したことに代わりはないんじゃ……」
「うん、そうだね」
「そうだねって……」
「でもさ、よく考えてみて。リザーディアンたちが大事にしているのは、『はじまりの勇者』の時代からの『神龍』なんだ。ってことはつまり、リザーディアンが信仰しているのは『アウローラ以後の神龍』なんだよ」
「……わかるような……、ただの屁理屈なような……」

 ユキの素直なコメントに僕は笑いつつ、でも真面目に答えた。

「アウローラはむちゃくちゃな人だけどさ、彼女は彼女なりに世界のことを考えて何千年も僕らの暮らしを見守ってきたんだ。だから僕は彼女こそが『水晶の龍』だと思うし、リザーディアンが結果として彼女を信仰してきたことを間違いだとも思わないし、それをだましていることになるとは、正直思わないかな。話がややこしくなるからリザーディアンたちには言わないけどさ」
「そっか。あんたがそう言うんなら、きっとそうなんでしょうね」

 ユキは納得したように僕に微笑んだ。

(急にそういう顔をするなよ……、ドキッとするだろ)

 勇者が霊峰の谷底に落っこちた時はボロクソに言っていたのに、そんな勇者に盾を与え、リザーディアンが彼のことを糾弾した時には、300年間魔王軍と戦い続けた彼のことをかばった。
 混沌と破壊の魔女の本心なんて僕にはわかりっこないけれど、でも、あれは彼女の本心だったんじゃないかな、と感じた。
 そうして彼女のことを考えてみると、「うっかり殺しちゃった」と言っていた水晶の龍についても、彼女なりの経緯があったんじゃないかという風に思えてくる。

『……ありがとう』

 最初、聞き間違えかと思った。
 頭の中に聞こえてきたアウローラの声が、いつものアウローラの凛々しい声じゃなくて、普通の女の子みたいな声だったから。

 ……少し考えて、僕はただ、

(ん)

 とだけ答えた。



「でも、よかった」

 長老宅の座敷でお茶を飲みながら、メルが言った。

「あなたが、遠い場所に行っちゃったと思ったから……」
「うん、思った。……あなたって、ちょっとそういう所ありそうだもん」

 アリサが同調する。

「水晶の龍っぽいってこと?」
「ううん、急にみんなの前からいなくなっちゃうってこと」
「だったら、今のうちにもらっておかなくちゃね」

 ミスティ先輩がそう言って、座ってお茶を飲んでいる僕の肩に腕を回してきた。

「もらっておくって、何をですか?」

 テレサが警戒心MAXの顔でミスティ先輩を見上げる。

「決まってるじゃない、子種よ、こ・だ・ね」

 ミスティ先輩が僕の耳元でささやくと、メルがお茶をブバッと噴き出して、テレサの顔面に思いっきり降り掛かった。

「ひ、ひどいっ、メル様っ、な、なんで私に!?」
「ご、ごめんなさい……、わざとじゃないの……」

 メルが慌ててハンカチでテレサの顔を拭った。

「ミスティ様、後発のくせに、ちょっと年上ポジションでグイグイ行き過ぎじゃありません?」
「あら、あなたも私の次に後発のくせに、年下ポジションで甘えすぎだと思うけど?」
「違いますぅー! ミスティ様の次の後発はエレイン様ですぅー!」
「テレーゼ、落ち着くんだ、テレーゼ。キルヒシュラーガー家の人間としてのようをだな……」
「側室の座が許されているお姉様は黙っていてください!」
『エレイン、助けて……』
『あはは、でもみんなすっごく楽しそうだよ! あきらめて!』

