転生なの?召喚なの?

陽真

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第二章

閑話 兄の悩み

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「ハルヤ、楽しんでいるのかい?」
私、ナリアス・シーリスは城から城下を見つめて、弟のハルヤを思い問いかけた。

私の人生にポカリと穴が空いていた時期があった。
それは今から約五年前、この国で行われた『異世界渡り』から始まった。
誰か一人を異世界に渡らせる、そういった儀式なのだが、実のところ詳細ははっきりしていない。

過去に一度だけ行われたという文献の記述はあるが、それ以上の詳しい記述はなく、なす術はなかった。
誰が渡るかなど、分からず不安のなか民たちは過ごしていた。
それは私も例外ではなかった。
もし、父や母だったら?
この国の政治的、精神的拠り所はたちまちなくなってしまう。
未熟な私に何が務まるというのだろう。
そう、悶々と考える日々が続いていた。

だから、まさか大好きな弟が選ばれるとは思いもよらなかった。
私の弟であるハルヤは昔から子供らしからぬ達観さを持っていた。
それでも可愛い可愛い弟だ。
甘えることも滅多にないあの子は、『異世界渡り』が決まった直後に一人で静かに泣いていた。
そのことに気がついた時、私はなんと声をかけて良いのかわからなかった。
これからのしかかる不安は凄まじいだろう。
二度とこの地を踏むことが叶わないかもしれない。
家族と離れ離れになれ、知り合いも、いない違う世界へと渡るのだ。
十歳のあの子が背負うものでは本来ないはずなのに‥‥‥。
神はどうしてこの子を選んだのだろうか。
こんなに小さくて、愛おしい弟を‥‥‥‥‥。

『異世界渡り』当日、私は人目を憚らずハルヤにしがみつき泣いた。
離れたくなかった。
異世界になど行かせたくなかった。
どうしても連れて行くのだというのなら私も一緒に連れて行ってくれと願った。
‥‥‥だけど、ハルヤの気持ちは違った。

『兄様、姉様、笑顔で送って下さい。そんな顔では心残りが出来てしまいます』
その言葉に一人で泣いていたハルヤの姿を思い出した。
この子は自分の不安定な行く末に覚悟を持っているんだと、これ以上私が縋りついて、泣いていてもこの子の覚悟の邪魔になるだけだ、そう気が付き泣くのをやめ、見送ることにした。
それがこの子のためになるならばと。
それでも妹のサーナは弟との別れを受け入れられないようだった。
無理もない、サーナにとっては守るべき存在なのだ。
俺にとっても同じなのだが、サーナにとってはたった一つの命。
それが今から消えてしまうのだと考えると私でも堪えてしまう。
この幼い妹なら尚更だ。

そんなサーナに母上は声をかけた。
やはり母の力は偉大だった。
母だけではない、この方は国母として本当に相応しい方なのだとそう思った。
誰よりも早くハルヤの気持ちに気が付き、私たちを慰めた。
ご自身だって辛いはずなのに。
そんな母上の気持ちをサーナも少なからず感じ取ったのかもしれない。

最後は皆、笑顔でハルヤを送ることができた。
でも、心のどこかではポカリと穴が空いたままこの五年過ごしていたのは確かだ。

だから、ハルヤの顔をもう一度見ることができたときは心の穴が埋まって行くように、それ以上に溢れて行くようにも感じた。
「戻ってきてくれて、帰ってきてくれて、ありがとう」
一人、城下に向けてそう呟く。
誰に聞こえるともないその呟きを。

「入ってもよろしいでしょうか、ナリアス様」
思い出話に浸っていると、私の従者のフィークス・ガンガイルが扉をノックし声をかけてきた。
彼はこの国の宰相の子息に当たる。
私と同い年の幼馴染で、昔から私に仕えてくれている大切な従者であり、友人だ。
「あぁ、構わないよ」
「失礼致します。‥‥外を眺めていらっしゃったのですか?」
「そう。ハルヤのことを思ってね」
「ハルヤ殿下のことを‥‥‥良かったですね」
手に持っていた資料を私の机の上に置きながら窓の外を見つめる私にそう声をかけた。
ハルヤが渡ってしまった当時、意気消沈していた私を励まし、支えてくれたのは彼だ。
それだけに、彼自身も思うところがあるのだろう。
「あの時はすまなかった」
「謝らないでください。僕は当然のことをしたまでです。仕える主君が何かを抱えているというのならば、それを取り除き、支えることこそ従者の務めですから」
「そうかい、ありがとう。それで、何か用かな?」
「はい。明日のリンドブルグへの訪問について、正式な日程をお知らせに参りました」
そういって、机に置いていた紙を私が見やすいように置き直した。

「はぁ、この訪問がなければ私もハルヤとともに城下にいけたというのに‥‥」
「そう仰らないでください。国にとっては大事なことなのですから」
「それは、分かってるんだけどね。正直なところ私はリンドブルグの姫君が苦手なんだ。王太子のルーラン殿下は気さくで話しやすい方なんだから良いのだけれど、第一王女のアレシア殿下はなんとも個性的な方だからね」
リンドブルグ王国のアレシア殿下を思い出しながらため息をつく。
「そうですね。‥‥確かに個性的な方かと」
「何か含んでないか?」
「いいえ、そのようなことはありませんよ。しかし、誰にも嫌悪感を示さないナリアス様がそこまで仰るとは」
「私とて人間だからね。苦手な人くらいいるさ、普段は表に出さないように心がけているけれど。積極的に迫られると苦手意識がね」
そう私はこの国の次期国王となる地位の王太子として相応しくあるべきだという心情をもとに誰れ隔てなくにこやかに対応するし、苦手な相手だとしても接してきた。

「そういえばルーラン王太子殿下からお手紙を先ほど届きましたよ」 
「それを早くいって。さ、こちらに」
思い出したように言うフィークスに反論しつつ、手紙を受け取る。
ルーラン王太子殿下は私と同い年で、物事への探究心が強く、研究者気質があるが、次期国王の器としても申し分ないと言わしめるほどの優秀なお方だ。
そんな彼を私は尊敬している。

手紙がどんな内容なのか、少し心を躍らせながら見る。
そこには形式的な挨拶文と、私たちのリンドブルグへの訪問を楽しみにしていると記載してあった。
そのほかは簡単に今、探求しているものの話が書いてあった。
「楽しそうですね。口角が上がっておりますよ」
「うん?私の表情は変わっているのか」
「はい。ハルヤ様とお話しさせる時ほどではありませんが、楽しそうですよ」
「そうなのか」
フィークスの言葉に手を自らの頬を触る。
だが、一度表情を崩したせいかよく分からない。

私が口角を最大にあげるのはハルヤと話す時だけだ。
ここに召喚者と言う形で戻ってきたあの子に王城であったとき、少し成長をしていたが面影はそのままで、性格も全く変わらずにいた。
それがどれほど嬉しかったことか。
だからこそもう二度と離れたくはなくて、離れていた五年間分を私はハルヤとともに一日でも長く過ごしたいというのに城下への外出という大事な日によりに、よりにもよって外交の準備をすることになるとは。
父上ももう少し考えてくだされば良いのに‥‥‥。

「はぁ、ハルヤと城下に行きたい」
「ナリアス様‥‥どうしてもそこに行き着くのですね」
呆れが充分に伝わってくる声色でフィークスは呟いた。
「当たり前だ。五年ぶりの再会なんだよ?一日も長くあの子の隣にいたいんだ。あぁ、ハルヤを吸いたい‥‥」
「溺愛されるのも宜しいですが、あまり度を超えすぎるとハルヤ殿下がナリアス様のことを避け始めますよ?」
「それは‥‥っ。分かった。充分に自重し、接することにしよう」
フィークスからの忠告にハッとさせられるとハルヤから避けられる未来を想像した。
それだけは絶対に避けなければ!
私は心の中でハルヤに避けられないようにするために、自重することを心に決めたのだった。
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