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愛の歌
14 綺麗な女性
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「結衣、もっと真剣に祈れ!」
「うるさいな! やってるってば!」
結衣は神棚に向かって手を合わせていたが、寝転がりながら文句を言う善に頬を膨らませる。
「あっ、時間だ。いってきます」
時計に目を向けると、家を出る時間だった。
「待て! お前はもっとやれるはずだ」
寝転がった無愛想な善が、熱血コーチのようなセリフを投げかけてくるが、結衣はスクールバッグを持って家を飛び出した。
「おじいちゃん、いってきます」
「気をつけて行くんだよ」
「はーい」
境内の掃き掃除をしている宗一郎に手を振って、結衣は長い石階段を下る。
自転車に乗って、力強く漕ぎ始めた。
ヴァンパイアの事件から二ヶ月が経ち、日中は30度を超えるような暑さが続くようになった。
自転車を少し漕ぐだけで、汗が滲む。
学校に着く30分後には、体が熱くてたまらない。
教室に入ると冷房が効いていて、火照った体を鎮めてくれる。
席に着いて、顔をタオルで拭っていると、前の席の美咲が振り返った。
「ねぇ結衣、結衣の家の近くに川が流れているよね」
「うん、川はあるよ」
川幅20メートルほどの流れの穏やかな川がある。その脇には野球をやったりバーベキューをしたりできる河川敷があり、堤防に囲われている。
「その川にさ、すっごく綺麗な女の人がいるの知ってる?」
「どこらへん?」
美咲が地図アプリで指した場所は、結衣の家から歩いて15分ほどのところだった。
「兄貴がさ、すっごく綺麗な女の人を見たんだって。その人は歌っていて、兄貴が話しかけたら表情を明るくしたんだけど、その後に悲しそうな顔で『あなたじゃない』って言ったらしいんだ。川上の方に歩いて行っちゃってそれっきりなんだけど、兄貴がもう一度会いたいって言っててさ。この川の近所の人なのかなって」
もう少し家から近ければ、千代に聞けばわかったかもしれない。
千代は話好きで、近所の人たちとの井戸端会議で、いろんな情報を手に入れている。
「少し距離があるからわからないかもしれないけど、おばあちゃんに聞いてみるよ」
「うん、ありがとう」
予鈴が鳴り、美咲は前に向き直る。
歌を歌っているすごく綺麗な人は結衣も見てみたかった。
千代が知っているといいな、と心を弾ませる。
授業が終わって帰宅すると、結衣はテレビを見ながら豆の筋を剥いている千代に地図アプリを見せながら話しかけた。
「ねぇ、おばあちゃん。ここら辺ですっごく綺麗な人が歌っているの知ってる?」
結衣がスマホの画面を指すと、千代は首をそらして顔を画面から遠ざけた。寝転がっていた善は起き上がって画面を覗き込むように近付く。
「知らないわ。あっ、でも山田さんの家が近いわね。ちょっと聞いてみるから、筋取りお願いね」
千代はスマホを持ってリビングを出て行く。
話し始めたら長いだろうな、と結衣は肩をすくめた。聞いてほしい内容から脱線して、おしゃべりが止まらなくなるのは目に見えている。
結衣は制服から部屋着に着替えると、筋を取っていく。
「善もやってよ」
「なんで俺が?」
「善だって食べるでしょ」
善は嫌々豆をつまみ、結衣の手元を見ながら真似をして筋を取っていく。
黙々と作業をする善を眺めた。
力が弱っている善に働くことを強いることはできないが、体力を使わない仕事なら手伝わせられる、と結衣は目を輝かせる。少しでも千代の負担を減らせられるかもしれない。
「俺に見惚れる気持ちはわかるが、手を動かせ」
善は豆に視線を落としたまま、手を止めている結衣を咎める。
結衣は顔を紅潮させて叫んだ。
「見惚れるわけないでしょ! バカじゃないの!」
少し……いや、かなり顔はいいかもしれないけれど、傲慢すぎてうっとりとする気さえ起きない。
「美的センスが欠落しているのだな。かわいそうに」
哀れなものを見るような目を向けられて、結衣は口角を引き攣らせる。
顔じゃなくて、中身のせいでときめけない。
「あらあら、結衣と善様ったらまた喧嘩?」
千代がリビングに戻ってくる。
もっと話し込むと思っていて、結衣は目を瞬かせた。
「善様もお手伝いしてくださったのですね。ありがとうございます」
千代は善にゆっくりと頭を下げた。
「別に構わん。いつも美味いものを作ってくれて、千代には感謝している」
「そうよ! もっと手伝わせればいいのよ!」
結衣が野次を飛ばすと、善は鋭い目で結衣を睨む。
結衣はそっぽを向いた。
「あっ、そうそう、山田さんに聞いたんだけど」
「なにかわかった?」
千代の言葉を遮って、結衣は表情を明るくする。
「毎日ってわけじゃないみたいだけど、夕方に綺麗な歌声が聞こえるらしいわ。どんな人かは見たことがないって」
「じゃあ綺麗な歌声の美人がいるのは間違い無いんだね」
「山田さんに聞いた限りでは、顔はわからないわ」
千代が苦笑するが、結衣は美咲に聞いたことを千代と善に話した。
善は「やめておけ」と肩をすくめる。
「どうして?」
結衣は止められる理由がわからずに、頬を膨らませる。
一途な恋の応援をしたい。
「相手は一度断っているのだろう。しつこく言い寄るのはストーカーではないのか。そんな経験がないから、考えもつかなかったか?」
相手の女性の気持ちを考えていなかった。
結衣は反省するが、善の言い方が気に入らない。
結衣だって告白されたことくらいある。幼稚園や小学生の時にだけど。
「でも綺麗な歌は聴いてみたいわね」
千代が優しく笑い、結衣は「そう!」と大きな声をあげて同意した。
「気になるよね! 明日、学校の帰りに寄ってみようかな」
結衣は楽しみで頬骨を上げた。
「うるさいな! やってるってば!」
結衣は神棚に向かって手を合わせていたが、寝転がりながら文句を言う善に頬を膨らませる。
「あっ、時間だ。いってきます」
時計に目を向けると、家を出る時間だった。
「待て! お前はもっとやれるはずだ」
寝転がった無愛想な善が、熱血コーチのようなセリフを投げかけてくるが、結衣はスクールバッグを持って家を飛び出した。
「おじいちゃん、いってきます」
「気をつけて行くんだよ」
「はーい」
境内の掃き掃除をしている宗一郎に手を振って、結衣は長い石階段を下る。
自転車に乗って、力強く漕ぎ始めた。
ヴァンパイアの事件から二ヶ月が経ち、日中は30度を超えるような暑さが続くようになった。
自転車を少し漕ぐだけで、汗が滲む。
学校に着く30分後には、体が熱くてたまらない。
教室に入ると冷房が効いていて、火照った体を鎮めてくれる。
席に着いて、顔をタオルで拭っていると、前の席の美咲が振り返った。
「ねぇ結衣、結衣の家の近くに川が流れているよね」
「うん、川はあるよ」
川幅20メートルほどの流れの穏やかな川がある。その脇には野球をやったりバーベキューをしたりできる河川敷があり、堤防に囲われている。
「その川にさ、すっごく綺麗な女の人がいるの知ってる?」
「どこらへん?」
美咲が地図アプリで指した場所は、結衣の家から歩いて15分ほどのところだった。
「兄貴がさ、すっごく綺麗な女の人を見たんだって。その人は歌っていて、兄貴が話しかけたら表情を明るくしたんだけど、その後に悲しそうな顔で『あなたじゃない』って言ったらしいんだ。川上の方に歩いて行っちゃってそれっきりなんだけど、兄貴がもう一度会いたいって言っててさ。この川の近所の人なのかなって」
もう少し家から近ければ、千代に聞けばわかったかもしれない。
千代は話好きで、近所の人たちとの井戸端会議で、いろんな情報を手に入れている。
「少し距離があるからわからないかもしれないけど、おばあちゃんに聞いてみるよ」
「うん、ありがとう」
予鈴が鳴り、美咲は前に向き直る。
歌を歌っているすごく綺麗な人は結衣も見てみたかった。
千代が知っているといいな、と心を弾ませる。
授業が終わって帰宅すると、結衣はテレビを見ながら豆の筋を剥いている千代に地図アプリを見せながら話しかけた。
「ねぇ、おばあちゃん。ここら辺ですっごく綺麗な人が歌っているの知ってる?」
結衣がスマホの画面を指すと、千代は首をそらして顔を画面から遠ざけた。寝転がっていた善は起き上がって画面を覗き込むように近付く。
「知らないわ。あっ、でも山田さんの家が近いわね。ちょっと聞いてみるから、筋取りお願いね」
千代はスマホを持ってリビングを出て行く。
話し始めたら長いだろうな、と結衣は肩をすくめた。聞いてほしい内容から脱線して、おしゃべりが止まらなくなるのは目に見えている。
結衣は制服から部屋着に着替えると、筋を取っていく。
「善もやってよ」
「なんで俺が?」
「善だって食べるでしょ」
善は嫌々豆をつまみ、結衣の手元を見ながら真似をして筋を取っていく。
黙々と作業をする善を眺めた。
力が弱っている善に働くことを強いることはできないが、体力を使わない仕事なら手伝わせられる、と結衣は目を輝かせる。少しでも千代の負担を減らせられるかもしれない。
「俺に見惚れる気持ちはわかるが、手を動かせ」
善は豆に視線を落としたまま、手を止めている結衣を咎める。
結衣は顔を紅潮させて叫んだ。
「見惚れるわけないでしょ! バカじゃないの!」
少し……いや、かなり顔はいいかもしれないけれど、傲慢すぎてうっとりとする気さえ起きない。
「美的センスが欠落しているのだな。かわいそうに」
哀れなものを見るような目を向けられて、結衣は口角を引き攣らせる。
顔じゃなくて、中身のせいでときめけない。
「あらあら、結衣と善様ったらまた喧嘩?」
千代がリビングに戻ってくる。
もっと話し込むと思っていて、結衣は目を瞬かせた。
「善様もお手伝いしてくださったのですね。ありがとうございます」
千代は善にゆっくりと頭を下げた。
「別に構わん。いつも美味いものを作ってくれて、千代には感謝している」
「そうよ! もっと手伝わせればいいのよ!」
結衣が野次を飛ばすと、善は鋭い目で結衣を睨む。
結衣はそっぽを向いた。
「あっ、そうそう、山田さんに聞いたんだけど」
「なにかわかった?」
千代の言葉を遮って、結衣は表情を明るくする。
「毎日ってわけじゃないみたいだけど、夕方に綺麗な歌声が聞こえるらしいわ。どんな人かは見たことがないって」
「じゃあ綺麗な歌声の美人がいるのは間違い無いんだね」
「山田さんに聞いた限りでは、顔はわからないわ」
千代が苦笑するが、結衣は美咲に聞いたことを千代と善に話した。
善は「やめておけ」と肩をすくめる。
「どうして?」
結衣は止められる理由がわからずに、頬を膨らませる。
一途な恋の応援をしたい。
「相手は一度断っているのだろう。しつこく言い寄るのはストーカーではないのか。そんな経験がないから、考えもつかなかったか?」
相手の女性の気持ちを考えていなかった。
結衣は反省するが、善の言い方が気に入らない。
結衣だって告白されたことくらいある。幼稚園や小学生の時にだけど。
「でも綺麗な歌は聴いてみたいわね」
千代が優しく笑い、結衣は「そう!」と大きな声をあげて同意した。
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結衣は楽しみで頬骨を上げた。
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