明日の君は俺を知らない。

9

悠人が少しずつだけど、過去の記憶を取り戻し始めていた。
　それはまるで、閉ざされた扉がゆっくりと開くような感覚だった。

—

　ある日、二人はいつものカフェで過ごしていた。
　窓の外には淡い春の陽射しが差し込み、柔らかな風がカーテンを揺らす。

　悠人はじっと窓の外を見つめながら、ぽつりと言った。

　「なあ、蓮。前に撮ったこの写真、見たことある？」

　スマホの画面に映るのは、二人が笑い合う高校時代の写真だった。
　悠人の指が画面をなぞる。

　「これ、なんだかすごく懐かしい気がするんだ」

　蓮は優しく微笑んだ。

　「だろ？ 俺もこれ見るたびに、心があったかくなる」

—

　それからも、二人でたくさんの写真を見返した。
　そのたびに悠人の記憶はほんの少しずつ、戻ってくる。

　ただし、それは完全じゃない。
　記憶のかけらが散りばめられ、パズルのように繋がらない断片も多い。

　「昔のことはまだ完全に覚えてないけど、なんとなく心があったかくなる」

　悠人の言葉に、蓮は手を握った。

　「それでいいんだよ。今の俺たちの思い出も、これからどんどん増やしていこう」

—

　そんなある日。
　悠人がふと、口を開いた。

　「蓮、俺が病気のこと隠してたの、あの時は正直……怖かった」

　蓮は驚いた表情を見せる。

　「俺、いつもお前のこと守りたいって思ってたけど、守れない自分が情けなくて……」

　悠人の目はどこか弱々しく、でも真剣だった。

　「だけど、蓮のことを好きでよかった。あの時、離れても、またこうして……」

　蓮は深く頷き、そっと抱き寄せた。

　「俺もずっとお前のそばにいる。これからは隠さずに、一緒に歩こう」

—

　思い出が戻ることの喜びと痛みを抱えながら、
　二人は少しずつ距離を縮めていった。

　それはまだ完全な再生ではなかったけれど、確かに未来への一歩だった。