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最後の頼み

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どんな人でも、どんなに強い人でも、若かりし頃がある。彼等のように処理しきれない感情があった。争いを恨み平和を望んだ。

以前お父様に聞いた事があった。どうして戦場に参加していたのかと。一人息子のお父様に何かあればエルギール公爵家はどうなっていたのかと。

『確かに若い頃は無責任だった。だがな、自分の子供が生まれる世の中は争いのない世界にしたかった、ただそれだけだ』

公爵当主になりあまり笑わなくなったけど、お父様にも笑いじわは刻まれている。

疾風怒濤の時代で戦い続けたからこそ、今この国は安息の地になりつつある。

さっきのおじさまからリーストファー様への叱責、副隊長として皆の前で『まずお前が手本を見せろ』だと思う。

副隊長としてリーストファー様を慕う若者達。戦場での出来事、あの謁見の間の出来事、人一人の生涯を己の感情だけで弄んだ。

もし私が殿下と相思相愛だったのなら、私は一生リーストファー様を恨んだだろう。殿下との幸せな未来が待っていたはずなのに、リーストファー様の一言で不幸のどん底に落ちたはず。恨み合う私達に愛は生まれなかった。

尊敬する副隊長が私を軽率に扱った事で、彼等も私を軽率に扱ってもいいと思った。睨み嫌悪して己の感情をぶつけた。

まあ、それを私が気にするか気にしないかだけど。

でも、これが本当にか弱い女性なら自死を選ぶかもしれない。婚約者ってだけで忌み嫌われ、愛した人と引き離される。そして婚姻という鎖に繋がれ一生愛してもいない人に飼われるの。

私とリーストファー様が愛し合えたからこそ今私は笑っていられる。


「私は皆さんの謝罪を受け入れます。だからもう謝罪はいりません。今日初めて皆さんにお会いするのに、謝罪が挨拶なんて悲しいでしょ?これからは温かく迎えてくれるって約束してくれるなら、初めての挨拶は和やかな方が良いわ。ね?そう思わない?」


私は目の前の若者に、にこやかに笑った。


「ですが…」

「あら、貴方は被虐がお好み?それともうぬぼれ屋さん?

だって被害を受けた私が良いって言ってるのにまだ謝りたいようだから、てっきりそういう嗜好の持ち主なのかと思ったの。もしそうなら任せて、たっぷり罵倒してあげるわ」


顔を勢いよく横にふる若者。


「ならもう終わり。ね?」

「はい」


朗らかに笑った若者の顔を私は見つめた。


「ふふっ、お互い笑顔になったら争いのない世界になったわね」


私は自然と微笑んでいた。

それから若者達とにこやかに挨拶をかわし、若者達は稽古に戻って行った。

私は椅子に座り稽古風景を見ている。『私の旦那様は格好良いわ』と、ときめきながら見つめている。

真剣な顔で若者達に指導したり、ただ練習刀を持ちゆっくり歩く姿だけでうっとりするわ。そして時折見せる笑顔、心臓がはち切れそう。

私がリーストファー様だけを見つめているその後ろで、『フッ』と笑うロータス卿。少し離れた所で柵にもたれかかり稽古を見ていたおじさまは、にやにやと私を見ていた。


『失礼』と後ろに立っているロータス卿が席を外し私の隣に椅子を用意した。私は空席の椅子を眺め、顔を上げれば遠くから陛下の姿。

立ち上がり挨拶をしようとしたら陛下に手で制され、その場で出迎える。陛下が椅子に座り、促され私も椅子に座った。


「久しぶりだなミシェル」

「はい、ご無沙汰しております陛下」

「元気に過ごしていたか?」

「お陰様で毎日元気に過ごしております。陛下は、少しお痩せになられましたか?どこかご加減が…」

「至って健康だ」


稽古を眺めながら、久しぶりに陛下とたわいもない話をする。


「私は今幸せだ。あやつの、本来のリーストファーの姿を見れた。ミシェル、ありがとう」

「私は何も、彼自身が努力した結果です。私はただ側で見守っていただけです」

「だが感謝する。

もう領地の事は伝えたのか?」

「はい」

「そうか…、やるせない気持ちもあるだろうな」

「ですが私は陛下の意見に賛成です。あの地は彼しか治められません」

「ああ、私もそう思いミシェルに託した。やはりミシェルに託して正解だった」

「陛下のご期待に添えるよう精進してまいります」


久しぶりの陛下との会話を楽しむ。


「陛下、今度彼が育った辺境へ行く事になりました。その足で領地へ向かう予定です」

「道中気をつけるんだぞ」

「はい」

「リーストファーが側にいるんだ、心配はいらないか。

辺境伯には二人の婚姻は既に伝えてある」

「ありがとうございます。辺境へ向かう前に一度お手紙をと思っておりました。祝福して頂けると嬉しいのですが…」

「祝福していたぞ」

「本当ですか?」

「ああ、経緯には怒っていたがな」

「そこはまあ…、そうですよね…。それでも今の私達の姿をお見せできたらお分かり頂けると思っております」

「ミシェル」


陛下の和やかな声が真剣な声になり、私は背筋を伸ばした。


「はい」

「私の最後の頼みを聞いてくれないか」

「それは構いませんが、また王都に戻ってきます。それに最後だなんて…」

「頼む、最後の頼みだ」

「分かりました」


陛下の最後の頼みは驚く内容だった。

リーストファー様が何と思うかが不安ではあるけど。

でも、どうして最後の頼みなんだろう…。

私はその事ばかり考えていた。



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