105 / 199
第二十五章「水晶の龍」(10)
しおりを挟む
10
「ちょっと! まっちー君! 真面目にやって!!」
召喚体での模擬戦開始直後、ミスティ先輩が手の平に呼び戻そうとした天雷の斧が後頭部に命中して、召喚体の僕は開始0秒ぐらいで死亡した。
「実戦だったら今ので死んでるよ!」
(ひ、ひどい……)
疲れて寝ているところを起こされてみたらお色気ムンムンの先輩がいて、夜這いでもされるのかと思ったらいきなり金星冒険者としての一騎打ちが始まって、後頭部からいきなり斧が飛んできたら、そりゃ現実世界でも死んでる自信があるよ。
でも、これは、ちゃんとした試合になるまでは解放してもらえなそうだ。
冒険者である以前に探検家であるミスティ先輩は、言ってみれば宝具マニアなのだ。
君主専用装備の水晶龍の盾なんて、実際に試してみたくて仕方がないのだろう。
そもそも、若獅子祭で使われたこの召喚体を作る腕輪も、たしかそこそこの宝具だったはずだ。
「もう一回やるわよ? いい?」
「は、はい……」
有無を言わせないミスティ先輩の勢いに負けて、僕はそう答えた。
シュルルルルルルッ!!!
「おわっ!!!」
開始直後に、今度は右側面から飛来した天雷の斧を間一髪でかわすと、斧は回転しながらミスティ先輩の右手に戻った。
(完全に初見殺しだよね、あれ。……ずるい)
予測不能な背後からいきなり斧が戻ってくるところから始まる理不尽さ。
来るとわかっていても恐ろしい技……というか、そもそも技なんだろうか。
斧を装備するという動作自体が強力な武器になっている。
「いくよっ!!」
真紅のマントをひるがえして、ミスティ先輩がこちらに向かって前進する。
なるほど……、マントで天雷の斧が隠れて、軌道がわからない。
(でも、斬り上げで来ることはわかっているから、こちらから見て左下から右上方向に来るはず)
そう判断した僕は、水晶龍の盾を引き寄せ、左側に弾くことができるように意識を集中する。
ところが……。
「ハァッ!!」
(上?!)
ミスティ先輩は、右腕をマントの中で後ろから回転させて、縦方向に振り下ろしてきた。
(速いっ、盾じゃ間に合わない!!)
僕はそのまま身体を右に転がるようにさせて斧の一撃をなんとか回避する。
「さすが、いい判断ね。……でも、ちょっと考えすぎかしら」
「はは、それ、みんなからよく言われます」
ミスティ先輩と距離を取ってから、僕は再び小鳥遊を構える。
ミスティ先輩の左手には、中型の盾。
黒光りする革鎧と同じ漆黒の盾の中央には、美しい薔薇の紋章が施されている。
水晶龍の盾と同じく、中型盾にしてはかなり大きく、だがとても軽そうに見える。
宝具マニアのミスティ先輩のことだから、おそらくなんらかの魔法金属でできているのだろう。
「ハァァァッ!!」
次はあえて斧をマントから出して斬りかかってきた。
先程の閃光のような動きとは真逆の、妙にゆっくりとした動作。
何かを誘っているのはわかるんだけど、意図が読めない。
ミスティ先輩のことだ、きっと予想外の攻撃を仕込んでいる。
普通ならありえないような、何か……。
(――っ! そうか!! 投擲だ!)
僕がその結論に達するのが、ほんの少しだけ早かった。
振り下ろされる斧の方向から、身体の軸をずらすように移動した瞬間、僕の左肩があった場所を天雷の斧が飛来する。
(あ、あぶねぇぇぇ!!!)
主力武器を投げるというのは本来、捨て身というか、最期のあがきのような時に使うような行為だと思う。
だけど、いつでもそれが手元に戻ってくるミスティ先輩なら話は別だ。
(でも、それありきの戦法だとしたら、まだ何かあるはず……)
ミスティ先輩は投擲した後も突進を続け、盾をかざしている左手に右手を伸ばす。
何か光るものが見えた!!
「くっ――!!!」
首を狙う素早い斬撃に、その武器が何であるかの確認もできないまま回避する。
(盾に短剣を仕込んでいるのか……)
僕の体勢が軽く崩れて、さらに追撃がくるかと思うと、ミスティ先輩は少し距離を取って、右手の短剣を再び盾に収納する。
(慎重だな……。追撃に来てくれれば反撃の余地も見いだせたのに……)
そこまで考えて、僕は自分の思考に何か強烈な違和感が残っていることに気付いた。
(い、いや、違う!! 追撃できないんだ!! さっさと右手を空けておかなくちゃいけない理由があったんだ!!)
「くそっ!! 判断が遅い!!!」
僕は自分の未熟さに心の中で舌打ちをして、そのまま身体を前に倒れ込ませた。
シュルルルルルッ!!と空を切る音とともに、ミスティ先輩が投擲した天雷の斧が、それまで僕が立っていた場所を通過して、ミスティ先輩の手元に戻った。
「まっちー君ってやっぱりすごいんじゃない。私のコレを回避できる冒険者はそうそういないわよ?」
「……先輩の技って、どれも初見殺しすぎません?」
「あら、普通の戦いは全部初見よ? だって、負けた方は死ぬんだもの」
「……たしかに」
ミスティ先輩の言葉からは、歴戦の戦士の重みを感じる。
これが金星冒険者のレベルということだろうか。
「それじゃ、僕も初見殺しの研究をしてみようかな」
「えー、すっごく楽しみ! 私をどんな風に殺してくれるのかしら」
うっとりした表情で、ミスティ先輩が僕を見る。
戦ってみて思ったけど、盾と手斧という組み合わせはかなり厄介だ。
片手剣ほどの小回りは効かないけれど、盾で確実に動きを封じられると一撃必殺の斧が待っているから、迂闊な連続攻撃はできない。
しかも、斧の攻撃は重く、剣よりも防御する側の体勢が崩れやすいのが大きい。
つまり、ミスティ先輩は攻撃でも防御でも相手を崩すことができるのだ。
(しかもマントで動きを予測しやすい斧の軌道を隠し、距離が離れたら投擲攻撃。ひるんだ隙に短剣で追撃、忘れた頃に戻ってきた斧で再攻撃……エグすぎるぜ、ミスティ先輩)
この先輩を驚かせるにはどうすればいいんだろうか。
驚かせる。
(……あれ、やってみっか。できるかどうかわかんないというか、完全には絶対できないけど、原理だけはわかったから)
僕は小鳥遊を下ろし、身体を低くし、水晶龍の盾で半身を隠すように構える。
「あら、ずいぶん消極的ね。……それとも、私を誘っているのかな?」
「ウチは積極的な女の子が多いもので」
「くす……、そのジョーク、ちょっと好きよ」
ミスティ先輩は一気に踏み込んだ。
盾で斬撃を弾く「パリィ」をすることなど許さないような、重たい一撃が来る!
僕はあの時のことを思い出して、インパクトの瞬間に左足を大きく踏みしめた。
大地を踏みしめるダァァァァァァン!!という音と共に、左足の親指の付け根、いわゆる拇指球のあたりに地面を叩きつけた反作用の力が集中し、身体を螺旋のようにひねって、その力を足から膝、膝から腰、腰から背中、背中から肩、肩から肘、肘から左手の指先へと送り込むことをイメージして……。
「哼!!」
「っ――!!」
……盾と斧が交錯したはずなのに、まったく衝撃を感じなかった。
盾の衝撃を包み込むようにして、その衝撃をそのまま相手の方に送り込むイメージ。
ミスティ先輩が初めてのけぞった。
(チャンスは今しかない!!)
僕は小鳥遊を振り上げて、でも力を入れず、ふわっとミスティ先輩に振り下ろす。
その瞬間に、ゾフィアのようにすり足で身体を前進させて重心移動、加速を行い、右足で大地を踏みしめた力を利用して螺旋のように身体を回転させた。
「哈!!」
「きゃっ!!!」
盾でそれを受け止めたミスティ先輩の身体がガクッとその場に崩れ落ち、右手の斧を取り落した。
(やったか!?)
僕が勝利を期待するのも束の間。
「ヤァッ!!」
先輩は右手だけで片手倒立して、左足で僕の顔面を目掛けて蹴り上げてきた。
(うわっ!!)
弓のようにしならせた身体からほぼ垂直に突き出された槍のような蹴りを僕がかろうじてかわすと、今度は右足から蹴りが放たれる。
「くっ……!!」
肩口に鈍い痛みが走る。
だが次の瞬間、身を低くしたまま先輩の身体が回転して、今度は右足をかかと側から刈り取るような足払いが飛んでくる。
それをなんとかバックステップで回避している間にミスティ先輩は斧を拾い上げて、せっかく崩した体勢を整えてしまった。
「穿弓腿からの後掃腿……、先輩って体術の心得もあったんですね……」
「はぁ、はぁ……、あなたこそ……、まさか発勁を使ってくるとは思わなかったわ……」
(完全に見様見真似のまがい物なんだけどね……)
ミスティ先輩が使った技を知っていたのも、前に士官学校の授業でユキに使われたことがあるからだ。
あの時は、逆立ちした時にユキのシャツがめくれておっぱいが丸見えになったせいで、槍のように突き出した左足がアゴに思いっきり命中してしまって、気がついたら保健室のベッドだった。
ユキほどの一撃の重みは感じないけれど、速さはほとんどミスティ先輩も互角だと思う。
「ふふ……楽しい」
「僕も楽しいです、先輩」
……盾は全然試せてないけどね。
でも、あの「哼」、は状況によってはかなり使えるかもしれない。
覚えておこう。
(さて、先輩に楽しいって言ってもらったからには、もう少し頑張ってみたいところだけど……)
ここまで、ずっと受け身の戦い方だ。
というか、これまでの僕の戦いって、だいたい受け身なんだよね。
性格なのか、自分から攻めるのが苦手なのかもしれない。
(せっかくだから、自分から攻めてみたいな)
メルに褒められた、元帥閣下相手に放った突き。
右の袈裟斬りと見せかけて、途中で力を抜いて、刀身をすっと下げて突きを放つ。
あれはたぶん、ミスティ先輩には効かないだろう。
相性の問題だ。
斧の旋回性能とミスティ先輩の動体視力があれば、ギリギリで回避されてしまう気がする。
……というか、僕の剣技では、剣の軌道を見切られた時点でミスティ先輩には届かない気がする。
剣は長いから、ミスティ先輩のようにマントに隠すわけにはいかないし……。
(ん、隠す……、そうか)
僕はふと考えて、小鳥遊を鞘にしまった。
「あら、もうおしまいなの?」
ミスティ先輩が残念そうに言った。
「いいえ」
僕の右手はまだ小鳥遊の柄を握ったままだ。
そのままの姿勢で、僕は短い詠唱をする。
僕が安定して発動することができる、唯一の攻撃魔法。
「ウン・コー!」
「えっ!?」
小鳥遊の柄頭にある「アウローラの目」から、火球魔法が勢いよく飛び出し、驚いたミスティ先輩が慌てて盾を構える。
「勝機!!」
僕はその瞬間に一気にミスティ先輩の右足側まで走り込み、ミスティ先輩とすれ違いざまに小鳥遊を一気に振り抜いた。
「い、居合……ですって……?!」
驚愕するミスティ先輩の右腕から鮮血が噴き出し、真紅のマントがざっくりと裂ける。
(居合? 攻撃の間合いとタイミングがわからないようにしたかっただけなんだけど)
小鳥遊の鞘のすべりがすごく良いので、これは良い戦法かもしれない。
練習して、今後は僕の得意技にしよう。
左肘で刀身を挟み込んで血しぶきを拭って、僕は小鳥遊を再び鞘に納刀する。
アウローラの衣服はみるみるうちにミスティ先輩の血を吸い込んで、何事もなかったかのような光沢を放った。
「はぁ……好き」
ミスティ先輩がつぶやいた。
「あなたのこと、好きになっちゃったかも」
「初心な後輩を動揺させるのは卑怯ですよ、ミスティ先輩」
「あなたのどこが初心なのよ。生意気な後輩のクセに」
月光を浴びたミスティ先輩は、魅了されそうなほどに美しい。
黒薔薇のミスティと呼ばれる一流の戦士を、今僕は独り占めにしているのだ。
「でも……、勝つのは私!!」
月明かりの下でミスティ先輩はそう宣言すると、地を蹴り、空中で身体を半回転させて斧で斬りかかってきた。
「くっ!!」
鞘から刀が抜けない接近戦でケリを付けるつもりらしい。
僕はあえて後退せず、盾で先輩の斬撃の軌道を反らすように受け止め、鞘から小鳥遊をそのまま抜かず、鞘の方向を縦に向けてから抜いた。
接近戦や狭い場所でもこうすれば素早く剣が抜けると、直感でわかった。
「っ――!?」
ミスティ先輩は縦軌道の剣撃を盾で受け止めながら、同時に右手の斧で攻撃する。
体幹がよっぽどしっかりしていないと、こんな芸当はできないだろう。
だが……。
(今だ!)
僕はメルがよくやっていたパリィの光景を頭に強く浮かべて、左手の水晶龍の盾に全意識を集中する。
ミスティ先輩が、間合いを離したくない一心で、反射的に出してしまった斧の攻撃が、僕の盾で弾かれようとしたその時。
パシャッ――!!!
「ぅくっ!!」
水晶龍の盾を覆う結晶の形状が変化し、まるで水鏡のように月光を反射させ、ミスティ先輩の視界を奪った。
その瞬間……。
僕の小鳥遊が、ミスティ先輩の心臓を貫いた。
「ふふ……、苦戦するかもとは思ったけど……、まさか、本気の私が負けるだなんて……」
「こんな言い方がふさわしいかどうか……、いや、絶対ふさわしくないと思うんですけど……」
「なぁに……?」
僕に心臓を貫かれて、荒い息を吐きながら、ミスティ先輩が僕を見上げた。
月明かりに照らされた先輩は、まるで月の女神のように美しい。
「これってもう、ほとんどセックスですよね」
「……そう。私、あなたに貫かれちゃったのね」
「はい。貫いちゃいました」
そう言って笑った僕の唇に、ミスティ先輩の唇が近づいて……。
そこで、僕とミスティ先輩の召喚体は消失した。
「ちょっと! まっちー君! 真面目にやって!!」
召喚体での模擬戦開始直後、ミスティ先輩が手の平に呼び戻そうとした天雷の斧が後頭部に命中して、召喚体の僕は開始0秒ぐらいで死亡した。
「実戦だったら今ので死んでるよ!」
(ひ、ひどい……)
疲れて寝ているところを起こされてみたらお色気ムンムンの先輩がいて、夜這いでもされるのかと思ったらいきなり金星冒険者としての一騎打ちが始まって、後頭部からいきなり斧が飛んできたら、そりゃ現実世界でも死んでる自信があるよ。
でも、これは、ちゃんとした試合になるまでは解放してもらえなそうだ。
冒険者である以前に探検家であるミスティ先輩は、言ってみれば宝具マニアなのだ。
君主専用装備の水晶龍の盾なんて、実際に試してみたくて仕方がないのだろう。
そもそも、若獅子祭で使われたこの召喚体を作る腕輪も、たしかそこそこの宝具だったはずだ。
「もう一回やるわよ? いい?」
「は、はい……」
有無を言わせないミスティ先輩の勢いに負けて、僕はそう答えた。
シュルルルルルルッ!!!
「おわっ!!!」
開始直後に、今度は右側面から飛来した天雷の斧を間一髪でかわすと、斧は回転しながらミスティ先輩の右手に戻った。
(完全に初見殺しだよね、あれ。……ずるい)
予測不能な背後からいきなり斧が戻ってくるところから始まる理不尽さ。
来るとわかっていても恐ろしい技……というか、そもそも技なんだろうか。
斧を装備するという動作自体が強力な武器になっている。
「いくよっ!!」
真紅のマントをひるがえして、ミスティ先輩がこちらに向かって前進する。
なるほど……、マントで天雷の斧が隠れて、軌道がわからない。
(でも、斬り上げで来ることはわかっているから、こちらから見て左下から右上方向に来るはず)
そう判断した僕は、水晶龍の盾を引き寄せ、左側に弾くことができるように意識を集中する。
ところが……。
「ハァッ!!」
(上?!)
ミスティ先輩は、右腕をマントの中で後ろから回転させて、縦方向に振り下ろしてきた。
(速いっ、盾じゃ間に合わない!!)
僕はそのまま身体を右に転がるようにさせて斧の一撃をなんとか回避する。
「さすが、いい判断ね。……でも、ちょっと考えすぎかしら」
「はは、それ、みんなからよく言われます」
ミスティ先輩と距離を取ってから、僕は再び小鳥遊を構える。
ミスティ先輩の左手には、中型の盾。
黒光りする革鎧と同じ漆黒の盾の中央には、美しい薔薇の紋章が施されている。
水晶龍の盾と同じく、中型盾にしてはかなり大きく、だがとても軽そうに見える。
宝具マニアのミスティ先輩のことだから、おそらくなんらかの魔法金属でできているのだろう。
「ハァァァッ!!」
次はあえて斧をマントから出して斬りかかってきた。
先程の閃光のような動きとは真逆の、妙にゆっくりとした動作。
何かを誘っているのはわかるんだけど、意図が読めない。
ミスティ先輩のことだ、きっと予想外の攻撃を仕込んでいる。
普通ならありえないような、何か……。
(――っ! そうか!! 投擲だ!)
僕がその結論に達するのが、ほんの少しだけ早かった。
振り下ろされる斧の方向から、身体の軸をずらすように移動した瞬間、僕の左肩があった場所を天雷の斧が飛来する。
(あ、あぶねぇぇぇ!!!)
主力武器を投げるというのは本来、捨て身というか、最期のあがきのような時に使うような行為だと思う。
だけど、いつでもそれが手元に戻ってくるミスティ先輩なら話は別だ。
(でも、それありきの戦法だとしたら、まだ何かあるはず……)
ミスティ先輩は投擲した後も突進を続け、盾をかざしている左手に右手を伸ばす。
何か光るものが見えた!!
「くっ――!!!」
首を狙う素早い斬撃に、その武器が何であるかの確認もできないまま回避する。
(盾に短剣を仕込んでいるのか……)
僕の体勢が軽く崩れて、さらに追撃がくるかと思うと、ミスティ先輩は少し距離を取って、右手の短剣を再び盾に収納する。
(慎重だな……。追撃に来てくれれば反撃の余地も見いだせたのに……)
そこまで考えて、僕は自分の思考に何か強烈な違和感が残っていることに気付いた。
(い、いや、違う!! 追撃できないんだ!! さっさと右手を空けておかなくちゃいけない理由があったんだ!!)
「くそっ!! 判断が遅い!!!」
僕は自分の未熟さに心の中で舌打ちをして、そのまま身体を前に倒れ込ませた。
シュルルルルルッ!!と空を切る音とともに、ミスティ先輩が投擲した天雷の斧が、それまで僕が立っていた場所を通過して、ミスティ先輩の手元に戻った。
「まっちー君ってやっぱりすごいんじゃない。私のコレを回避できる冒険者はそうそういないわよ?」
「……先輩の技って、どれも初見殺しすぎません?」
「あら、普通の戦いは全部初見よ? だって、負けた方は死ぬんだもの」
「……たしかに」
ミスティ先輩の言葉からは、歴戦の戦士の重みを感じる。
これが金星冒険者のレベルということだろうか。
「それじゃ、僕も初見殺しの研究をしてみようかな」
「えー、すっごく楽しみ! 私をどんな風に殺してくれるのかしら」
うっとりした表情で、ミスティ先輩が僕を見る。
戦ってみて思ったけど、盾と手斧という組み合わせはかなり厄介だ。
片手剣ほどの小回りは効かないけれど、盾で確実に動きを封じられると一撃必殺の斧が待っているから、迂闊な連続攻撃はできない。
しかも、斧の攻撃は重く、剣よりも防御する側の体勢が崩れやすいのが大きい。
つまり、ミスティ先輩は攻撃でも防御でも相手を崩すことができるのだ。
(しかもマントで動きを予測しやすい斧の軌道を隠し、距離が離れたら投擲攻撃。ひるんだ隙に短剣で追撃、忘れた頃に戻ってきた斧で再攻撃……エグすぎるぜ、ミスティ先輩)
この先輩を驚かせるにはどうすればいいんだろうか。
驚かせる。
(……あれ、やってみっか。できるかどうかわかんないというか、完全には絶対できないけど、原理だけはわかったから)
僕は小鳥遊を下ろし、身体を低くし、水晶龍の盾で半身を隠すように構える。
「あら、ずいぶん消極的ね。……それとも、私を誘っているのかな?」
「ウチは積極的な女の子が多いもので」
「くす……、そのジョーク、ちょっと好きよ」
ミスティ先輩は一気に踏み込んだ。
盾で斬撃を弾く「パリィ」をすることなど許さないような、重たい一撃が来る!
僕はあの時のことを思い出して、インパクトの瞬間に左足を大きく踏みしめた。
大地を踏みしめるダァァァァァァン!!という音と共に、左足の親指の付け根、いわゆる拇指球のあたりに地面を叩きつけた反作用の力が集中し、身体を螺旋のようにひねって、その力を足から膝、膝から腰、腰から背中、背中から肩、肩から肘、肘から左手の指先へと送り込むことをイメージして……。
「哼!!」
「っ――!!」
……盾と斧が交錯したはずなのに、まったく衝撃を感じなかった。
盾の衝撃を包み込むようにして、その衝撃をそのまま相手の方に送り込むイメージ。
ミスティ先輩が初めてのけぞった。
(チャンスは今しかない!!)
僕は小鳥遊を振り上げて、でも力を入れず、ふわっとミスティ先輩に振り下ろす。
その瞬間に、ゾフィアのようにすり足で身体を前進させて重心移動、加速を行い、右足で大地を踏みしめた力を利用して螺旋のように身体を回転させた。
「哈!!」
「きゃっ!!!」
盾でそれを受け止めたミスティ先輩の身体がガクッとその場に崩れ落ち、右手の斧を取り落した。
(やったか!?)
僕が勝利を期待するのも束の間。
「ヤァッ!!」
先輩は右手だけで片手倒立して、左足で僕の顔面を目掛けて蹴り上げてきた。
(うわっ!!)
弓のようにしならせた身体からほぼ垂直に突き出された槍のような蹴りを僕がかろうじてかわすと、今度は右足から蹴りが放たれる。
「くっ……!!」
肩口に鈍い痛みが走る。
だが次の瞬間、身を低くしたまま先輩の身体が回転して、今度は右足をかかと側から刈り取るような足払いが飛んでくる。
それをなんとかバックステップで回避している間にミスティ先輩は斧を拾い上げて、せっかく崩した体勢を整えてしまった。
「穿弓腿からの後掃腿……、先輩って体術の心得もあったんですね……」
「はぁ、はぁ……、あなたこそ……、まさか発勁を使ってくるとは思わなかったわ……」
(完全に見様見真似のまがい物なんだけどね……)
ミスティ先輩が使った技を知っていたのも、前に士官学校の授業でユキに使われたことがあるからだ。
あの時は、逆立ちした時にユキのシャツがめくれておっぱいが丸見えになったせいで、槍のように突き出した左足がアゴに思いっきり命中してしまって、気がついたら保健室のベッドだった。
ユキほどの一撃の重みは感じないけれど、速さはほとんどミスティ先輩も互角だと思う。
「ふふ……楽しい」
「僕も楽しいです、先輩」
……盾は全然試せてないけどね。
でも、あの「哼」、は状況によってはかなり使えるかもしれない。
覚えておこう。
(さて、先輩に楽しいって言ってもらったからには、もう少し頑張ってみたいところだけど……)
ここまで、ずっと受け身の戦い方だ。
というか、これまでの僕の戦いって、だいたい受け身なんだよね。
性格なのか、自分から攻めるのが苦手なのかもしれない。
(せっかくだから、自分から攻めてみたいな)
メルに褒められた、元帥閣下相手に放った突き。
右の袈裟斬りと見せかけて、途中で力を抜いて、刀身をすっと下げて突きを放つ。
あれはたぶん、ミスティ先輩には効かないだろう。
相性の問題だ。
斧の旋回性能とミスティ先輩の動体視力があれば、ギリギリで回避されてしまう気がする。
……というか、僕の剣技では、剣の軌道を見切られた時点でミスティ先輩には届かない気がする。
剣は長いから、ミスティ先輩のようにマントに隠すわけにはいかないし……。
(ん、隠す……、そうか)
僕はふと考えて、小鳥遊を鞘にしまった。
「あら、もうおしまいなの?」
ミスティ先輩が残念そうに言った。
「いいえ」
僕の右手はまだ小鳥遊の柄を握ったままだ。
そのままの姿勢で、僕は短い詠唱をする。
僕が安定して発動することができる、唯一の攻撃魔法。
「ウン・コー!」
「えっ!?」
小鳥遊の柄頭にある「アウローラの目」から、火球魔法が勢いよく飛び出し、驚いたミスティ先輩が慌てて盾を構える。
「勝機!!」
僕はその瞬間に一気にミスティ先輩の右足側まで走り込み、ミスティ先輩とすれ違いざまに小鳥遊を一気に振り抜いた。
「い、居合……ですって……?!」
驚愕するミスティ先輩の右腕から鮮血が噴き出し、真紅のマントがざっくりと裂ける。
(居合? 攻撃の間合いとタイミングがわからないようにしたかっただけなんだけど)
