明日の君は俺を知らない。

マジ卍

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「ねぇ、俺のこと……少しずつでも思い出してくれたら嬉しい」

 蓮はそう言って、悠人の前に差し出したのは、一冊のアルバムだった。

 高校時代の写真、初めての旅行、誕生日に撮ったケーキの写真。
 それぞれのページに、確かに「ふたりの時間」が刻まれている。

 「……全部、俺……なの?」

 悠人はページをめくるたびに目を細めた。
 懐かしさと戸惑いが混ざったような表情だった。

 「うん。……お前が笑ってくれた日、俺、ずっと忘れてない」

 蓮の声は優しかった。でも、ほんの少し震えていた。
 忘れられても、それでも愛している——その矛盾を抱えたまま、蓮は悠人の隣に座っていた。



 それからというもの、蓮は毎日のように悠人と会った。

 病院の中庭でお茶を飲んだり、昔ふたりで行っていたカフェに連れて行ったり。
 「思い出させよう」とするよりも、「いまの悠人」と一緒に笑うことを選んだ。

 ——また、恋をしてもらいたい。
 そんな願いを胸に秘めながら。



 ある日、蓮がふと話した。

 「お前、白ごはんよりパン派だったよね。てか、バター塗りすぎて引かれたことあったじゃん」

 「……え、それって、俺?」

 「うん。俺が見ててひいたもん」

 悠人は思わず吹き出した。

 「……なんか、そういうの聞くと、不思議と信じられる気がするんだよな。お前が言うと、ほんとにあったことみたいで」

 「……うれしい」

 その笑顔を見ただけで、蓮の胸がじんわりと熱くなった。
 過去を思い出してくれなくても、今こうして一緒に笑えることが、何よりも大切だった。



 別れ際。悠人が、ふと立ち止まった。

 「……今日、蓮と過ごして思ったんだ」

 「ん?」

 「“好き”って気持ちって、記憶だけにあるもんじゃないんだなって」

 蓮の心臓が、一瞬止まりそうになった。

 「……それ、どういう……?」

 悠人は、少し照れたように微笑んで、ポケットに手を突っ込んだ。

 「わかんない。でも、なんか……“また”好きになってる気がする。
 自分でも、よくわかんないけど……お前を見てると、安心する」

 蓮は言葉を返せなかった。
 涙が勝手にあふれて、喉が詰まってしまったから。

 それでも悠人は続けた。

 「なぁ、蓮。俺……また、お前のこと知っていってもいい?」

 ——もう一度、恋をする。
 今度は“過去”ではなく、“これから”を作っていくために。

 蓮は、そっと頷いた。

 「もちろん。……俺も、もう一度、お前に恋するから」
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