半日だけの…。貴方が私を忘れても

アズやっこ

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「お前は誰だ!誰に許可を得てここにいる!」


目の前で怒鳴り散らしているのは私の旦那様。


「はじめまして、私はリリー。貴方の妻です」


私は微笑んで答えた。


「俺の妻?俺は結婚していない。それに俺が好きなのはエマだ。お前じゃない」

「ええ、貴方の好きな人はエマ様です。なら私は貴方のお世話係とでもお思い下さい」

「世話係?世話など必要ない」


私の夫、ルイ様はベッドから立ち上がろうとした。

ガタ、ガタガタン


「ど、どう、なってる…。足が…、足が動かない……」


騎士達の手を借りて車椅子に座らせる。


「貴方の足は動きません」

「な、なぜだ…」

「貴方は盗賊を追って崖から落ち大怪我をしました。その時足が動かなくなりました」

「俺は騎士だ、こんな足では…。おい、俺の足は治るのか」

「治りません。それに貴方はもう騎士には戻れません」

「お前は悪魔か!」

「悪魔ではありません。私の頭に角が生えていますか?」

「そういう事ではない。もういい」


ルイ様は私から顔を背けた。

これは毎朝の日課のようなもの。もう2年このやり取りを毎朝繰り返している。私も初めは嘘をつき、足が治る、明日にはきっと良くなる、騎士にもう一度なれると言った。それに私達は結婚して5年だと、私は貴方の妻だと、私達は愛し合った夫婦だと、何度も訴えた。

それでも彼は忘れてしまう。

1年が過ぎた頃、私は本当の事を言った。足は治らない、騎士にはもう戻れない。彼はこの1年が嘘かのように暴れるのをやめた。

きっと本能で足は治らない、騎士には戻れないと感じとった。それでも妻だと名乗る私は治ると、騎士に戻れると言う。己との違和感、不安定な心を暴れる事で保っていた。

真実を知り、本能で感じとった思いと現実が重なり心が安定したのだと思う。



「エマはどこにいる?」

「エマ様は婚姻し今は伯爵夫人になりました」

「エマが伯爵夫人?そんな馬鹿げた話はやめてくれ。エマは俺と結婚すると言った。今すぐエマを連れて来てくれ」

「それは出来ません」

「お前が俺とエマを引き離したのか」


彼の初恋のエマ様は男爵令嬢でルイ様とは幼馴染み。幼い頃から二人は結婚の約束をしていた。

侯爵家次男のルイ様はエマ様の為に騎士になった。騎士で生計を立てる為に努力した。

彼はエマ様と結婚したら侯爵家ではあるけれど領地も持たない、権限もない分家になる。子供が産まれても侯爵家の跡継ぎにもなれない。名前だけ侯爵と付くけど侯爵家のお金を使う事は出来ない。生計はルイ様の騎士のお給金だけ、平民とあまり変わらない生活になる。

エマ様は平民と変わらない生活が嫌だった。侯爵夫人と言われても名前だけ。それに当主夫人よりも立場は低い。エマ様は彼を何とかして当主にさせたかった。自分を当主夫人という立場にする為に。裕福で贅沢な暮らしをする為に。

それでも彼はお義兄様の立場を奪うつもりも騎士を辞めるつもりもなかった。彼の頑なな態度でエマ様は彼に見切りをつけ伯爵家へ嫁いで行った。今は伯爵当主夫人。エマ様の望んだ立場になった。


エマ様との別れを選び独り身だった彼は私と婚約した。

「今まで好き勝手にやらせてもらった。騎士になりたい、ただそれだけで家の事は何一つしてこなかった。これからも騎士として生きていくと決めている。伯爵令嬢のリリー嬢には悪いが俺と結婚したら平民と変わらない生活になる。それでも良いか?」

初顔合わせで私は彼から言われた。



私の家は伯爵家でも裕福な方。好きな人もいない、結婚するなら政略結婚で構わないと思っている。私の友達達は18歳で結婚した。二十歳になっても婚約者もいない私は随分とゆっくりしていると思う。私は焦ってないんだけど。

彼との婚約話が決まったのも23歳の彼もまだ婚約者がいなかったから。彼と婚約を決めたのは単に彼の顔が私の好みだったから。

平民と変わらない生活と言っても最低限の使用人はいる。それに王宮勤めのルイ様のお給金は使用人のお給金を支払っても余る。別に贅沢をしたい訳ではない。住む家があり、食べる事ができ、お茶会や夜会に行くドレスが買えればいい。

あら、これって贅沢になるのかしら?

ルイ様は婚約してから私との時間を作ってくれた。ルイ様の休憩時間に合わせて王宮近くの公園で待ち合わせをし一緒に昼食を食べたり、仕事が終われば必ず伯爵家へ寄って庭を散歩し帰って行った。

ぎこちない笑顔が優しい笑顔になり、腕に手を添える一般的なエスコートから手を繋ぐようになった。

少しずつ寄り添いお互いが大事な存在になった。



ルイ様がエマ様の為に騎士になったのは有名な話。侯爵令息と男爵令嬢、美男美女の二人は身分違いの恋として恋に恋する私達の憧れだった。

憧れの身分違いの恋の二人が別れを選んだ時、恋とはたわいもないものだと17歳の私は思った。


あれから3年、ルイ様の隣に立つのが私だとはあの頃の私には想像も出来ない。それでも今私はルイ様の隣に立ちルイ様と婚約している。


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