小鳥遊の鞘のすべりがすごく良いので、これは良い戦法かもしれない。
練習して、今後は僕の得意技にしよう。
左肘で刀身を挟み込んで血しぶきを拭って、僕は小鳥遊を再び鞘に納刀する。
アウローラの衣服はみるみるうちにミスティ先輩の血を吸い込んで、何事もなかったかのような光沢を放った。
「はぁ……好き」
ミスティ先輩がつぶやいた。
「あなたのこと、好きになっちゃったかも」
「初心な後輩を動揺させるのは卑怯ですよ、ミスティ先輩」
「あなたのどこが初心なのよ。生意気な後輩のクセに」
月光を浴びたミスティ先輩は、魅了されそうなほどに美しい。
黒薔薇のミスティと呼ばれる一流の戦士を、今僕は独り占めにしているのだ。
「でも……、勝つのは私!!」
月明かりの下でミスティ先輩はそう宣言すると、地を蹴り、空中で身体を半回転させて斧で斬りかかってきた。
「くっ!!」
鞘から刀が抜けない接近戦でケリを付けるつもりらしい。
僕はあえて後退せず、盾で先輩の斬撃の軌道を反らすように受け止め、鞘から小鳥遊をそのまま抜かず、鞘の方向を縦に向けてから抜いた。
接近戦や狭い場所でもこうすれば素早く剣が抜けると、直感でわかった。
「っ――!?」
ミスティ先輩は縦軌道の剣撃を盾で受け止めながら、同時に右手の斧で攻撃する。
体幹がよっぽどしっかりしていないと、こんな芸当はできないだろう。
だが……。
(今だ!)
僕はメルがよくやっていたパリィの光景を頭に強く浮かべて、左手の水晶龍の盾に全意識を集中する。
ミスティ先輩が、間合いを離したくない一心で、反射的に出してしまった斧の攻撃が、僕の盾で弾かれようとしたその時。
パシャッ――!!!
「ぅくっ!!」
水晶龍の盾を覆う結晶の形状が変化し、まるで水鏡のように月光を反射させ、ミスティ先輩の視界を奪った。
その瞬間……。
僕の小鳥遊が、ミスティ先輩の心臓を貫いた。
「ふふ……、苦戦するかもとは思ったけど……、まさか、本気の私が負けるだなんて……」
「こんな言い方がふさわしいかどうか……、いや、絶対ふさわしくないと思うんですけど……」
「なぁに……?」
僕に心臓を貫かれて、荒い息を吐きながら、ミスティ先輩が僕を見上げた。
月明かりに照らされた先輩は、まるで月の女神のように美しい。
「これってもう、ほとんどセックスですよね」
「……そう。私、あなたに貫かれちゃったのね」
「はい。貫いちゃいました」
そう言って笑った僕の唇に、ミスティ先輩の唇が近づいて……。
そこで、僕とミスティ先輩の召喚体は消失した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました
月神世一
ファンタジー
「命を捨てて勝つな。生きて勝て」
50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する!
海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。
再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は――
「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」
途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。
子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。
規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。
「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」
坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。
呼び出すのは、自衛隊の補給物資。
高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。
魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。
これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる