俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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「ほれほれ、このままじゃ日が暮れちまうぜぇ!」

 頭上から急かすような声が聞こえてくる。いや、ようなではなく正しく急かしているのだが。
 その声の持ち主は――大悟。現在沖長に修練を課してくれている人物だ。

 そして今、どういった修練をしているのかというと、ただただ断崖絶壁を登っていた。
 しかもクライミング用のアイテムなど何一つ持っていない。今日、いきなりココへ連れて来られたかと思ったら、着の身着のままの状態で現在に至るというわけだ。

 大悟の声が頭上から聞こえてくるというのは、彼が沖長よりも先に登っているからである。一応彼とは一本のロープで繋がっているが、コンプライアンスとかハラスメントとか嘲笑うかのような光景だ。最早見る人が見れば虐待そのもの。
 だがもちろんこれは修練の一つであり、大悟が毎日欠かさず行っている日課だという。崖登りが日課なんて凄く嫌なルーティンである。

(しかも……)

 疲労感に苛まれつつ頭上を見上げて頬が引き攣る。その理由は、彼――大悟が片手だけで崖にぶら下がっているからだ。
 ここはすでに麓から二十メートルくらいの位置。沖長は全身をフルに使い、さらに拙いながらもクライミングの知識を活用して息も絶え絶えの状態でここまで登ってきた。

 しかし大悟はというと――。

「――しゃっ!」

 利き腕でもない腕で身体を持ち上げては、すぐにその手を伸ばして崖を〝指で貫く〟。
 普通は出っ張りや掴みやすい場所を見極めて、手で掴んだり足場にしたりする。だが彼は違う。固いはずの岩盤を五本の指で貫いて、無理矢理ピッケルのようにして進んでいるのだ。

 あんな登り方ができる人間がどれだけいるだろうか。そもそも指で岩盤に穴を開けることすら普通はできないし、ここまで片手で登ることだって神業に違いない。
 さらにはまだまだ余裕らしく汗一つかいていない。むしろ沖長のせいでモタモタしているからイラついているようにさえ感じる。

(修一郎さんもそうだけど、この人も十分バケモノだよなぁ)

 一応筋力だけで登っているわけではなく、よく見れば指先にオーラを集束させていることは理解できる。だからこそ可能な登り方なのだろうが、無論単純な筋力や体力も桁違いではあるが。

「いいか! 力任せじゃいつまで経っても強くなれねえぞ! 自分のオーラを自覚し、効率よく身体能力を強化する術を身に着けろ!」

 そう言われても、いまだ蔦絵のようにオーラを扱えるわけではない。一応最近自分の中にあるオーラを感じ取れるくらいはできるようになったが、オーラの扱いに関しては、今のところナクルの方が一歩先を行っているという感じだ。

(このままじゃ、九馬さんにも抜かれるかも……)

 先日、沖長の力になりたいといった水月に千疋を紹介した。千疋の時間が許す限り、水月の修練を面倒見てもらっているのだが、最近千疋から水月に対しての評価がメッセージで送られてきたのだ。
 その内容は、水月が思った以上に才能があるといったこと。

 もちろんまだ小学生の上、戦いのいろはも何も知らない彼女だが、とても柔軟な資質を持ち合わせており、飲み込みも早いということで、これならばすぐにでもオーラを扱えるようになるかもしれないという話だ。

 ナクルもそうだが、原作キャラというのは成長補正でもかかっているのかと思うほどに優秀らしい。状況が差し迫っていなければ、沖長もゆっくり己のペースで成長しようと思うが、できる限り速やかな成長を期待している今、若干焦りを覚えてしまっている。

「今までやってきた修練を思い出せ! 今のお前ならちょっとしたきっかけさえあれば、掴めるはずだぜ!」
「はあはあ……こなっくそっ!」

 すでに全身の筋肉がパンパンだが、それでも歯を食いしばって、震える手を伸ばして岩のデッパリを掴む。

(くっ、ダメだな……これじゃ普通に登ってるだけだ。オーラだ……オーラを意識しないと)

 大悟がこれまで沖長に課してきた修練のすべては、オーラを活用するために特化したものらしい。肉体と精神を鍛えに鍛え、〝魂魄力〟の質を向上させてきた。
 大悟に言われた通り、目を閉じて修練のすべてを反芻していく。あまりにキツくて嘔吐したこともあり、さすがに逃げてやろうかと思ったことも何度もある。
 それでもナクルだって頑張っているのだと自分に言い聞かせ奮い立たせてきたのだ。

 正直オーラを使うだけなら、《アイテムボックス》を活用すれば事足りる。しかしそれはあくまでも一定的なもので、活用法も限られてくるのだ。 
 様々な用途で使うためには、やはりコントロールの術を身に着けないといけない。その術を手に入れることができれば、ボックスを活用し無限に力を発揮させることができる。

 呼吸を整えて、己の中に確かに存在する〝ナニカ〟に意識を集中させる。
 徐々に身体の内側から熱が生まれてくるのを感じた。小さな火種が生まれたような感覚だ。それをさらに燃え上がらせるイメージを作り上げていく。
 全身に熱が広がっていく。同時に身体全体から力が溢れてくる。

 しかしその直後、思いも寄らぬことが起こる。足場にしていた出っ張りが重さに耐え切れなかったのか崩れたのだ。

 当然足場を失った沖長は、そのまま落下してしまう。

 その様子を見た大悟が舌打ちをすると同時に、たった一つの命綱であるロープを引っ張ろうとするが――。

 当の本人である沖長は微塵も焦っていなかった。それはきっと言葉にできないような不思議な感覚が全身を包んでいたせいだろう。
 どうしてかは分からないが、たとえロープがなくても自分は死ぬことは無いと確信があったのだ。

 すると頭の中に火花が散ったような感覚を覚え、ある思い付きが映像として浮かぶ。
 その映像を再現するように、沖長は落下しながらも崖を見つめ、そして右手を力一杯握り込む。

 ――キュィィィィン!

 頭の中に小気味の良い音が響くと同時に、拳を開いて手刀の形を作り、全力で崖に向かって右手を突き出した。

「! …………やればできるじゃねえか」

 大悟が感心しながら呟く。彼の視線の先には、右手をずっぽりと崖に埋め込んでぶら下がっている沖長の姿だった。


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