傲慢な神様の巫女

きたじまともみ

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心の光

27 孤独

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 善が客間の扉を勢いよく開いた。
 宗一郎も合流して、結衣は背伸びをして扉の前に立つ善の肩越しに中を覗き見る。
 千代が二人いた。二人とも顔を青くして震えている。

「どちらがドッペルゲンガーだ? どちらからも千代の匂いしかしない」

 善が呟き、結衣は「どいて!」と善を押して、扉の前から移動させる。
 善が片眉を跳ね上げるが、構っていられない。

 宗一郎が「申し訳ありません」と善に頭を下げて、部屋に入る。
 二人の千代を見比べて、結衣は口元を緩めた。

「なんだ、並ぶとどっちがおばあちゃんかすぐわかるじゃん」
「ああ、そうだね」

 結衣の言葉に宗一郎が頷いた。
 二人は同時に右にいる千代に腕を伸ばして、こちらに引き寄せる。
 結衣と宗一郎は震える千代を安心させるように抱きしめ、千代を庇うために背へ隠した。

「本当にそちらが本物の千代か?」

 結衣たちの前に善が立つ。

「50年連れ添った妻を、間違えるわけがありません」

 宗一郎が力強く答えた。
 千代の姿をしたドッペルゲンガーは悲しそうな表情を向ける。
 善がドッペルゲンガーの首を掴んだ。

「……まずは本来の姿に戻れ。千代の姿をしていては祓いにくい」

 ドッペルゲンガーは千代の姿のまま変わらない。全てを諦めたような目をしていた。
 善が舌打ちをして、大きく息を吐き出した。

「気は進まないが、このまま祓う。最期に言い残すことはあるか? それくらいは聞いてやる」

 善はヴァンパイアの時は問答無用で浄化をしたが、ドッペルゲンガーには情けをかけるようだ。

「……愛されたかった」

 ドッペルゲンガーはか細い声で呟いた。
 善が首を捻って後ろに目を向ける。千代の前に立つ結衣と宗一郎と視線が交わる。善はすぐに正面に向き直った。

「それで千代に成り代わろうとしたのか。だが、宗一郎と結衣は千代のことがわかった。たとえお前が千代に成り変わったところで、同じように愛されたとは限らない」

 善の言葉に、ドッペルゲンガーは涙を流す。
 ドッペルゲンガーから寂しい、心細い、孤独、といった感情が伝わってきて、結衣の目からも涙が溢れる。
 鼻を啜って手で涙を拭うと、善に「なにを泣いている」とため息を吐かれた。

「だって、ドッペルゲンガーには、ひとりぼっちが辛いって気持ちしかないの」
「祓うのをやめるのか? ここにいるってことは、千代を無理矢理にでも吸収しようと思っていたはずなんだぞ。心が弱らないから、時間がかかっても今日成り代わるつもりだったんだ」
「……それは嫌だけど、ドッペルゲンガーはそんなに悪いやつじゃないよ。だれか愛してくれる存在がいれば、成り代わろうとだってしないよ」

 結衣は涙が止まらなくて、子供のように泣きじゃくる。

「千代、お前はどうしたい? 千代の一番大切な記憶をこいつが奪った。千代がどうするか決めろ」

 千代は結衣の背を優しくさすり、結衣は千代にしがみつく。千代はあやすようにそっと結衣を抱きしめた。

「私にはなにを話しているのかよくわかりませんが、結衣ちゃんが泣くことをして欲しくはありません。記憶を奪われているのなら、それを返していただければ許してあげて欲しいです」
「ここで祓われるか、千代に記憶を返すか今すぐに決めろ」

 ドッペルゲンガーが胸に手を当てると、体から虹色に光る球が二つ出てきた。
 それを取り出すと、5歳くらいの女の子に変わった。ダークブロンドの長い髪は痛んでいて、ブルーグレーの瞳は泣いたことで腫れぼったくなっている。

「記憶、です。ごめんなさい」

 善がドッペルゲンガーから手を離すと、千代に駆け寄って虹色の球を差し出した。千代が受け取ると、スッと体に吸い込まれる。
 千代が大きな声を上げて泣き崩れた。膝を折る千代を宗一郎が支える。

「どうした? 大丈夫か?」

 宗一郎がオロオロと声をかけると、千代は何度も頷いた。

「あなたと結衣を忘れることが、こんなにも怖いことだなんて……」

 千代は宗一郎に支えられながら、ドッペルゲンガーの手を両手で包んだ。
 ドッペルゲンガーは体をビクリと跳ねさせて、恐る恐る千代に目を向ける。

「私は二人の記憶がなくなっても一人ではなかった。善様はいたし、ご近所の人もいた。でもあなたは孤独だったのね。あなたの寂しさを、私は少しだけど理解ができた」

 千代の優しさに触れ、ドッペルゲンガーは「ごめんなさい」と繰り返しながら涙を流した。

「善、ありがとう。おばあちゃんに任せてくれて」
「今は謝っているが、また孤独を感じたら、別の誰かに成り代わろうとするはずだ」
「そうだね。あんなに小さな子なんだから、愛情を持って育ててくれる人を探さなきゃ」
「あんな見た目でも、宗一郎や千代よりも長く生きているぞ」

 善はふぅと息を吐き出した後、緩く曲げた人差し指を下唇に添えた。深く考え込むように瞼を伏せる。

「本人たちの意思を確認しなければいけないが、親になり得そうな者に心当たりはある」
「本当?」

 結衣は顔を輝かせる。

「ああ、河童とローレライだ」
「え? どうして?」

 ローレライとはたまに遊ぶけれど、河童との胸焼けするような惚気を聞かされて、他人が入り込む隙なんて全くない。

「人間では寿命が違うから、また何十年かすれば一人になるだろう。河童とローレライなら、長く一緒にいられる。それに、異種族間では子供ができにくい。昔、30年一緒にいても、子供がいないだろう?」

 結衣は頷いた。子供がいれば、河童の話だけではなく、子供の話もローレライは嬉々として話そうだ。

「河童とローレライが子供を望んでいるのなら、愛情を持って育てるのではないか?」
「そうだね。おじいちゃん、車でローレライたちのところに連れて行ってくれる?」
「ああ、すぐに行こう」

 戸惑うドッペルゲンガーの手を、千代が優しく引いた。
 鳥居を出る前に、結衣と善は自然と手を繋ぐ。
 車に乗って、ローレライたちの住む山を目指した。


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