 エレインがにこにこ笑いながら言った。

『それよりね、あの龍の姿、すっごくキレイだった。また見せてほしいな!』
『そっか、アウローラに聞いておくよ』
『やったー』

「オレ、やっぱりよくわかんないんだけど、結局まつおさんは水晶の龍とかってやつじゃないってことなのか」
「いや、半々ってとこなんじゃないか。まつおさんの中にいるアウローラが水晶の龍ってことなんだから」
「……キム、オレにもわかるように言ってくんない?」
「これ以上どうわかりやすくしろって言うんだ、花京院」
「リンゴは虫ではないが、虫が喰っているリンゴには虫も含まれているだろう?」
「おおっ、ジルベールって天才だな! それならオレもわかる! まつおさんは虫か!」
「な、なんでそうなるのだ……」
「ぷくく……ジルベールちゃん、あきらめないであげてね。花京院はいい子なの。ちょっとアホなだけなのよん」
「それにしても、ベルがあそこまでアウローラと親交を深めているとは……」
「でも、それって、いいことなんでしょう?」
「そうだな、ミヤザワくん。だが、私たち以外の人間からすれば大きな脅威になるだろうな。ベルがその気になれば、アウローラの力を意のままに扱えるということだからな」
「まつおさんはきっと、そんなことしないと思う」
「もちろん、私も同感さ。だから、他の人間が勘付かないように、私たちでそれとなく気にかけてあげないとな」
「うん、そうだね」

 僕たちが談笑していると、リザーディアンたちの部隊が、神輿のようなもので水晶龍の盾を掲げてこちらにやってきた。
 中型の盾一つに大げさに見えるけど、おそらく、装備可能な人間以外なら、この人数で動かさないと、とても重たくて運べないのだ。

(ちょっと申し訳ない気もするけど、みんないきなり殺されかけたんだから、このぐらいはやってもらわないとね)

『龍帝陛下、盾をお持ちいたしました!!』

 盾を運んでいたリザーディアン部隊を引率していた長老が一歩前に出て、魔法伝達テレパシーで僕に宣言した。

『あ、どうも』
(龍帝って何……)

 色々訂正させないとマズい気がしたけど、とりあえずリザーディアンは長老を含め、ほとんどヴァイリス語を話せないし、今日は疲れちゃったから、とりあえず今はこのままにしとこう。

『みんな、重かっただろうに、ありがとね』

 僕がそう言うと、リザーディアンたちが一斉にどよめいた。

『……どうしたの?』
『い、いえ、偉大なる龍帝陛下があまりにくだけた感じでお接しになられるので、下々の者が動揺しております』
『ああ、人間の姿をしている時の僕はこんな感じだから。これ、絶対だから。変える気ないから』

 僕はきっぱりと宣言した。
 アウローラが勝手にやったことに巻き込まれたんだから、これ以上めんどくさいことになってたまるもんか。

『し、しかし、それでは配下の者たちに示しがつきませぬ!! ……どうか、至尊のお方にふさわしい言動をば……』
『示し……、って言った?』

 僕は長老を見据えた。

『僕は君たちに麾下きかになることを許したけど、麾下きかになれ、とは言ってないよ。『示し』とやらがないと忠誠が保てないというのなら、僕たちのことは忘れて、この集落でのんびり暮らせばいいんじゃない?』

(よし、うまいこと言って面倒事を解決したぞ。これでリザーディアンたちはここでのんびりと幸せな毎日を……)

『今のお言葉だけで十分お示しになられました! 龍帝陛下!!!』

 長老とリザーディアンたちが涙を流して敬礼した。

(あ、あれ……)

 どうにも逆効果だったらしく、リザーディアンたちの忠誠心が完成してしまった。

(ねぇ、アウローラ。これ、たまに神龍として彼らの前に出ていってあげないとかわいそうだよ……)

 僕は自分の中のアウローラに声を掛けた。

(本当はリザーディアンたちとは対等な友達になりたかったんだ。でも、こうなってしまった以上は仕方ないから、僕も面倒みるからさ。たまに顔だしてあげて。きっと喜ぶから)

『我が伴侶の願いとあらば、否とは言えんな』

(でさ、少しずつくだけた関係になって、「へへー!」とか「ははー!」とかいちいち言わせないようにしてくれない? 僕そういうの嫌いだから、領内でも使用人すら雇ってないってのに……)

『それは難しい。私には気品がありすぎるからな。むしろそなたの得意分野ではないか?』

(……品がないと言われているようでしゃくだけど、たしかにその通りだね……。じゃあ、せめてあの呼び方だけでもどうにかなんない? 龍帝陛下はまずいでしょ!)

『我は神龍なのだぞ? 神に対し帝呼ばわりなど、むしろ無礼だとは思わんか?』

(そ、そんなことは知らないよ! ユリーシャ王女殿下とか、魔法伝達テレパシーの傍受ができるんだぞ? 自分を陛下とか呼ばせていると知ったら、絶対絞め殺される……)

『ふふふ、わかった。それでは、私がもっとハイセンスな尊称を考えておいてやろう』

 本当に大丈夫なんだろうか……。
 そんなやり取りをアウローラとしているうちに、僕の眼前に水晶龍の盾がリザードマンたちから差し出された。

「これが、水晶龍の盾……」
「きれい……」

 メルや他のみんなが息を飲むのを感じる。

 透き通った水晶同士が反射しあった美しい盾は、屋内であるにも関わらず、どの角度から見てもキラキラと輝いている。
 太陽光線の美しさ、力強さをそのまま体現したような盾を、僕は緊張しながら受け取った。

「うわ、軽っ……」

 僕が手にとった瞬間、リザーディアンたちが大きくどよめいた。

「我らがこの人数でなければ運べなかった水晶龍の盾をやすやすと……、や、やはりこの方は……、ううっ、ご先祖様……今この光景を天から見ておられますか……っ……」

 代々、この日が訪れるのを悲願としていたリザーディアンたちの感激がいかばかりのものなのか、想像も付かない。
 せめて、そんな彼らの気持ちを斟酌しんしゃくして、僕は左手に持った水晶龍の盾を高々と掲げた。

 太陽の光を浴びた水晶竜の盾がリザーディアンたちを照らし、オオオオオオオオッ、という盛大な歓声が上がる。

(盾はこんなに軽いのに、もっと重たいものを背負わされちゃった感じだ)

『ふふ、私と一緒に背負ってくれること、ありがたく思うよ』

(しょうがないよね。どうやら、君とは一蓮托生みたいだし)



 その日の夜。
 リザーディアンたちの集落で一泊させてもらうことになった僕たちは、帰路の打ち合わせを終えて、それぞれの天幕で床についていた。
 色々あったからきっと眠れないだろうと思っていたんだけど、ずっと気を張っていたせいもあってか、気がついたら熟睡してしまっていた。
 
 ふわっと髪をなでられるような心地よい感触。
 鼻孔をくすぐる、ほのかな薔薇の香り。
 僕がぼんやりと目を開けると、黒髪の美女がこちらをじっと見つめていた。

「……え、え、ミスティせんぱ……」

 僕が慌てて声を上げようとすると、ミスティ先輩が僕の口元に人差し指を当てて、

「しーっ」

 と言った。
 黒い革鎧から覗く素肌が月明かりを浴びて、とてもなまめかしく映る。
 昼間に先輩が子種がどうこう言っていたのを思い出して、僕は自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。

「ね、試してみたいでしょ?」
「え……」

 横になった僕の髪を優しく撫でながら、ミスティ先輩が僕の瞳を覗き込んだ。
 ショートカットの黒髪が夜風でさらさらと揺れて、濡れた瞳が僕の目を捉えて離さない。

「試してみたくない?」
「は、はい……」

 僕は思わず、そう答えてしまった。
 そんな僕を見て、ミスティ先輩は優しく微笑んだ。

「嬉しい。私も同じ気持ちだったから……」

 ミスティ先輩はそう言って、僕の腕に手を伸ばして……。
 カチャン、と何かを僕の腕にはめた。

 この腕輪は……見覚えがある。
 たしか若獅子祭の時の……。

「せっかくだから、試してみましょ? 新しい盾」
「ま、ままま、まままままま……」
「ま?」
「まぎらわしいんじゃー!!!!!」

 まぎらわしいんじゃー!!!!!
 まぎらわしいんじゃー!!!!!
 まぎらわしいんじゃー!!!!!
 まぎらわしいんじゃー!!!!!
 まぎらわしいんじゃー!!!!!

 僕の魂の絶叫が、深夜のリザーディアンの集落に響いた。
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