134 / 152
ジークの使命
しおりを挟むリックが少年を捕まえ戻ってきた。
少年は私を睨む。
「卑怯だぞ。それにこのおっさん笑いやがった」
「ああ、それは馬鹿にして笑ったのではないわ。ちょっとこの人変な人なの。言うなれば獲物を狙う獣?狩りを楽しむ狩人?」
「そんな奴に適うわけないだろ」
「それは当たり前よ、リックに適う人はいないもの」
『俺のおっさんは無視かよ。俺の方が旦那より若いんだけどな』そうリックはぶつぶつ言っているけど、今はとりあえず無視しましょう。
「逃げる貴方が悪いわ。何か文句があるなら逃げずに言いなさい。
貴方のお母さんはここに残ると言っているけど、貴方はバーチェル国へ帰りたいの?」
「俺は父ちゃんに母ちゃんと弟を頼まれたんだ。二人を頼むぞって、二人を守ってくれって、だから俺は母ちゃんと弟を守らないといけない。母ちゃんと弟が居る所が俺の居る場所だ」
「私は貴方の気持ちを聞いたのよ?お母さんや弟さんをお父さんは貴方に託した。でもそれはお父さんの気持ち。私は貴方自身の気持ちを知りたいの。お父さんの気持ちやお母さんの意志、弟さんを抜きにして貴方はどうしたいの?」
「そんなの分かんないよ。5年も二人を守ってきたんだ、今更二人を抜きにしろって言われても俺には分かんないよ」
「貴方名前は?」
「ジーク」
「ジークは今何歳?」
「12歳」
5年前という事は7歳、7歳の子に母親と幼い弟を背負わせた。5年も二人を守ってきたなら今更二人を抜きには考えられないわね。
私は母親の前に立った。
「貴女の強い意志は私にも伝わったわ。
でも、貴女は母親でしょう?まず第一に考えるのは子供達の気持ちではないの?確かに私にはまだ子供はいない。親の都合で子供が振り回されるのも知ってるわ。貴女は大人だから自分の意志で選択できる。でも彼等はまだ子供で親の意志で選択させられる。親は子供の為に良かれと思って選択をしたとしても、子供自身の気持ちはどうなのかしら。
子供達の意志を貴女は聞いた?」
彼女のここに残りたいという強い意志は私にも伝わった。でもどうしてもジークがここに残りたいと思っているとは思えない。お母さんと弟がここに残るから自分も残った。ジークにとって二人を守るのが使命だから。
「それに、ジークだけお爺さんの家に行きなさいなんて、そんな残酷な事を言わないで。貴女はそんなつもりはなくてももう貴方はいらない子、そう言われているように思えるわ。捨てたつもりはなくても捨てられた、そうとも思えるわ。ジークにそんな悲しい思いはしてほしくないの。
確かに今のジークがこのままここで暮らすのは厳しいのかもしれない。きっといつかジークは浮いてしまう。それは私も危惧しているわ。だからこそジークだけお爺さんに預けるのではなくて、ジークの気持ちに寄り添ってほしいと思っているの。ジークはまだ親に守られる子供なのだから」
トンと私の肩にリーストファー様の手が乗った。リーストファー様は『これ以上責めるな』と顔を横に振っている。
私も母親を責めたいわけではない。ただジークの気持ちも考えてほしいだけ。
「もし貴女達がバーチェル国へ帰りたいと選択をしたのなら、私達は全力でその手配をするわ」
騎士の妻の彼女なら今の状況を把握している。帰りたいと言ってすぐに帰れるわけではないと。辺境の国境の門をくぐるだけなら簡単なのに今はそれすら両国の王の許可が必要。エーネ国王へ私達から許可を願い出て、エーネ国王はバーチェル国王へそれを願い出る。バーチェル国王が許可し初めて国境の門をくぐる事ができる。
ただ『許可します』だけならいい。そこに許可する代わりに要求が加わる。お金なのか流通なのか、今度はバーチェル国が有利になる交渉を得る。
それでも戻ると決めたのなら、私達は何度も頭を下げよう。お金が要求されたのなら支払おう。かき集めて、それでも足りないのなら土下座してでも貸してくださいと頼もう。
私達はそのためにいるのだから。
「貴女の言いたい事は分かります。それでも私はここからあの家から離れる事はできないんです。
確かに夫はあの戦で戦死したと聞かされました。それでも、夫の亡骸はかえってこない、夫の剣も、形見も、何もかもかえってこないのにどうしてここを離れられるんですか。もしかしたらどこかで生きていていつか帰ってくるかもしれません。その時私達が居なければ夫はどこに帰ってくるんです。
戦では亡骸は捨て置くと聞きました。それでも辺境には大勢の亡骸があり、大勢の人達は例え亡骸だとしても家族のもとにかえっていきました。そこに夫の亡骸はどこにもなかった…。例え亡骸がなくても形見を渡された人もいます。どうして夫だけ何もないんです。
なら今も生きていると思う事がそんなに悪い事ですか?ここで夫のかえりを待つ事がそんなにいけない事ですか?
ジークの気持ちに寄り添えと言うのなら、夫の亡骸を、剣を、形見を、私に返してください」
泣きそうな顔はしているものの、決して涙は見せず気丈に立って私を見つめている。
戦死したと頭では分かっている。亡骸が手元に戻らない事も。それでも仲間が形見を持ち帰る。それでも何もない場合はある。その仲間も亡くなれば誰かの形見はそこで途絶えてしまう。家族の元に返してあげたい、その思いは家族には届かない。
戦死したと頭では分かってはいても、何も戻らなければそれを確かめる術はなく、僅かな希望を持とうとする。
もしかして生きているのでは、と。
形見を見て、初めて心で認める。
夫は戦死した、と…。
37
あなたにおすすめの小説
誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる
吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」
――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。
最初の三年間は幸せだった。
けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり――
気づけば七年の歳月が流れていた。
二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。
未来を選ぶ年齢。
だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。
結婚式を目前にした夜。
失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。
「……リリアナ。迎えに来た」
七年の沈黙を破って現れた騎士。
赦せるのか、それとも拒むのか。
揺れる心が最後に選ぶのは――
かつての誓いか、それとも新しい愛か。
お知らせ
※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。
直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
牢で死ぬはずだった公爵令嬢
鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。
表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。
小説家になろうさんにも投稿しています。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
愛され妻と嫌われ夫 〜「君を愛することはない」をサクッとお断りした件について〜
榊どら
恋愛
長年片思いしていた幼馴染のレイモンドに大失恋したアデレード・バルモア。
自暴自棄になった末、自分が不幸な結婚をすればレイモンドが罪悪感を抱くかもしれない、と非常に歪んだ認識のもと、女嫌いで有名なペイトン・フォワードと白い結婚をする。
しかし、初顔合わせにて「君を愛することはない」と言われてしまい、イラッときたアデレードは「嫌です。私は愛されて大切にされたい」と返した。
あまりにナチュラルに自分の宣言を否定されたペイトンが「え?」と呆けている間に、アデレードは「この結婚は政略結婚で私達は対等な関係なのだから、私だけが我慢するのはおかしい」と説き伏せ「私は貴方を愛さないので、貴方は私を愛することでお互い妥協することにしましょう」と提案する。ペイトンは、断ればよいのに何故かこの申し出を承諾してしまう。
かくして、愛され妻と嫌われ夫契約が締結された。
出鼻を挫かれたことでアデレードが気になって気になって仕方ないペイトンと、ペイトンに全く興味がないアデレード。温度差の激しい二人だったが、その関係は少しずつ変化していく。
そんな中アデレードを散々蔑ろにして傷つけたレイモンドが復縁を要請してきて……!?
*小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】大好きな幼馴染には愛している人がいるようです。だからわたしは頑張って仕事に生きようと思います。
たろ
恋愛
幼馴染のロード。
学校を卒業してロードは村から街へ。
街の警備隊の騎士になり、気がつけば人気者に。
ダリアは大好きなロードの近くにいたくて街に出て子爵家のメイドとして働き出した。
なかなか会うことはなくても同じ街にいるだけでも幸せだと思っていた。いつかは終わらせないといけない片思い。
ロードが恋人を作るまで、夢を見ていようと思っていたのに……何故か自分がロードの恋人になってしまった。
それも女避けのための(仮)の恋人に。
そしてとうとうロードには愛する女性が現れた。
ダリアは、静かに身を引く決意をして………
★ 短編から長編に変更させていただきます。
すみません。いつものように話が長くなってしまいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる