54 / 152
隊長の言葉
しおりを挟む「リーストファー、お前もだ。お前の浅はかな行為がこいつ等を助長させた一因だ。己の感情だけで女性を軽率に扱った、恥を知れ」
おじさまの射抜くような鋭い眼光はリーストファー様に向けられていた。
「申し訳ありません」
リーストファー様は深々と頭を下げた。そして柵越しとはいえ、私の目の前で片膝をついて頭を下げた。
「申し訳なかった。俺は卑怯な真似をした、許されない過ちだった。心から謝罪する、本当に申し訳なかった」
「はい、謝罪を受け入れます。だからもう頭を下げないで下さい。
リーストファー様立って下さい」
立ち上がったリーストファー様に手を差し出せばリーストファー様は私の手に手を重ねた。
「その事はもう許しましたよ?だから私達は愛しあったんでしょ?違いますか?
私達夫婦は対等です。もう謝罪は必要ありません。彼等の手前必要だとは思いますが、これで最後にして下さいね?」
「ああ」
微笑み合う私達を横目に、おじさまの顔は優しい顔になっていた。
「申し訳ありませんでした」
私はさっき『すみません』と言った子と向かい合った。
「感情が表に出ても仕方がないわ、まだ貴方は若いもの。決して軽視しているわけではないのよ?貴方達はまだまだこれから経験する若人だもの、テネシー隊長のように感情を隠せなくても今は良いと思うの」
「おいおい、俺を年寄りだと言ってるのか?」
「若くはないですよね」
『確かにな』と、ククッと笑っているおじさま。
「それでも、テネシー隊長にも彼等のように若人の頃がありましたよね?色々な経験を詰んで、苦労もして、だから今の隊長になったんです。傷一つ一つに戦いの記憶があり、皺一つ一つには辛さや悲しみや悔しさを飲み込み刻まれたものです。それでも騎士として感情は表に出すものじゃないと笑うんです。だから隊長には若い頃から笑いじわが深く刻まれているんです。
辛い時こそ笑え、そう私に教えたのは貴方ですよ?」
「笑顔は希望だ。お前の屈託のない笑顔が俺の唯一の希望だった。人が存在する以上争いはある。戦だけじゃない、競争相手や意見の相違、金のいざこざ、男女の揉め事、兄弟の格差、争いの火種はそこら中にある。そしてそこで生まれる感情も人に与えられたものだ。喜怒哀楽、誰しもが持つ人間の感情だ。幼い頃は一晩寝れば忘れられた。だが歳を重ねれば一晩で忘れられなくなる。喜ぶ事が楽しむ事が悪に思えてくる。心は人から見えない、だからこそ人から見られる顔だけは笑う。どれだけ笑うのが辛くても無理してでも笑う。
『お前は命を守る為に剣を振るんだろ?なら心を守る為に笑顔という最強の武器を手に入れろ。笑顔には笑顔が返ってくる、その一時だけは争いのない世界だ。その一時を積み重ねろ、そしたら案外この世も悪いものじゃないと思えてくる。争いを恨むなら笑え、無理してでも笑え』
俺が昔、過酷な戦場で尊敬する人に言われた言葉だ。彼の周りには人が集まった。彼が笑えば皆が笑った」
おじさまは懐かしい昔を思い出すように遥か彼方を見つめている。
「だがな、若かった俺は戦場で笑いが許せなかった。皆が真剣に剣を振る場所で、誰かが死んだ場所で、どうして笑えると。俺達は真剣に剣を振ってる、度胸試しで来ているあんたとは違うと。
だが彼は言った『嘆き悲しむだけが弔いか?それも大事だろう。だがな、彼等は最期まで諦めずに剣を振り続けたんじゃないのか?この過酷な戦場から逃げ出さず、最期まで騎士として立派に戦ったんじゃないのか?なら彼等を称賛する言葉は『貴方は立派な騎士だ、英雄だ』だと俺は思う。英雄の最期は賛美だ、そして魂を無事に天に贈る為にも俺は笑う』
俺はこの偽善者がと思った。だが彼も嘆き悲しむ一人だった。皆が寝静まった闇夜に彼は亡骸一人一人に手を当て祈りを捧げていた。酷い時は明け方近くまで一人一人を弔った。あれだけ俺は笑うと言っていた人が決意した顔で、まるで志は受け取ったと言わんばかりに戦場で剣を振る。鬼公子なんて呼ばれていたがな」
フッと笑ったおじさま。
「だが日を追う事に疲弊し負の感情がたまる。剣を見るのも嫌だ、あの出撃の音も、地鳴りのような騎馬の音も、全ての音が恐怖になった。そんな時、前を行く彼の背中が俺を奮い立たせた。付いてこい、皆があの背中を追いかけた。俺とそう変わらない若者の背中に皆が付いて行った。
一戦が終わり陣へ戻れば、あれだけ忌み嫌っていたはずの彼の笑顔に救われた。一時でもあの惨劇を忘れられた。喉を通らなかった食事も誰かと話しながら食べれば食べれた。誰かと話せば自然と笑っていた。すぐ隣が戦場だと思えないくらい、陣は明るかった。
彼はいつも中心にいた。皆を鼓舞し乗り切る為にな…」
遥か彼方を見つめていたおじさまの視線が目の前の若者達に移った。
「いいかお前達、生きたいなら笑え、切り替えろ。ここは戦場じゃない、戦場とはかけ離れた場所だ。
知ってたか?死神の好物は負の感情だ。死神は正の感情が苦手だそうだ。まあ、俺も受け売りだがな。
死神に取り憑かれたくないなら、死にたくないなら笑え。笑いじわができるまで笑え」
皆が隊長の言葉を聞き入った。
55
あなたにおすすめの小説
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる