24 / 45
心の光
24 千代?
しおりを挟む
金曜日はいつも通り学校へ行った。
授業が終わり、自転車に乗って家に向かっていると、千代を見かけた。
結衣は近付いて「買い物?」と声をかけ、自転車から降りた。
千代は突然声をかけられて目を丸くしていたが、結衣だとわかり表情を和ませる。
「結衣、おかえり。早かったわね」
今度は結衣が目を見開く番だ。
千代に結衣と呼ばれた。記憶が戻ったのか、と結衣は嬉しくて千代に抱きつく。
支えを失った自転車が、大きな音を響かせて倒れた。
結衣と千代はその音に首をすくめる。抱きつきながら顔を見合わせて笑った。
結衣は自転車を起こし、手で押しながら、千代と並んで歩く。
「おばあちゃんはどこにいくの?」
「商店街で買い物をしようと思って。でもその前に、せっかく結衣と会ったんだし、月見庵へクリームあんみつを食べに行こうか」
「行きたい」
月見庵は商店街にある和カフェで、その中でもクリームあんみつは結衣と千代のお気に入りのメニューだ。
本当に記憶が戻ったんだ、と結衣は感極まって涙を浮かべる。すぐに拭って、「楽しみだね」と千代と笑った。
月見庵はテーブルの席と、畳の小上がりの席とで分かれている。結衣と千代は奥にある畳の席を選んだ。靴を脱いで、ふかふかの座布団の上に座る。
クリームあんみつを二つと、千代はほうじ茶、結衣は抹茶ラテを注文した。
「ねえ、旅行のことを聞かせてよ。楽しかったんでしょ?」
「旅行?」
千代は首を傾けた。
結衣のことは思い出したけれど、忘れていた間の記憶がなくなってしまったのだろうか。
結衣が不安に思っていると、千代は「ああ、旅行ね」と手をパチンと叩いて頷いた。
若干の違和感はあったけれど、覚えているようでホッとする。
「ちょっと待っていて。お手洗いに行ってくるわね」
千代が席を立ち、結衣はスマホを取り出した。
宗一郎からは連絡が来ていない。千代の記憶が戻ったなら、すぐに連絡をくれるはずなのにおかしい。結衣は首を捻ってスマホをしまう。
しばらくすると「お待たせしました」と店員が元気な声をあげ、クリームあんみつとドリンクをテーブルに並べた。
結衣は「いただきます」と手を合わせて、クリームあんみつを頬張る。
寒天のつるんとした食感と甘めの粒あんを、ソフトクリームが優しく包み込む。スプーンに乗り切らなかった白玉も、急いで口に含んだ。幸せな味が口の中に広がる。
半分ほど食べ、戻ってこない千代が心配になった。
「おばあちゃん、お腹が痛いのかな?」
席を立ってお手洗いに行くと、使用者はいなかった。
「え? おばあちゃんはどこに行ったの?」
店内を見渡してもおらず、結衣は店員に声をかけた。
「お連れ様なら、すぐに戻るからと言って出て行かれましたよ」
「出て行った?」
店員が「はい」と不安そうに頷く。
結衣はフラフラとしながら、自分の席に戻った。
スマホを見ても、千代から連絡はない。電話をかけてみるが、コール音が鳴るだけで繋がらない。
結衣は溶けかけのソフトクリームを、大きな口を開けて食べた。
「どうしよう」
結衣は財布の中身を確認したが、千円しか入っていなくて途方に暮れる。
理由はわからないが、結衣に言わなかったということは、千代は戻ってこないのかもしれない。
結衣は千代の分のクリームあんみつも完食した。
泣きそうになりながら宗一郎に電話をかける。
『もしもし、どうした?』
宗一郎の声に、結衣はホッと息をついた。
「おじいちゃん、助けて!」
『今どこにいる? なにがあった?』
宗一郎の声が硬く張り詰めたものになった。
「おばあちゃんと月見庵に入ったんだけど、おばあちゃんがいなくなっちゃって。お金が足りなくて、お店から出られないの」
理由を話せば、しばらく沈黙が続く。
「おじいちゃん?」
結衣が呼びかけると、宗一郎から信じられない言葉が続く。
『ばあさんはずっと家にいるから、結衣と月見庵になんて行けるはずがない』
結衣の背筋からヒヤリとした空気が広がって、体が震えた。
『とりあえず、すぐに迎えに行くから。もう少し待っていなさい』
通話が切れて、結衣の手からスマホが落ちる。畳の上でゴトリと音が鳴った。結衣は拾うこともせずに呆然としていた。
千代じゃないなら、結衣はだれと一緒にいたのだろう。
結衣の名前を呼び、千代との共通の好物まで知っている。
千代に抱きついた時のことが、頭の中をよぎった。
千代と同じ見た目の、別のなにかに抱きついた。結衣は身震いして、庇うように自分の体を抱いた。
冷房がキツいわけではないのに、震えが止まらない。
授業が終わり、自転車に乗って家に向かっていると、千代を見かけた。
結衣は近付いて「買い物?」と声をかけ、自転車から降りた。
千代は突然声をかけられて目を丸くしていたが、結衣だとわかり表情を和ませる。
「結衣、おかえり。早かったわね」
今度は結衣が目を見開く番だ。
千代に結衣と呼ばれた。記憶が戻ったのか、と結衣は嬉しくて千代に抱きつく。
支えを失った自転車が、大きな音を響かせて倒れた。
結衣と千代はその音に首をすくめる。抱きつきながら顔を見合わせて笑った。
結衣は自転車を起こし、手で押しながら、千代と並んで歩く。
「おばあちゃんはどこにいくの?」
「商店街で買い物をしようと思って。でもその前に、せっかく結衣と会ったんだし、月見庵へクリームあんみつを食べに行こうか」
「行きたい」
月見庵は商店街にある和カフェで、その中でもクリームあんみつは結衣と千代のお気に入りのメニューだ。
本当に記憶が戻ったんだ、と結衣は感極まって涙を浮かべる。すぐに拭って、「楽しみだね」と千代と笑った。
月見庵はテーブルの席と、畳の小上がりの席とで分かれている。結衣と千代は奥にある畳の席を選んだ。靴を脱いで、ふかふかの座布団の上に座る。
クリームあんみつを二つと、千代はほうじ茶、結衣は抹茶ラテを注文した。
「ねえ、旅行のことを聞かせてよ。楽しかったんでしょ?」
「旅行?」
千代は首を傾けた。
結衣のことは思い出したけれど、忘れていた間の記憶がなくなってしまったのだろうか。
結衣が不安に思っていると、千代は「ああ、旅行ね」と手をパチンと叩いて頷いた。
若干の違和感はあったけれど、覚えているようでホッとする。
「ちょっと待っていて。お手洗いに行ってくるわね」
千代が席を立ち、結衣はスマホを取り出した。
宗一郎からは連絡が来ていない。千代の記憶が戻ったなら、すぐに連絡をくれるはずなのにおかしい。結衣は首を捻ってスマホをしまう。
しばらくすると「お待たせしました」と店員が元気な声をあげ、クリームあんみつとドリンクをテーブルに並べた。
結衣は「いただきます」と手を合わせて、クリームあんみつを頬張る。
寒天のつるんとした食感と甘めの粒あんを、ソフトクリームが優しく包み込む。スプーンに乗り切らなかった白玉も、急いで口に含んだ。幸せな味が口の中に広がる。
半分ほど食べ、戻ってこない千代が心配になった。
「おばあちゃん、お腹が痛いのかな?」
席を立ってお手洗いに行くと、使用者はいなかった。
「え? おばあちゃんはどこに行ったの?」
店内を見渡してもおらず、結衣は店員に声をかけた。
「お連れ様なら、すぐに戻るからと言って出て行かれましたよ」
「出て行った?」
店員が「はい」と不安そうに頷く。
結衣はフラフラとしながら、自分の席に戻った。
スマホを見ても、千代から連絡はない。電話をかけてみるが、コール音が鳴るだけで繋がらない。
結衣は溶けかけのソフトクリームを、大きな口を開けて食べた。
「どうしよう」
結衣は財布の中身を確認したが、千円しか入っていなくて途方に暮れる。
理由はわからないが、結衣に言わなかったということは、千代は戻ってこないのかもしれない。
結衣は千代の分のクリームあんみつも完食した。
泣きそうになりながら宗一郎に電話をかける。
『もしもし、どうした?』
宗一郎の声に、結衣はホッと息をついた。
「おじいちゃん、助けて!」
『今どこにいる? なにがあった?』
宗一郎の声が硬く張り詰めたものになった。
「おばあちゃんと月見庵に入ったんだけど、おばあちゃんがいなくなっちゃって。お金が足りなくて、お店から出られないの」
理由を話せば、しばらく沈黙が続く。
「おじいちゃん?」
結衣が呼びかけると、宗一郎から信じられない言葉が続く。
『ばあさんはずっと家にいるから、結衣と月見庵になんて行けるはずがない』
結衣の背筋からヒヤリとした空気が広がって、体が震えた。
『とりあえず、すぐに迎えに行くから。もう少し待っていなさい』
通話が切れて、結衣の手からスマホが落ちる。畳の上でゴトリと音が鳴った。結衣は拾うこともせずに呆然としていた。
千代じゃないなら、結衣はだれと一緒にいたのだろう。
結衣の名前を呼び、千代との共通の好物まで知っている。
千代に抱きついた時のことが、頭の中をよぎった。
千代と同じ見た目の、別のなにかに抱きついた。結衣は身震いして、庇うように自分の体を抱いた。
冷房がキツいわけではないのに、震えが止まらない。
0
あなたにおすすめの小説
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜
高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀!
片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。
貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。
しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。
利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。
二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー?
曄琳の運命やいかに!
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす
絹乃
キャラ文芸
12月26日よりコミカライズ開始。
旧題:後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~
陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。
※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる