あなたならどう生きますか?両想いを確認した直後の「余命半年」宣告

M‐赤井翼

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『あなたならどう生きますか?~両想いを確認した直後に「余命半年」の宣告を受けました~』

1-2「プロローグ」

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「プロローグ」
 2021年9月3日(日曜日)の午後十時。門真市の救急指定病院に指定されている門真総合病院の総合内科の待合室は、非常灯と総合内科の前の照明だけが点灯し静まり返っている。廊下の向こうにある総合受付は、非常灯だけに照らされ、ぼーっとしか見えない。平日の昼であれば、外来の患者で、待合室のベンチは埋まり、多くの病院関係者が忙しく行き来しているのだが、日曜日の夜間ということもあり、この空間にいるのは、緊急外来で来院しているか、救急車で運び込まれた患者か、その家族や関係者だけなのだろう。
 待合室にいるのは、クマの顔がついたフード付きのベビー服の小さな赤ん坊を抱いた父子と、一組の男女だけだった。女は大柄で、真っ黒な髪でショートカット。病院には、場違いな赤を基調とした派手な色調のレオタードに、真っ白な編み上げブーツ。三角巾で左腕を吊って車いすに座っている。その上に男物のグレーのジャケットを肩から掛けている。男は、スポーツ刈りで背中に大きく筆文字で「向日葵寿司」と白抜きで書かれた黒いトレーナーにジーンズ姿だった。

 「佐々木さーん」
診察室のドアが開き、看護師から待合室に声がかかった。赤ん坊を抱いた男が診察室に入っていった。半開きのドアからかすかに中の声が聞こえてきた。
「お父さん、安心してください。お嬢ちゃんの頭部のCT検査結果は問題ありませんでした。ただ、切傷部分は、三針ほど縫っています。もし仮に、今晩、嘔吐や発熱があった場合には、明日朝一に、再度、病院に来ていただくことになります。一応、痛み止めの飲み薬と熱さましの薬の処方箋を出しておきますので、病院を出たところに十二時まで営業している調剤薬局が入っているドラッグセンターがありますので、薬を受け取ってお帰りください。」
「ありがとうございました。助かりました。この子が階段から落ちて、頭からどんどん血が出てきた時はどうしたらいいのかわからなくて、取り乱してしまってすいませんでした。」
「世間のお母さんの八割はそんなものですよ。四日後に抜糸に来てください。では、お大事に。」
「先生、ありがとー。バイバーイ」
 四歳くらいで、頭に包帯を巻いた女の子が母親と思われる女性に手を引かれ、診察室の中に向かって先生にお礼を言い、手を振りながら出てきた。赤ん坊を抱えた男も何度も診察室の中に向けて頭を下げながら出てきた。
 四人家族は、薄暗い総合受付の方に消えていった。

 「安さーん。安稀世(やすきよ)さーん。」
看護師が待合室に声をかける。待合室で男が、レオタード姿の女の肩をトントンと指でつつき、開いた診察室を指さす。
「サブちゃんも一緒に来てくれへん?難しいこと言われても、私ひとりじゃわからへんし。後で、社長やリーダーのまりあさんにもきちんと状況を報告せなあかんから。お願い。」
と男に両手を合わせ、頭を下げた。(女子プロレスラー安稀世の一ファンでしかない僕がそこまで踏み込んでええのかなぁ?)と稀世からサブちゃんと呼ばれる男、長井三朗は、躊躇した。
「でもなぁ…。」
「もう一度、お願いや。サブちゃん、一緒に来てんか。」
再度、女が頭を下げた。看護師が、めんどくさそうに
「ご主人も一緒に入ってください。」
と言って、診察室の中に入っていった。(あー、主人じゃないんやけど・・・。)三朗は戸惑った。
「早く入ってくださいよ。」
とやや怒気を含んだ声が診察室内からかかったので仕方なく、稀世のコアファンの三朗も稀世の車いすを押して一緒に診察室に入っていった。
「お座りください。えーっと、お名前が・・・。」
初老の医師が、紙のカルテを繰りながら、老眼鏡をかけなおした。胸のバッチには「本田稔」と書かれている。
「安稀世。「やすきよ」といいます。プロレスの試合中に技を受け損ねてしもて、脳震盪と左肩脱臼で救急車でここに運ばれて来たみたいやねんけど…。そこは意識なかったからわからへんのです。二時間ほど前にレントゲンとCTとMRIっていう検査受けさせてもろてます。」
稀世が医師に答えた。
「はいはい、やすきよさんね。脱臼と脳震盪ね。まずは、脈と聴診と脱臼から・・・。」

 老医師は、稀世の脈と胸の聴診を手際よく済まし、デスクの前のパソコンのキーボードをたたいた。医師の前の24インチのモニターに電子カルテが映し出された。何度かクリックするともう一台のモニターに正面からと横からのレントゲン写真が二枚ずつ映し出された。各々、一枚目は入院時、もう一枚は、抜けた肩を入れる施術を作業療法士が行った後のものだろう。
「はいはい、きれいに入ってますね。関節部分に若干の損傷が見込まれますから、三日ほどは三角巾で腕吊って、安静にしておいてください。その後、七日までは、激しい運動や、重いものを持つことは避けてくださいね。念のため、触診しておきましょう。」
「はい、よろしゅうお願いします。」
稀世は、肩にかけたジャケットを三朗に渡した。
「あぁ、プロレスの試合中の事故って言ってましたね。」
と派手なレオタード姿の稀世に目をぱちくりさせた医師は、左肩周りを「痛みますか?」、「違和感ありますか?」と右手で突いたり、軽く掴んだりして聞いた。
「少しの痛みは感じるけど、大丈夫。過去にも脱臼は経験したことあんねんけど、今回は、療法士の先生上手に入れてくれはったみたいですわ。」
「はいはい、大丈夫そうですね。上着羽織ってもらって結構ですよ。次、ひとりで立ち上がれますか?」
稀世は、すくっと立ち上がった。ベッドから、車いすに移ったときのふらつきはもう感じられない。
「頭を上下左右に振ってみてください。めまいやふらつきはありますか?歩けますか?」
との医師の問いに稀世は頭を振って見せ、前に三歩、後ろに三歩歩いて見せた。
「大丈夫です。めまいやふらつきは無くなってます。歩くのも大丈夫です。」
「はい、では、もう、普通の椅子に座ってください。」
と医師は言い、丸椅子を稀世に差しだし、自分の席に着こうとした瞬間、医師自身がめまいを起こしたように後ろに振らついた。右手の着きどころが悪く、デスクの右端のデスクトップ型のパソコンの本体を倒し、床に倒れこんでしまった。モニターが消え、パソコンが再起動に入った。
「こりゃ、失礼しました。恥ずかしい話なのですが、夜勤の医師不足で、仮眠は取ってるんですが、かれこれ、七十二時間勤務でねぇ…。若い時は、一週間くらいの当直勤務はへっちゃらだったんですけど、さすがに還暦すぎるとねぇ。まあ、今日は、この先、救急搬送が無ければ、安さんでお終いなので、少し寝れますがねぇ…。」
と苦笑いをした。

 老医師は看護師に抱きかかえられ、恥ずかしそうに椅子に座りなおした。看護師が、パソコンの本体を立て直し、辺りに散らばったペンとカルテを拾いなおした。パソコンが再起動し、ウインドウズのホーム画面が立ち上がった。医師は、「電子カルテシステム」というアイコンをクリックしなおし、稀世に聞いた。
「ちょっと待ってくださいね。立ち上げに三分ほどかかりますので。ところで、安さん、過去に脳震盪の経験は?」 
「練習中に、何度かあります。どうしても、後頭部を打ち付ける技で、かける側の技が不完全やったり、受け身を取り損ねたら、もろに打ち付けてまうんで。ただ、救急車で運ばれるんは、初めてです。」
「私も、若い時はプロレスブームでよく見ましたが、若い女の子がやるもんじゃないですよね…。」
重い沈黙が部屋に流れた。稀世は不機嫌そうに医師を睨みつけている。それに気づいた医師が、そそくさと目をそらせ、モニターに向き直し、話しかけた。
「いや、これは、セクハラや説教ではなく、個人的な感想ですので気にしないでください。すいません。すいません。」
と頭をかく。睨んでいる稀世から目をそらせ、モニターに視線を移した。
「あぁ、再起動立ち上げ終わりましたね。脳神経、CT、MRI、「YASUKIYO」さんと…。アイコンボタンをクリックし、キーボード入力すると、医師の正面のモニターに電子カルテが表示された。一番上に「安キヨ」とある。下の方は、専門用語や横文字表示で何が書いてあるのかわからない。二台あるうちの左側のモニターは、稀世と三朗に近い側にあり、黒をバックに白い円が中央にある画像が映っている。右側の電子カルテを見る医師の表情が険しくなった。カルテ内容をマウスのホイールを回しスクロールさせる。医師は、デスクの引き出しから、ミネラルウォーターのボトルを取り出し一口飲んで言った。重い空気を感じた。稀世と三朗は真剣な表情でモニターに向かった。
「そちらのモニターに出ているのが、安さんの頭部をてっぺんから横にスライスさせて撮影したCTの映像です。今、中央に映っているのが、安さんの頭蓋骨の頭頂部です。」

 医師はマウスのホイールを回すと、中央の白い円が徐々に大きくなり中空の輪になり、さらに輪が大きくなると、中央に凸凹としたグレーの円形が現れた。医師は、椅子から立ち上がり、ボールペンで中央部を指し示し、
「これが、安さんの脳、外側の白い輪っかが頭蓋骨の外周です。わかりますか?」
と聞いた。稀世と三朗は同時に小さく頷いた。医師は、席に戻り、そこから素早くマウスのホイールを回した。外周の白い円が下側二ケ所で途切れたところで止め、説明に入った。
「この、外側の外周が途切れたところが「眼窩」、(医師の自分の目を指さし)眼球の入っている頭蓋骨の穴ですね。眼窩の上部なのでこのあたりですね。」
と眉毛を指さした。途中、不自然に早回しするところが気になったが、黙って医師の言うことを聞いた。続いて、中央部の脳の部分を胸のポケットから取り出した伸縮性のある指し棒を伸ばし、指した。
「先ほど言いましたが、グレーに映っているものが脳です。そのまわりで白く線状に移っているのが、脳の中の血管です。太いものから細いもの迄、多数の血管が脳の中や外周を取り囲んでいます。脳内で出血があると、その部分が画像上は黒くなります。脳の上半分を見てきましたが、安さんの場合、幸い大きな黒い影は見えませんでした。すなわち、大きな脳内出血は認められなかったということです。」
(ほっ。良かった。)稀世と三朗は、小さく息を吐いた。しかし、医師の表情は、先ほどよりもこわ張っている。

 続けて、ゆっくりとCTの画面は頭部下部へとスクロールしていった。眼窩の空間が徐々に広がり、今度は狭まっていく様子が分かった。鼻、口を通り過ぎ、画像はストップした。素人目に見ても、黒く映るであろう出血の固まりは無かったような気がした。医師が、再び、稀世に質問した。
「安さん、このところ頭痛やめまい、視野や聴覚に異常を感じることはありませんでしたか?些細なことで結構です。」
「そりゃ、練習後や試合でしこたま頭をぶつけた後はふらふらすることはありますが、日常生活では、特に感じることはあれへんかな?」
「自覚症状は「無し」ということですね。(医師が、何やらキーボードに打ち込む)今から、安さんとご主人には、大変ショッキングなことをお伝えしなければなりません。よろしいですか。」
「はい…。」
稀世と三朗は息を飲んだ…。


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