傲慢な神様の巫女

きたじまともみ

文字の大きさ
36 / 45
穢れた獣

36 「助かった」

しおりを挟む
「結衣、まずいかも。善の調子が悪そう」
「え? どうしたんだろう?」

 最近の善のことを思い浮かべる。近頃、子供が神社に来なくて、純粋な祈りが得られないと嘆いていたことを思い出す。神力が弱まっているんだ。

「ローレライ、一緒に善が勝つことを祈って」

 結衣とローレライは手を合わせた。

(善、頑張って! マンティコアを倒して)

 必死に祈っていると、パンッと乾いた音が響き、頬に痛みが走る。

 結衣が瞼を開くと、ローレライが涙を滲ませて結衣の顔を覗き込んでいた。手のひらを顔の横でこちらに向けている。
 ローレライに平手打ちされたのだと知り、呆然とした。

「結衣、息はして! 顔が真っ青になってて怖かった」

 ローレライが瞬きをすると、涙がこぼれ落ちる。

「ごめん。ありがとう」

 集中しすぎて息も忘れていたようで、頭がクラクラとする。結衣は額を押さえた。
 ローレライに支えられ、少し寄りかからせてもらう。

「大丈夫?」
「うん、ちょっと疲れただけ」

 滝壺に視線を移すと、水面全体が光っていた。白く温かい光は、ヴァンパイアを浄化するときに善が纏っていたもとの同じだ。

 ひときわ光が強くなったかと思うと、光は徐々に淡くなり消えた。
 水面からひょこっとピカピカのお皿が覗く。河童が滝壺から飛び出してきた。

「終わったの?」
「うん、そうみたい」

 河童がこちらに弾んだ足取りで向かってくる。
 結衣の手を冷たいものが覆う。濡れた善の手だった。触れ合うと、善の姿が視認できた。

 善はびちょびちょに濡れていて、髪や狩衣から水滴が垂れる。濡れた髪を掻き上げる仕草に見惚れた。

「結衣、歩ける? 家で休んでから帰ろ」
「うん、ありがとう」

 ローレライに肩を借りながら歩こうとすると、結衣の体はふわりと浮く。善に横抱きにされて、結衣は目を白黒させた。

「歩くのが遅い。家に案内しろ」

 結衣は善に抱えられて体を硬直させた。心音が善に聞こえてしまうのではないかというほど、大きな音を鳴らす。

 濡れた善に触れられているから、結衣の服も濡れた。冷たさよりも、体の奥底から熱が広がって温かい。
 結衣はハッとして、善の頬に触れる。

「善、寒くない? 大丈夫?」

 触れる善の体はひんやりとしていた。

「問題ない」

 ローレライたちの家に入ると、結衣は椅子にそっと下ろされる。
 ローレライが結衣と善にタオルを差し出した。
 結衣は少し湿った服にタオルを押し当てる。
 善は豪快に頭を拭いていた。

「善、服を脱いで乾かしたら?」

 河童が外で火を焚いていた。
 善の手が離れる。結衣から善が見えなくなり、玄関の扉が開いたことで、善が外に出たのだと知る。

 河童が大きな石に手を向けているから、そこに座ったのだろう。河童は善がいるであろう場所に、なにかを話しかけている。

「いいな、善のことが見えて」

 窓から外を見ながら、結衣はポツリと呟く。
 ローレライがそっと結衣に寄り添った。

「結衣にいいことを教えてあげる」
「なに?」

 二人は顔を見合わせる。ローレライは綺麗な顔でニンマリ微笑んだ。

「善ね、結衣に触れる前に『助かった』って優しい目で言ったのよ」
「え? 触った時はいつもの無表情だったよ」

 内緒話をするように、ローレライは口に手を添えて結衣の耳元で囁いた。結衣は目を大きく見張る。

「善は照れ屋なの? ちゃんと愛情表現されてる?」

 ローレライはかっちゃんは、と惚気話をたくさん聞かせてくれて、結衣は頬を緩ませる。

 結衣は外に目を向けた。火の近くには河童しか見えない。
 結衣に優しい目を向ける善を想像した。結衣の顔は瞬時に染まる。

「どうしたの?」
「今のままでいいかな。善のちょっとしたことで、すぐドキドキして心臓に悪いし。あーあ、優しい彼氏が欲しかったはずなのになー」

 結衣は眉を下げて、天井を仰ぐ。善に優しくされたら、心臓が持ちそうにないから、今くらいがちょうどいい。

「理想と現実は違うのね」
「そうだね。ローレライ、善のことを教えてくれてありがとう」
「だって私は善より結衣の味方だし。善は知られたくなかったかもしれないけど、結衣は絶対に知りたいと思って」

 結衣とローレライは顔を寄せて笑った。




 次の日からピタリと事件は止み、徐々に外出する人が増えた。
 一週間後、結衣は『プールに行こ』とグループにメッセージを送った。

 沙苗と美咲から『OK』の返事が来て、数分後に莉子からも『行きたい』と返ってきた。莉子からいい返事が来て、結衣はホッと胸を撫で下ろす。
 みんなで楽しもう、と頬骨を上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

後宮の隠れ薬師は闇夜を照らす

絹乃
キャラ文芸
12月26日よりコミカライズ開始。 旧題:後宮の隠れ薬師は、ため息をつく~花果根茎に毒は有り~ 陸翠鈴(ルーツイリン)は年をごまかして、後宮の宮女となった。姉の仇を討つためだ。薬師なので薬草と毒の知識はある。だが翠鈴が後宮に潜りこんだことがばれては、仇が討てなくなる。翠鈴は目立たぬように司燈(しとう)の仕事をこなしていた。ある日、桃莉(タオリィ)公主に毒が盛られた。幼い公主を救うため、翠鈴は薬師として動く。力を貸してくれるのは、美貌の宦官である松光柳(ソンクアンリュウ)。翠鈴は苦しむ桃莉公主を助け、犯人を見つけ出す。※中国の複数の王朝を参考にしているので、制度などはオリジナル設定となります。 ※第7回キャラ文芸大賞、後宮賞を受賞しました。ありがとうございます。

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

処理中です...