126 / 152
尊敬か非情か
しおりを挟むリーストファー様が戻るまでお婆さんと少し世間話をした。その時知ったんだけど、お爺さんとお婆さんには息子さん家族がいる。息子さんは今も騎士としてバーチェル国の辺境を護っている。
この地がエーネ国の国土になると決まった時、息子さん家族は辺境へ移り住んだ。息子さんはエーネ国の国民には絶対になりたくないと言った。
息子さん家族はバーチェル国へ残り、お爺さんとお婆さんはエーネ国の国民になった。
お婆さんは悲しそうな顔で『仕方ありません。自分達家族の暮らしもままならないのに私達年寄りの世話まで見れませんから』そう言った。
「平民が住むこの家に価値はありません。当主が壊せと命じれば簡単に壊される家です。ですが夫にとってはご先祖様が唯一遺してくれた価値のあるものです。
ですが息子にとってこの家は何の価値もないものです。夫もそうですがお義父さんも家を建てていました。代々男児はその職業に就きます。声がかかればどこへにでも行きました。何ヶ月も帰ってこない、そんな事は当たり前です。夫はお義父さんを尊敬していますが、息子は夫を格好悪いと言います。貴族様が住む家を建てた事もありますが、雇われといっても出稼ぎのようなもの、その名を残せる訳ではありません。
この領地は元々辺境の騎士達の訓練場でした。まだ子供だった息子にとって騎士は憧れる存在になりました。息子は父親よりも騎士達に遊んでもらった記憶の方が多いと思います」
「でもそれは家族を養う為に家を留守にしていただけです。家を建てる人がいなければ安全な生活はできません。修復をする人がいなければ家は脆くなります。とても立派な職業だと思います。勿論騎士が立派な職業ではないと言っているのではありません。騎士も立派な職業です。騎士がいなければ治安が悪くなり安全に生活はできません。どちらが尊敬できるかできないか、比べようがありません。どちらも尊敬できる職業です」
「でも息子には騎士が格好良く見えました。父親の背中を見る機会はありませんが、騎士達の背中を見る機会は常にありましたから」
騎士に憧れる男児が多いのは分かる。女性から見ても騎士は格好良く見える。それでも家がなければ雨風をしのぐことはできない。安全な生活をおくる為に家も騎士も必要なもの。それでも身を守り寒さをしのげるのはやっぱり家。仮に外で暮らしていたとして、騎士が常に身を守ってくれる?寒さをしのいでくれる?
騎士達は外で暮らす人達には常に目を光らせている。盗みをしないか、誰かを襲わないか、それに浮浪者は街の景観を損なう。
家を建てても名は残せないかもしれない。騎士の方が名は残せるかもしれない。
息子さんの気持ちも分かるけど…。
確かに人の目に触れにくい職業かもしれない。それでも皆の生活を陰ながら支える縁の下の力持ちだと、ご主人の仕事は尊敬に値すると私は思う。
「元々夫と息子は口喧嘩が絶えませんでした。まだ夫がお金を稼いでいた時は良かったんです。ですが夫が仕事を辞めてから二人の関係は悪化しました」
お婆さんは辛そうな顔をした。
「夫はこの家より家族の方が大事だと、家族は一緒に暮らすべきだと言いました。エーネ国とのあの戦で友人の息子が亡くなりました。孫を亡くした知人もいます。この家も勿論大事ですが、息子と孫と一緒に暮らしたいと、息子家族に付いていこうと私達は決めていたんです。
息子から辺境で暮らす家を買いたいと言われ、父さん達がいつ来てもいいように部屋も用意するからと、夫が長年働き貯めたお金を渡しました。先に移住を決めた息子家族より少し後に私達も息子家族が暮らす家に行こうと決めていました。夫にはこの家と別れる時間が必要だったからです。そしてご先祖様に謝罪と別れをする時間が必要だったからです。
ですがいざ行けば私達の部屋はなく、本当に来たのかと、私達とは一緒に暮らしたくないと、お金も稼げない私達は邪魔だと、自分の家族を養うだけで精一杯なのに私達の面倒はみれないと、一緒に暮らしたいのならどこかで働きそのお金を家に入れろと、父親らしい事を一度もしていないのに老後だけ見ろと言うのは図々しいんじゃないのかと言われました。
夫は声を荒げることもなく静かに『親子の縁を切ろう』そう息子に言いました。『はなからそんなものはない』息子はそう言い、私達はここに戻ってきました。『エーネ国の民になろう。俺はこの家で死にたい』そう夫は言いました…」
俯いたお婆さん。
お爺さんは父親として生活の為に出稼ぎに出ていた。声をかけられ一度でも断れば次の声はかからない。
自分達が暮らす領地の中だけの家しか建てないと言っていたら生活は困窮する。王都や栄えている領地へ、何ヶ月もその地に留まり仕事をする。
父親として妻と息子を家に残し家を空けるのはお爺さんだって心苦しかったはず。それでも一家の大黒柱として家族を支える為に頑張っていた。
確かに他の父親のように毎日家にいる訳じゃない。仕事を受ければ数ヶ月会えない。それでも父親らしい事を何もしていない訳じゃない。家にいる間は家族を大切にしただろう。会えない分まで息子と一緒に遊んだだろう。
この家庭は領民の中でも割りと裕福な家庭だったと思う。食料を買える財力。家を買える蓄え。幼い頃から親の手伝いをしなくても自由に遊べた。だから騎士達の稽古を見に行けたのではないの?
子を捨てる親がいれば、親を捨てる子もいる。
あまりにも非情。
遣る瀬無い思いが私の心を包む。
42
あなたにおすすめの小説
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜
榊どら
恋愛
長年片思いしていた幼馴染のレイモンドに大失恋したアデレード・バルモア。
自暴自棄になった末、自分が不幸な結婚をすればレイモンドが罪悪感を抱くかもしれない、と非常に歪んだ認識のもと、女嫌いで有名なペイトン・フォワードと白い結婚をする。
しかし、初顔合わせにて「君を愛することはない」と言われてしまい、イラッときたアデレードは「嫌です。私は愛されて大切にされたい」と返した。
あまりにナチュラルに自分の宣言を否定されたペイトンが「え?」と呆けている間に、アデレードは「この結婚は政略結婚で私達は対等な関係なのだから、私だけが我慢するのはおかしい」と説き伏せ「私は貴方を愛さないので、貴方は私を愛することでお互い妥協することにしましょう」と提案する。ペイトンは、断ればよいのに何故かこの申し出を承諾してしまう。
かくして、愛され妻と嫌われ夫契約が締結された。
出鼻を挫かれたことでアデレードが気になって気になって仕方ないペイトンと、ペイトンに全く興味がないアデレード。温度差の激しい二人だったが、その関係は少しずつ変化していく。
そんな中アデレードを散々蔑ろにして傷つけたレイモンドが復縁を要請してきて……!?
*小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる